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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#8  嗤う奴隷商と正義の味方
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嗤うフェオドール

『火天フェオドール――大盗賊で、生粋の悪党だとは前も言ったな』


 貝の網焼きをほじくり、食べたバリオス卿はそう語り出した。


『火の魔法を得意としている、凄腕の剣士だ。

 長い剣を愛用し、あらゆるものを焼き切って殺していった。

 略奪目的で襲った村で不愉快になり、丸ごと燃やしつくしたとも言われる。

 その炎はさながらに天さえも焦がしつくすかのようだったことから、火天の異名がつけられた。


 やつの愛用する剣には魔法の効果が宿っている。

 炎を押し固めたような剣とも言われ、一振りすれば灼熱の火が発せられる。

 暴力を顕現したかのような苛烈な炎だ。


 充分に気をつけろ、レオンハルト。

 あの男はただ暴力的な男ではない、殺し合いを愛し、炎に愛された――あれは一種の天災だ』




 互いの剣がぶつかり合い、衝撃が左肩へ響いた。

 その隙を突かれて一気に薙ぎ払われる。


 激痛に呻く暇はない。

 痛いと口にすることさえも許されない。

 間断なく攻撃は繰り出されてきて、右腕だけでまた受け止めた。



「何だよ、もう終わりかぁ? 痛いかあ?」

「……っ、うる、せえ」

「拍子抜けだなあっ!!」


 押し切られ、頭突きを喰らわされた。

 後頭部から床へ打ち倒されて、左肩を踏まれる。



「――っ、が、ああ、あああああああっ!?」

「はぁぁ〜……ったくよぉ、どうして俺様以外はこんなにも弱いもんか」


 踏みにじられる度に、堪え難い激痛が左肩で暴れる。

 堪えきれなくなった悲鳴を聞き流しながら、フェオドールは失望したような顔で俺を見下ろしている。



「なあ、なあよお、聞いてくれよ、レオンハルト……。

 俺は別に、こうやって悲鳴を聞いて興奮するような変態じゃあねえんだ。

 ただ俺は熱くなりてえんだよ。殺されるんじゃねえかってスリルで燃えたいんだ。

 だってのに騎士どもも最近は俺を見逃すし、たまに仕掛けてきたって裏でこそこそするばっかだ。


 だからよ、お前がこの前、正面切って俺に立ち向かってきて嬉しかったんだぜぇ?

 ああっ、まだ神様は俺のことを見捨ててやいなかったんだ! ありがとう、神様!

 ……そういう気分でよ、うきうきハッピーだったってのに、何だよ、これは? ああ?」



 失望。哀れみ。自己憐憫。

 やれやれだ、とフェオドールは大袈裟に片手で顔を覆った。



「俺の生き甲斐は殺し合いだけなんだ。

 首筋に冷たい刃が当たって、命を握られる感覚……分かるか? 分かるよな?

 だって今のお前そのものだしなあ? そこから、さあ、どうやってこいつを殺す?

 どうすればこのぺらぺらとお喋りをしているマヌケに一泡吹かせられる?

 そうやって必死に頭を振り絞ってる、その瞬間が最高に燃えるんだよ。分かるだろ?

 俺がこうやってわざと隙を見せてるのも、逆転して欲しいからだ。

 期待をしてるんだぜ、レオンハルト。だからもっと足掻いてくれよ。

 耳障りな悲鳴なんぞ耳タコだ。勝負にもならねえで追い詰めるなんていつも通りなんだ。

 さあ、ほら、早く抵抗して見せろよ。それともお喋りしながら隙をうかがうかあ?」



 腹が立つほどにやさしい、同時に残酷なものがフェオドールの瞳にはある。

 こいつは強すぎる。強過ぎたばかりに、競い合う相手に恵まれなかった。


 何だ、そりゃ。

 そんなひとりよがりがあってたまるか。



「フェオドール……」

「んん〜? お喋りしながら、ちょっとでも体を休ませるか?

