正義の味方
バリオス卿は俺に出させた数通の手紙で、味方を呼び寄せた。
ビバールのやってきたことは、病床にいてもバリオス卿は知っていた。
それを告発し、フェオドール商会とベレニス海賊団を壊滅した――という手柄を彼らに渡すことで、取りはからってくれと手紙には書いたらしい。
「そこまで傷つきながら、キミには労うことしかできないが……」
悪そうにそう言ったが、首を振っておいた。
「穴空きの俺がやったなんて、誰も信じないし……いいんですよ」
目立っても、俺の場合はやっかみが増えるのみだ。
どこかで因縁をつけられるくらいなら、なかったことにした方がいい。
フェオドール商会は、火天フェオドールがトップに君臨した奴隷売買の商売。
ベレニス海賊団は、カハール・ポートとその近海で悪さを働いていた一大海賊。
これを潰した、という武功は大きいらしい。
利害関係が一致したバリオス卿の味方の貴族は、速やかにビバールを陥れて裁きの場へと連れて行った。
形式だけの裁きを受け、服役をすることは決定だそうだ。仄暗い貴族達の闇だが、そこにメスを入れる気にはならない。
とにかく、ビバールは追放された。
バリオス卿は貴族達との貸し借りで、カハール・ポートを守った。
オルトに任されたおつかいも、これで本当に終わった。
「傷が癒えるまではここへいなさい。
知られることはないだろうが、キミはカハール・ポートの英雄だ」
「大袈裟だと思うんですけど……」
「いいや……大袈裟ではない」
バリオス卿はまだ、毒薬に体を冒されている。
それでも使用人を一新したことで、医者に与えられている適正な薬を服用するようになって快方に向かうだろうと言っていた。何かと、使用人としては未熟な者達ばかりではあるが。
一方で、俺の傷はかなり重かった。
特に左肩。治ったとしてもリハビリをしないと、前のようには動かせなくなるとまで言われた。
治るかどうかも、未知数。回復魔法さえ俺の体に効いてくれればやりようはある――とのことだが、それは望めない。
療養の日々が、穏やかに始まる。
――はずだった。
「レオン、魔手が肘までできた、肘っ!!」
「ひーまーだー! レオン、外行こう、外」
「魚食いたいー、レオン、さーかーなー。釣り行きたい、釣り行こう」
リュカが、うざ――げふんげふん、元気で休まらなかった。
俺はちゃんと持ってきている魔技の本にあった、あるものを練習しようとしているのにすぐにリュカが絡んで――げふんげふん、構ってくる。
「お前うるっさいんだよ、俺は怪我人!!」
「だって退屈なんだよっ!!」
「ひとりで遊べ、ひとりでっ!」
「ひとりじゃできないことばっかりだからレオン誘ってるんだよ!」
「そんなに暇なら勉強のひとつやふたつしろっ!」
「勉強なんかやる意味ねーよ!!」
「バリオス卿ぉっ! バリオース卿ぉーっ!! このバカに家庭教師つけてくれーっ!!」
「いらっねーよ! 俺は勉強なんかしねーぞっ!!」
そんなやり取りをして、どうにかこうにか、バリオス卿に懇願してリュカを大人しくさせるために簡単な読み書きや算術程度でいいからと家庭教師をつけてもらった。お陰でゆっくりする時間ができて、リュカも頭に色々と叩き込まれてふらふらになって落ち着いた。
「あのせんせーさ、間違うとムチで手を叩くんだ……」
そんなことをぶつぶつ言っていたが、無視しておいた。
体が良くなってきたバリオス卿は、ベッドで安静と言いつけられている俺のところへ来てくれるようになって、家庭教師に教わっているリュカの様子なんかを教えてくれた。
「あの子は、あまり頭が良くないし、向学意欲も薄い」
「でしょーね……」
「だが……一本気の男の子だな」
「……バリオス卿、リュカのこと気に入りました?」
「……もう、ひとりも息子がいないとな。何やら……気にかかってしまうようなものだ」
「ここにも同じ年頃の男の子がいるんですけどー? バリオス卿ー?」
「キミは子どもらしさがないのだよ」
「…………」
俺の体が良くなるころには、リュカも魔鎧を覚えて首輪を外せるようになるかも知れない。
そうしたら、もうリュカと一緒にいる理由はなくなる。
リュカ次第だが――バリオス卿に預けるのも良いかも知れないとも思った。
頭の方はさておいて、バリオス卿は気に入っている。リュカみたいなのがいればバリオス卿も老いぼれられないだろうし。
ハンネにはついぞ、居場所を見つけてやれなかった。
だがリュカには、それができるかも知れない。そう思ったら、それが最善かも知れないと本格的に考えていた。
「なあリュカ」
「んー? 何、釣り行く?」
「お前……将来どうする?」
「しょーらい?」
「夢とか……大人になってから、やりたいこととか」
切り出すとリュカはうーん、と腕を組んで悩み出す。
「バリオス卿と、お前の気持ち次第だけど……ここに、お前がいさせてもらえるように俺から頼むか?
