レオン、5年生
「——オン、レオン、朝だよー。ほらほら、起きてよ」
もうちょっとだけ。
あと5分だけ。
「むぅぅ……レオン、レオーン」
そう言えば、春眠暁を覚えず――なんて言葉があったっけ。
ディオニスメリア王国は四季がないわけじゃないけど、夏、冬、終わり、くらいのざっくばらんとした変化しかないからあんまり感じない。でも、何だかうららかな春の朝みたいな、そういう気分の心地よいまどろみだ。
ここに尻尾があれば……そう、尻尾が……多分この、辺に……。
「ひゃうっ!? も、もうっ、寝ぼけて尻尾触らないでよぉっ!」
これこれ、この、尻尾のもふもふがいい——
べたんっ、と床に落ちた。いや落とされた。
痛い。
「痛いっ!!」
「起きないからでしょ、もうっ」
尻尾を揺らしてロビンが背を向けた。
おこだ。おこですよ、ロビンが。怒っちゃってますよ。
「何で朝から機嫌悪――ふゎ、ぁぁぁ〜……」
「もう……今日が何の日か忘れたの?」
「何の日? あー……んん?」
さて、何かあったっけ?
学院じゃあ魔法大会が開催中で、騎士養成科の俺は休暇で、昨日はスタンフィールドの都で一日中、旅の楽士とセッションして楽しんで、俺が自作したカホンを渡して是非とも普及していってほしいと頼んで、別れを惜しんで夜遅くまで騒ぎ立てて……。
いやー、充実した一日だったな。
そうだ、カホンあげちゃったからまた作らねえと。
「忘れたの?」
咎めるようなロビンの声で、ギクッとしてしまう。
そうだ、今日が何の日か、だった。何だっけ?
「もうっ……レオンってば。
今日は魔法大会の準々決勝でしょ?」
「え? ああ……そう、そっか。そうだったなー」
「僕とミシェーラ出るのに、それってないんじゃない……?」
「ああっ! それかっ!? そうだった、そうだった。
あれ? お前、今日出るのにのんびりしてていいのか?」
「レオンが起きてくれないからでしょっ! もー!!」
怒られた。
ぷんすかしながら、ロビンが部屋を出ていく。
しっかし——ロビンもおっきくなっちゃったなあ。
最初に会った時はわんこそのものな可愛さがあったはずなのに、背も大きくなっちゃって、顔も何だか精悍で——中身はあんま変わってないけど。
だけど獣人族らしいガチムチスーパーマッチョメンへの成長はしなかったようで本当に良かった。割とコンプレックスみたいだけど、お前は筋肉もりもりよりも中肉中背が似合ってる。うん。
それに見た目こそ中肉中背の普通な感じだけど、よくよく見れば骨格というか、ガタイというか、かなりしっかりしてるからいいじゃないか。
まあでも、それでも、一抹の寂しさはあるけど仕方ないか。
俺が推定6歳でここに入学して、その時にロビンは12歳で、今はもう5年目なんだもんな。
名前も忘れたけど2年の頭ごろには、あのロビンがいじめられてたんだもんなあ。
今となっちゃあ、懐かしい思い出だ。あの泣いてたロビンが、魔法大会で準々決勝まで残ってるんだよな。前々からやるやつだとは思ってたけど、ここまでとは。
浸りながら、寮の食堂で朝食を取る。
すでにロビンはもりもりと口の中へ食事をかき込んで、慌ただしく出て行った。うちの寮の魔法士養成科ではロビンが最後まで残ってるし、寮の希望の星だな。
ああ、あのロビンが寮生に応援されながら出かけていくなんて——お兄さん、朝から涙腺が緩んで涙が出ちゃう。
「レオン、でっかい欠伸だな」
野暮な寮長の声は無視して。
そう言えば、一緒に観戦するってマティアスとリアンと約束してたんだっけ。
「おはようございます、レオン」
「おいーっす、リアン。マティアスは?」
「まだ来ていないようですね」
待ち合わせ場所にはリアンが待っていた。
今日もにこやかで、礼儀正しそうで、ついでに腹黒そうなやつだ。
マティアスを待っている間に、リアンからはこれまでのロビンと、ミシェーラ姉ちゃんの試合のことを聞いた。
魔法大会は隔年で、剣闘大会と交互に行われる魔法士養成科のビッグイベント。
剣闘大会は魔法士養成科の学生でも出場はできるが、魔法大会は完全に魔法士養成科のみで開催される。試合形式で魔法を使って戦い合って、勝敗を決めていくわけだが——実は、元々はこんな形式ではなく、魔法の研究発表なんかをする学術的な側面が強かったらしい。
どうして野蛮な戦いの方にシフトしてしまったかと言えば、オルトの仕業だった。
大したこともしていないのに、賞を与えられてしまって不愉快になったオルトはマント量産事件を引き起こし、魔法大会というものを刷新するハメになったとか。