 いいぜいいぜぇ? 最後に生きてりゃ勝ちなんだ、汚く足掻けよ」

「お前の言ってることなんざ、これっぽっちも理解できねえよ。

 俺はお前の理解者なんかにならない、お前の、身勝手にもつき合うつもりはない」

「ああ――そうかよ。じゃ、終わりだな」


 長剣を持ち上げて、その切っ先を俺へ向けた。



「言い残すことはあるかあ?」

「……んじゃあ――」

「聞かねえけどなあっ!!」

「お見通しだよ」


 突き落とされた剣を、魔偽皮で見切って顔を振るだけでかわす。

 それでも鋭い一撃と、長剣から放たれた炎は俺の顔を斬り、焼く。紙一重で避けても意味がない。――それは、知っている。


 まだ動く右腕を上げて魔弾を放つ。

 体重を乗せて突き落とした一撃だ。重心は傾いて、すぐに動くことはできない。


 しかし俺の指から逃れるようにフェオドールは顔を振って、俺がやったのと同じように避けていた。

 悪足掻きに、フェオドールは嗤う。



「死になァ、レオンハルトォッ!!」


 床へ突き落とされていた剣が、そのまま床板を削りながら動き出す。

 左腕のちぎれそうな痛みを、奥歯を噛み締めながら堪えて、横へ転がって逃れる。剣を手放して、ポケットへ。最後の魔石。これが切り札。



「ヴェイパー・ストレイタス!!」


 濃霧を発するだけの魔法。

 まるで雲の中に迷い込んだかのように周囲を全て真っ白い霧に包み込む。


 ただし――竜から逃れるためにソルヤが込めた魔法だ。

 全てを飲み込んで破壊する竜の咆哮に対策したもの。山を丸ごと塵と変える、超高威力のブレスを軽減させるためのこの魔法は、火天の異名を取るフェオドールの炎でさえもかき消すことができる。しっとり濡れるでは済まされぬほどの濃密な水分。



「ハッハッハッ、いいじゃねえかよっ!? 俺の火を封じようってかぁっ!?

 こんなことしてきたのはてめえが初めてだ! だが互いに見えねえんじゃ、やりようがねえ――」


 斬った。だが、浅かった。

 尚も、濃霧に身を隠しながら攻撃を繰り出す。


 視界に頼らなくても、魔影があれば位置を掴むことはできる。

 あえて手放した剣も、おおよその位置を覚えておいたから難なく掴むことができた。



「どうやって俺の場所を把握してるっ!?

 いやいい、答え合わせは必要ないけどなあ、足音が聞こえるんだよォッ!」


 構うものか。

 フェオドールの周囲を走り、わざと足音を聞かせながらヒット・アンド・アウェーで仕掛けていく。3回中2回は勘づかれて防がれる。それでも、一撃、二撃と俺の攻撃は届く。



「いいぞいいぞ、その殺気がビンビンに伝わってくるッ!

 俺の首をかっ切れよ、心臓を背中から串刺しにしろ、一思いに俺の頭をぶった切るかァッ!?

 でもなぁー、レオンハルト、てめーの殺気はダダ漏れで、どっから来るか――分かっちまうんだよなァッ!」


 初めてまともに、剣で受け止められた。

 そのまま絡め取られて短剣を弾き飛ばされる。

 濃霧の向こうで、フェオドールの影が大きくなった。そこから、長剣が突き出されるのを間一髪で避けるが、やはり、斬り裂かれる。余裕を持って大きくかわさないと意味がない――それでも、炎を封じられた朱色の長剣を掴み、指を立てた。


「レェェオンハァルトォオオオオオ―――――――――――――――ッ!!」



 限界まで集めた魔力を、一気に射出する。

 剣の向こうにはフェオドールがいる。


 魔弾が放たれ、消え去った魔鎧。

 掴んでいた手が鋭利な刃で斬られる。

 薄い肉は容易に斬られて肉へ達して痛みへ変わる。



 濃霧の向こうから血が弾けて俺にかかった。




「アッハハハァ〜………」


 へらりと嗤う、声。



 嘘だろ、まさか、これで。

 ここまでやって、こいつは――


「レオンハルトォ……」



 濃霧の中からぬっと、フェオドールの歪んだ笑顔が出てくる。

 満面の笑みだった。




「気分はどうだよ……?

 胸の中が熱くなったろぉ?

 それだよ、俺が愛してた感覚はよぉ」

「っ――フェオドール……!」

「まぁぁ〜……俺ぁもう、その心臓も、ねえけど、よぉ――」


 よろりとフェオドールがぐらついたかと思うと、俺に寄りかかってきた。

 体重に押されるままに倒れるが、フェオドールは何もしてこなかった。



 もう、動かなくなっていた。




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