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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#2  海とじいさんと俺
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じーじといっしょに


「じーじ」

「ん、どうした、レオン」

「ねむい……」

「何を言うとる。さっさと起きろ。漁だ」


 3歳くらい――になったと思う。舌足らずになるものの喋れるようになった。喃語らしきものが喋れるようになったころから、じいさんは俺に「じいじ、じいじ」と呼ぶように仕向けてきたから、じいさんじゃなく、じいじと呼ぶようにしている。


 じいさんとの生活も慣れたもので、すっかり俺は海の男になりつつある。早朝に叩き起こされて、じいさん自作の木製の銛を渡されて一緒に海へ潜る。銛と言えばゴムの力で、びゅんと飛ばして獲物を仕留めるようなもんだとばかり思っていたが、ゴムはなかった。手元から流されてなくならないようにくくりつけるヒモはあれど、魚を突く時は力ずくだ。某未来の少年が操っていたような、ああいう銛だ。


 じいさんのやり方を見る限りだと、岩場に獲物がいるのを確認し、そっと岩場に手をかけて体を固定する。でもって、向こう側へ銛を突き出すんじゃなく、ジャパニーズハラキリでもするように手前へ銛を突き出す要領で細い隙間の魚を串刺しにするという寸法だ。あと、ずっと海に潜ってるわけじゃなく、浅瀬で上から突き落としても捕まえていた。漁について行くようになるまでは、てっきり潜りまくっていると思っていたが、そういうのもしてたし、海底からサザエみたいな貝とか、ロブスターめいたエビを捕まえることもあった。


 俺もそれを見よう見まねでやっちゃいるが、失敗続きでろくに魚は獲れていない。それでも懲りずにじいさんは朝になると叩き起こしてくる。この調子だと俺は騎士様のお宅に生まれたのに漁師にされそうだ。


 もっとも、学んでいるのは漁だけじゃない。

 喋れるようになってから、魔法についてじいさんを質問攻めにしてみた。が、じいさんはものを凍らせるとか、火をつける程度の簡単な魔法しか使えないと言い張り、実演して、教えてくれようとはしたが――さっぱり分からなかった。


「魔力をためて、凍れと念じてボンだ。簡単だろう」

「まりょくをためて、こおれでぼん……?」


 何ていうか、あれだな。感覚的すぎるんだよな。

 まあでも、魔力というものがあって、そいつをエネルギー源にしているらしい。早く使ってみたいから、練習あるのみだ。



 現状の何もない平凡な一日のスケジュールはこんな具合になっている。


 朝。

 叩き起こされて漁。後にメシ。


 昼。

 林に入って食い物の採集及び魔物狩り。後にメシ。昼寝。


 夜。

 魔法を練習してみたり、じいさんと一緒になって本を読もうとしたり。後にメシ。就寝。


 見事にシンプルなルーチンワークデイズである。

 しかし、俺はもう自分じゃ動けない赤ん坊じゃない。幼児に分類されちゃあいるが、歩いて走ってジャンプもできるのだ。じいさんに心配をかけないよう、夜中にひとりで色々とやっている。


 最優先が魔法。魔力なるものがあって、そいつをちょちょいと使って念じればいい――らしいのだが、その魔力というのが分からない。どんだけじいさんに尋ねても分かんないのだ。


