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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#8  嗤う奴隷商と正義の味方
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創痍の帰還


 霧が晴れると、壊れた建物の残骸と、あちこちの焦げた床板が残っていた。

 フェオドールはもう冷たくなっていて、朱色の長剣が残っていた。



「ふぇ……フェオドールが……負けた……だと……?」


 ビバールが、呆然と尻餅をついて目を剥いていた。

 左肩は今にも落ちるんじゃないかと思うほどの激しい痛み。右手は最後にフェオドールの長剣で斬られ、拳を握ることさえも痛くてできない。とても戦える状態ではないが、ビバールは戦慄して動けずにいた。


「……やるんなら、かかってこいよ」


 声をかけると、尻をついたまま後ずさる。

 そうしてから四つん這いで無様に逃げて森の中へ消えていった。



 帰るのが、億劫だ。

 でもベレニス海賊団とフェオドール商会は、これで潰れた。

 どちらも強烈な親玉を据えていたのだから、それが死んだ以上は同じ看板を、あるいは旗を掲げることもないだろう。残党はいるのだろうが、たかが知れる。


 痛む手で、短剣を拾って鞘へ入れる。槍を拾い上げ、背にどうにか固定する。

 それから最後に――フェオドールの朱色の長剣が目についた。



「……もらってくぞ、悪く思うな」


 死体に声をかけても返事はない。

 鞘ももらい、長剣をそこへ入れて槍と一緒に背負った。


 魔法の使えない俺には、振るだけで火が出るという武器は有用な武器だ。武器としてではなく、日常的にも便利に使えるはずだと思った。

 だが、そういうのを差し引いても――ここへ捨てていくのは、無性に気が引けた。

 欲しかったのかも知れない。

 有用だからとかを抜きにして、どうしてか、無性に欲しかった。


 フェオドールを許すことは生涯ないし、とても忘れられる経験ではない。

 戦利品として、あるいは、忘れちゃいけない思い出の形として、手元へ残そうと思った。



 馬で通ってきた小道を歩いていると、乗ってきた馬が所在なさげに立っていた。

 戦っている間に逃げてしまっていたのだろう。巻き込まれて怪我をした様子もなく、少しほっとした。跨がりたいところだが、両手が使えない。飛び乗るのも可哀想だと思って、馬と向き合うと顔を寄せてきた。痛む手で撫でるが、激痛がした。


「〜っ……ふぅ、ふぅぅー……」


 痛みをこらえていたらべろんべろんに、顔を舐められる。

 顎を引くがお構いなしだった。右の手首でどうにか顔を押さえてやめさせると、首を下げるような仕草を見せる。乗れとでも言っているかのようだった。


「乗れたら、いいんだけど。ちょっとしゃがめよ。ムリか……?」


 手首で撫でながら言ってみるが、馬はすり寄ろうとするばかりだ。手が使えれば――と考えていたら、不意に馬が俺の意図を察したのか、休む時のように身を横たえる。それで試しに跨がってみたら、ぐっと四本の足で立ち上がった。


「お前賢いな……。よし、じゃあ行け」



 手綱の輪っかに右腕を通し、歩かせる。

 揺れると痛むが、自分の足で歩くよりも楽だった。




 カハール・ポートに戻れたのは、翌日のことだった。

 だが町の入口まできたところで何やらどよめいているのが分かった。俺のぼろぼろな格好で騒がれているわけではない。


 何かと思っていたら、側面が鉄格子となっている馬車が引かれてきた。その中には――ビバールが閉じ込められて、両手で鉄檻を握って喚いている。護送しているのは騎士だった。俺を見たビバールが目を大きくして何やら叫んだが、騎士は一瞥もしない。どころか、俺の格好を見ても無視して行ってしまった。


 バリオス卿が、何かしたんだろう。

 ああして護送されていったのなら――ビバールはもう終わりだろう。


 同時にカハール・ポートも、再びバリオス卿の手に戻る。



 マントでボロクソの体を隠しながら宿へ帰る。とにかく、寝たかった。何度も落馬するかとひやひやしながら耐えて帰ってきたのだ。


「ただい――」

「レオンっ、レオン、レオン、レオン、見て見て見て見て! 魔手、もうばっちり!!」


 ドアを開けるとうるさい声が出迎えてくれて、リュカが得意そうに魔手をしていた。ほら、ほら、と嬉しそうに言いながら果物を握りつぶして見せてくる。握り潰したのをちゃんと食べるらへん、孤児としての空腹体験は染みついているようだ。