「ロビンは何やら、学院の女子に人気が出ているそうですよ。
魔法士らしからぬワイルドな戦い方と、本人の性格のギャップでくらり……だそうで。
黙っていれば格好いい雰囲気なのに、態度がかわいくてきゅんとくるんだとか何とか。
もちろん、実力も伴っているところがあっての上ですけれどね」
「リアンって、何でそういう事情詳しいんだ?」
「さて、何故でしょう。……分かります?」
「このすけこまし」
「ハハハ、そういうつもりは一切ないんですがね」
「で、ミシェーラは?」
「彼女もなかなか人気ですよ」
「人気とかいらねえよ」
「彼女は決して圧倒的な強さを見せているわけではありませんが、華麗に相手の魔法を打ち破るというのを高く評価されていますね。
まず色々な魔法についての造詣が深いですし、細かい魔法のコントロールも卓越していますから、上手に、爽快に、撃破をしていくわけです。
その戦いぶりももちろんですが、勝った時の嬉しそうな顔には男子もメロメロに——」
「ああ? どこのどいつだ、どこの誰がミシェーラに色目使ってるって?」
「どうどう、落ち着いてください。色目を使っているのは見たことも聞いたこともありませんよ」
まったく、ミシェーラ姉ちゃんはどこの誰にもやらねえぞ。
俺の目が黒い内は絶対だ。近づく輩がいりゃあ闇討ちしてやる。
「でも、何だか惜しいものですね」
「あん? 何が?」
「折角、準々決勝まで残れたと言うのに……仕方がないのでしょうが」
「……いや、ちゃんと言えよ。教えろよ」
「おや? 対戦カード、知らないんですか?」
「知らないけど? 何だよ、2人揃って優勝候補とかとぶつかるってか?」
「いえ、今日の試合、ミシェーラ対ロビンですから」
「マジかっ!? え、嘘だろ?」
「本当に知らなかったんですね……。てっきり分かってるから、観戦に来ているものとばかり」
「あーっ、そうか、そういうことか! だから昨日、俺がめっちゃくちゃ機嫌良く騒いでたとこに来たのか! 思い出した、そうだ、そういや言ってた!」
「ハハハ、レオンは相変わらずですねえ」
もっと早く教えに来れば良かったもんを、バカ騒ぎしてる真っ最中に来たもんだから聞き流してた。
しかし、そうなると俺はどっちを応援してやればいいんだ? どっちかが危うくなったらそっちを応援するなんて、ちょっとな。やっぱりミシェーラ姉ちゃんを――いやでも、ロビンもがんばってるのが目に見えてたし、うーん。
「やあ、待たせたな」
「ええ、けっこう待ちましたよ」
「うっ……リアン、キミ、そこは待っていないと——」
「ああ申し訳ありません。何ぶん、嘘が苦手な性分でして」
「マティアス、昼おごれよ」
「何でおごらなきゃいけないんだ」
「待たされたし。なあ?」
「ええ。失われてしまったわたしとレオンの時間を、ランチで補填できるのならば気が楽になるはずですよ」
「……キミらが2人揃ってると頭が痛くなってくるよ」
はあ、とため息をつきながらマティアスは呆れる。
ロビンもそうだが、マティアスも順当に成長したように見える。すらっと長い手足、背。腹が立つほどの美形な顔立ち。入学初日に決闘を申し込んできたアホ貴族の子どもが、こうも立派になるとは。ナルシストっぷりには何かとムカつくものの。
ちなみにリアンは、そこまで背が伸びたわけでも、顔つきが大人らしくなったわけでもない。
そりゃ背も伸びたし大人になったなあ、とは思うが――何か、男っぽさというか、野郎臭さみたいなのはない。体格もがっしりしたってほどでもないし。
中性的と言うか、何と言うか。
「2人とも、どちらを応援するか決めたのかい?」
「悩み中」
「わたしは2人とも応援しますよ」
「マティアスは?」
「僕はミス・ミシェーラかな。彼女の方が安定感はある」
「けれどロビンは爆発力がありますから、分からないですよ」
「それさえもミス・ミシェーラなら対策を取るだろうさ」
「お前やたらミシェーラの肩もってねえ?」
「そうかい?」
言い合いながら試合会場の修練場へと向かう。
大いに盛り上がった試合は、惜しくもミシェーラが敗れてしまった。
勝敗を分けたのはロビンの俊敏な動きと体力。
魔法士らしからぬ勝因ではあったが、勝ちには違いなかった。準決勝、さらには決勝戦までロビンは進んだものの——結果は準優勝となった。
そうして魔法大会は終わり、いつもの日常へと戻っていく。