『まりょくってどんなの?』

『どんなのもこんなのも、そこらにあるだろう』

『ないよ』

『あると言うとろうに……』


 じいさんだしな、仕方ないかも知れない。

 空気ってどんなの、とか尋ねられてる感覚なのかも知れない。息を止めないと気づけないようなもんだろう。


 だから、魔力よ、出てこいとばかりにぐぬぬと力を込める練習を毎晩やっている。

 小屋を出て、砂浜の上へ腰を下ろして、胡座をかいて、ひたすら腹と腕と指に力を込めて、右手を見つめ続ける。……が、今日もダメだった。


「ほんともう……どうなってんだか」


 まあ、ダメな時はダメだ。でもこういうのは、ある日いきなり、ぽろっと練習してたことができたりする――こともあるかも知れないから続けていこうと思っている。


 成果の感じられない魔法の練習をした後は、泳ぐ。

 じいさんは風呂に入る習慣がない。生家でも体を拭いてもらうことはあったが、風呂なんて1回だけだった。それもタライみたいなとこにぬるま湯を溜めて、そこでちゃぷちゃぷされる程度の。大勢に全裸で眺められるのはなかなか恥ずかしかったが、今となっては良い思い出――なのか?


 そんなわけで、寝る前に海で泳ぐ。本当は熱い風呂に入りたいとこだが、火を起こすのは手間だから泳いで一日の汗を流す。その後でじいさんに作ってもらったハンモックで体を乾かして、寝床へ戻る。毎日泳いでるせいか、体はもう日焼けしまくりだし、3歳児くらいの年頃にしちゃあ、いい具合に体が鍛えられちゃってる感じがする。

 いっそのこと、筋トレするか――いやでも小さい内から筋肉つけるとチビになるとか聞いたことあるしな。


 毎晩そんなことをしてるわけだから、早朝に起こされると眠くてたまらないのだ。



「じーじ、まちいきたい」

「めんどいからなし」

「ひとりでもいいから」

「ひとりでいいわけがあるか」


 ことあるごとに、俺はノーマン・ポートへ行きたいと行っている。だがじいさんはなかなかそこへ行こうとはしなかった。

 俺が町にいくのは本を読むためだ。初めてノーマン・ポートへ行った時に買ってもらった本は、書いてある言葉が分からずに頓挫してしまうことが多い。だがノーマン・ポートまで行って、適当に座って本を開いていると大人が寄ってきたりして読んでくれることがある。そうしてつつましく俺は勉強をしている――のに。


「なんですぐめんどうっていうんだよ……」

「ワシゃ人混みは嫌いだ」


 人混みが嫌い程度で渋りやがって、このじいさんは。

 容赦なく毎日、どんな海だろうが漁に連れていくくせして、ノーマン・ポートにはひとりで行かせねえってんだから困る。

 近い内に、こっそりひとりで行ってやろうかとも思っているが、林には例の巨大なカニ魔物がいる。シンリンオオガザミとか言うらしく、ヤシの木くらいの太さの木ならちょきんと切れるハサミを持ってる。しかも硬いし、動きも速い。


 あいつを相手にするのは3歳の俺じゃあムリで、じいさんがいないとどうにもならない。林の深いところまで行かなければ出くわすこともないが、ノーマン・ポートには林を抜けないと行けないのだ。



「じゃあこっそりひとりでいく」


 駆け引きに出てみる。


「くたばりたいならいけ」


 じいさんは、乗ってこなかった。ひとつ、俺は失敗をしている。

 仕方ないかも知れないが、俺は中身は全然肉体にそぐわない年齢だ。だから物分かりが良過ぎたり、年の割には賢過ぎたりしてしまった。その弊害なのか、子どもらしいワガママがいつの間にか通用しなくなりつつある。