「はいはい……俺もう、寝るから……」

「何だよ、はいはいって――ぇ……?」


 マントを取るとリュカがどん引いた。

 そりゃどん引きもするだろうが――とにかく、寝たい。手当てなんかする余裕もない。


 ベッドへ倒れ込むと、リュカに寝るなと揺すられまくったが寝た。

 寝たら死ぬとでも思ってるのかよ。ここは吹雪に見舞われている山小屋でもないんだから……。





 体が引きつりそうな痛みがして目を覚ました。

 意識が戻ると、傷口がやたらに痛んできてつらくなる。


「痛っ……」

「レオンっ!?」

「るせっ、騒ぐな……」


 大声がすると傷口がさらにじんと響いたような気がした。

 ちゃんとシーツが被せられていた。右手に違和感を感じて持ち上げてみると、包帯が巻かれている。そっと痛んでいる左肩にも触れると、ここにも包帯。


「……これ……?」

「医者呼んでもらった! 痛くないかっ?」

「痛いっつうの……声、声小さくしろ……」


 外が明るい。昼か。

 どれだけ寝てたのかとリュカに訊こうとしたら、とんでもない空腹感を感じた。胃の中が見事に空っぽになってて冷えているような感覚さえする。



「腹、減った……」

「じゃあ俺、何か言ってもってきてもらう!」

「お前、首輪――」

「だいじょぶ!」


 リュカは慌ただしく部屋を出ていった。

 それから——俺が泊まっていたはずの宿じゃないことに気がつく。白い壁。青が目につく調度品。海を広く眺められる大きな窓。


 ここって、もしかして……バリオス邸?



「すぐにご飯作るって!」

「だから、うるさい……」


 バンとドアが開いてリュカが戻ってくる。


「ここって……バリオス卿の、とこか?」

「え? ……あ、そーそー、バリバリ」

「バリオス」

「バリオス!」


 正すと、直したぜ、とばかりに自信満々に言い直してきた。

 可愛げのあるバカめ。嫌いじゃないけど、今はこのテンションはつらい。



 リュカに俺が寝た後のことを尋ねてみると、ところどころ怪しいがおおまかなことを答えた。

 俺がぶっ倒れるように寝たのを見て、リュカは短絡的に死んだと勘違いしたらしい。それで大慌てで首輪を隠すのも忘れて宿屋の主人に泣きついて――本人は否定したが――医者を呼んでもらうと、俺の穴空きがバレる。

 回復魔法の効かない、穴空きの俺を処置するのは難しいと匙を投げた医者にリュカは怒って、じゃあ誰なら助けられるんだと詰め寄ったそうだ。すると医者は――この医者も話を聞いてると少し腹立つ野郎だが――バリオス卿にでも頼めと冗談のように答えたそうだ。で、愛すべきバカであるリュカは、ビバール騒動で慌ただしいバリオス邸へ乗り込んだ。


 バリオス卿も、ビバールを追い出したことで俺にコンタクトを取ろうとしていたらしい。そこへリュカが来たことで、すぐに俺の容態を知って、屋敷へ運び入れてお抱えの医者達によって回復魔法を用いない手当てが行われた。そして寝かされて――2日も寝続けて、ようやく俺は起きた。




「――ありがとな、リュカ……。とりあえず、助けてもらったみたいで」

「へっへーん、すごいだろう?」

「調子に乗るな」

「何だよー、助けてやったのにぃ……」


 リュカが膨れっ面をしたのを笑うと、笑うなと脊髄反射で大声を出された。

 するとノックの音がして、食事が部屋に運び来られてくる。見たことのない使用人のようだった。何というか、ぎこちない感じもある。と、リュカが俺の耳に口を寄せる。



「レオンが助けた奴隷、ここで働かせてもらえるようになったんだって」

「……ふうん……」


 解放した奴隷が行き場をなくして、また同じ目に遭いやしないかという不安は少しあった。

 だがバリオス卿はそれも良いようにやってくれたらしい。元奴隷のメイド――らしい少女は俺を怖がるようにしていたが、食事を運び入れてから部屋を出ていく時に頭を下げてきた。




「助けてくれて……くださって、ありがとう、ございました」



 何故かリュカが得意気に鼻を鳴らした。



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