ちゃんと勉強とかして、それで……お前ががんばれば、もしかしたらこの町の領主になれるかも知れないぞ」
「りょーしゅ?」
「貴族だ、貴族。貴族様」
「貴族ねえー……うーん……」
「貴族なのに嬉しくねえの?」
「……レオンはどうすんの?」
「俺は……まあ、学院に一応は通ってる身だし」
「通ってないじゃん」
「籍があるってことだよ」
「がっこーって、終わったら働くんだろ? その後はどうすんの?」
あんまり決めてない。
卒業後の予定はあれど、これといった進路的なものは考えてない。
「……今はお前の話だっつの」
だから強引に戻そうとしたが、リュカは、ははーん、と俺をマネたかのような顔をする。
「図星だ! レオンだって考えてねーんだろ!?」
「俺はまだまだ考える余地があるからいいの。それよかお前」
「何で俺なんだよ?」
「だって俺はこの怪我が治ったらカハール・ポートから出てくんだぞ?」
「それが?」
煽るのではなく、きょとんとしたままリュカが尋ねる。
何でピンときてねえの。みなまで言わなきゃ分からんの?
「つまり、俺の怪我が治ったら、お前と俺はここでバイバイだ」
「…………バイバイ」
「さよならだ」
「……ええええええっ!? 聞いてないっ!!」
言ってなかったっけ?
いやでも、首輪外してやるって連れてきてたんだし……。
「首輪取れるようにしてやるって約束だろ」
「そうだけど! でも聞いてないっ! そういうことだったの!? 何で言わないの!?」
「いや、分かれよ……」
「分かんないってばぁ!」
「怒るなよ」
「だって聞いてなかったし」
そんなにショックか?
ていうか察しが悪いな、こいつ。
「で、どうするよ? バリオス卿に面倒見てもらうか?」
「…………」
不満そうにリュカは俺を睨み、黙り込む。
どれだけ待ってても答えは出てこないで、リュカはむくれたまま部屋を出て行ってしまった。子ども心というやつはどうもよく分からん。俺も持ってるつもりだけど。
それから数日して、リュカの方からその話をまた持ち出してきた。
「バリバリと、話したんだけど」
「バリオス」
「バリオスと!」
「んで?」
「……バリバ――バリオスが、俺の好きなようにしろって。
やりたいこと考えてみろって言われたから、考えた」
「ない知恵を絞ったか……よくやったな」
「ないちえ? バカにしてるだろ?」
「してない、してない。むしろ誉めてる。うん、誉めてる」
「バカにしてる時の言い方……」
「何のことかなー?」
「ほら、バカにしてる」
「いいから続き話せって」
「それで俺、バリオスにレオンみたいになりたいって言った」
「俺みたいにぃ?」
思わず言葉尻が上がってしまうと、またバカにするなとリュカに睨まれた。
「だってレオンは、人助けをしてるんだろ?
そうなりたいって言ったらおかしいのかよ?
騎士なんて何も助けてくれないけど、レオンは俺からしたら正義の味方だったもん」
意外な見られ方だ。
でも――何だか、気恥ずかしいのと同時に、むず痒さが、多分嬉しさみたいなものだろうが込み上げてきてしまう。
俺が人助けをしてる。
そんなつもりは一切ない。
ただ目の前で許せないことが起きたから進んで首を突っ込んでいっただけだ。
結果として重傷を負っていて、気分の悪いものを見て、手を汚して。
正義の味方にはほど遠いことをしてる自覚もあるのに、人助けなんて言葉がやけに刺さってくる。
それにリュカは――知らない。
俺がどこで、どんなことをして傷を負ってきたのかも言ってない。
何をしに出かけていたのかも、何もリュカには教えていない。
「これ、つけられて……もう俺、おしまいだって思ったのに、レオンは外したんだ。
しかも外すための魔技も教えてくれてて……レオンって本当は、人助けして、そうなったんだろ?
じゃあ俺も、そうなりたい。痛いのはヤダけど……でも困ってる人を助けられるようになってみたい。
ここのしよーにんだって、皆、レオンが助けた、奴隷にされてた人だし、怖がってるけど感謝してるって言ってた」
見に余りすぎるほど光栄だが、誉められることじゃない。
そんなことは、していない。何十人と殺して手にしたものを、誇れるはずもない。
「だから俺、首輪外れてもレオンについてく。
魔技も、もっともっと覚えるし、レオンと同じことができるようになるから、連れてって」
それでも、まっすぐなリュカの眼差しには目を背けちゃいけない。
いくら子ども相手だろうが、一度、胸に宿してしまった火を吹き消すようなマネはダメだ。
その夢にどれだけのものがつきまとってくるかは、いずれ知る。
そこで自分で諦めるならそれまでだが、尚も進もうとしたら本物になる。
どんな夢だって、そうだと思う。
「分かった。……でも俺が治るまでに魔鎧を覚えなかったらなしだ。
もちろん、首輪を外した時に、魔鎧の強度が足りなくてお前が死んだとしても、保証しない。
それに、今はこうしてるけどまだ俺は学院に在籍してるし、卒業するまで、あと3年以上ある。
だからお前を連れて行くことはできないけど、待てるんなら卒業したら絶対に迎えにくる。
……今はそうするしかできない」
「連れてってはくれないの……?」
「連れてけないんだよ。一緒に行っても、お前がいる場所がないから。
でも3年……スタンフィールドは遠いから、4年くらいで見ればいいか。
そんだけ待てれば、それからはお前も連れてく。約束だ」
「ちゃんと守る?」
「守る。それでいいか?」
やっと包帯の取れた右手で、リュカの頭をぽんと叩く。
神妙な顔で悩んでから、答えが出たようでにいっと満面の笑みを浮かべた。
「分かった! 4年待つ!」
さて、じゃあその間にこいつには最低限よりちょい上までの教養を身につけてもらおう。
バリオス卿が嫌な顔をしなきゃいいが――後で頭を下げてみるとしよう。