「くたばるってなに」


 だからたまに、こうして質問もしておく。


「生きてたのが動かなくなることだ」

「あっそ」


 まあ、毎日、魚を殺して食ってるわけだし、今さらだろう。

 しっかし、このじいさんは食えない。甘いところもあるにはあるけど、自分のしたくないことはしたがらない。

 そのひとつが、町にいくことだ。人混みが嫌いなら町の外で待っててもいいのに、それさえしたがらない。面倒臭いとか言って。


「じーじ、まちいきたいよ」

「たまに行ってるだろう……それで我慢しろ」

「つぎはいつ?」

「さてのう……」


 こんのじいさんは……。

 そりゃ、確かにたまには行くけど、たまにすぎるんだよ。

 1ヶ月に1回行ったこともありゃ、2、3ヶ月置きだったり、半年だったりしてペースが全然掴めやしねえ。


「じーいーじー」


 じいさんの背中ののしかかってみたり、引っ張ったりしてもじいさんは動いてくれない。しつこく、誘ってみてもダメで、ねだっている内に日は暮れてしまった。



「……やけた」

「うまく焼けるもんだの、お前は」

「ほしかったら、まち」

「行かない」


 串に刺して焼いた魚をじいさんに取り上げられ、仕方なく、俺も食べ始める。ただの塩焼きだがうまいもんだ。メシはいつも外で作ってて、小屋の中は火気厳禁みたいな感じになってる。小屋の脇で焚き火をしての調理だ。魚を捌くのはじいさんがやって、俺はもっぱら焼くという分担まで出来上がってしまっている。


「……じいじのケチ」

「ケチとは何だ、食べさせてやってるのに」

「たべさせてくれなんていってないー」

「だいたい、どうしてお前はそこまで町に行きたがる?」

「じいじがほんよめないから」

「……字なんぞ読めんでも生きていけるわい」


 生きてく云々の話でもないんだけどな。まあ、こういう価値観の違いは仕方ないもん……なのか?


「そといきたい」

「外にいるだろう」

「ここじゃないところ」

「その内自由になるから待っとれ、お前は……。好奇心ばっかり旺盛なやつだな」


 魚を食べていたら小骨が喉に刺さった。むせているとじいさんが背中を叩いてくる。どうにかやり過ごしたところで、じいさんはあきれ顔。


「そんなで外なんぞ行ってもどうにもならん」

「……わかんないじゃん」

「そういうものだ」



 悪いじいさんじゃねえけど、こうやって制限されると反発したくなる。

 分かっちゃいるさ、3歳児がひとりでどっか行くなんて危険だなんてのは。だけどじいさんがついてくりゃあ、それだけで済む話なんだ。どうしても行きたくないなんて理由があるわけでもねえのに。


 食うだけ食って、串をポイ捨てした。焚き火は消さないでくれと頼んで、その明かりを頼りに一冊しかない本を読み始める。


 少しずつ読み進めているが、どうやら魔法の専門書らしかった。だが、専門用語ばかりで意味が分からない。じいさんに読めないのもムリはない話で、町でこれを読める人もそう多くはなかった。


 ただ、こいつを読める人は書いてあることに首を傾げるのだ。

 ここに書いてある内容は正しくない――みたいな具合に。実際に言われたこともあった。でも、どこがどう違うのかは、俺がガキんちょだから教えちゃくれない。だから自分でこいつをきっちり読めるようになりたいのに、できない。



「あーあー……つまんねー」



 結局、字面を眺める程度で読書はやめて、そこで仰向けになる。

 星空はよく見えるが、見知った星座らしきものはない。分かってもオリオン座くらいのもんだが、それもない。


 しばらくぼんやりしてると眠くなって、大欠伸をしたところで小屋へ戻った。じいさんはすでに寝床へ潜り込んでいる。俺もそこへ入った。


「レオン……」

「なに、じーじ……」

「……そんなに外へ行きたいのか?」

「いきなりなに?」

「答えろ」

「……じーじがくたばるまでは、そばにいてもいいよ。いまは、まちにいきたいだけ」



 ま、何年先になるかは分からないが。

 拾ってもらった恩はある。育ててもらった恩もある。



 そんなことをぼんやり考えながら眠った。

 翌朝もいつも通りに叩き起こされて、漁に出て魚を突きまくるが俺の収穫はなし。


 じいさんが仕留めたグロフィッシュの肉と野菜を鍋で朝食の支度をしていたら、



「レオン……町に行きたいか?」



 不意にそんなことを尋ねてきた。

 頷くと、じいさんは、そうか、と言ってメシの支度をしてるのに海へ行ってしまった。




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