キックアス!
フェオドール商会のアジトはカハール・ポートの近辺に3箇所あった。
その内の1箇所は火事で焼け落ちて消えているから、2箇所のみ。この2箇所は奴隷倉庫としても機能しているが、人が立ち寄らない森の中のアジトは、社会的身分のある人間が奴隷を買いつけにくる場所でもあるらしい。
恐らくフェオドールがいるのはこちらだろうと俺は推測した。
俺を奴隷にして売ると言っていた時、ぺらぺらと特殊性癖を持った顧客の話をしていた。いずれも貴族だったり、金持ちだったりするのは間違いがない。そういう大物との商談には自ら顔を出すだろうという当てずっぽうだ。
馬を駆って1日がかりで、その森に辿り着いた。馬車が一台通れそうな小道の入口もあった。ここへ奴隷を買いにくる客用に整備したのかも知れないが道に迷わないで済むから好都合だ。
どこから何が来ても良いように、魔偽皮を使いながら馬を進ませた。
道を切り拓かれた他は手つかずのようで、時折魔物も躍り出てきたが駆除するのは手間じゃなかった。背の高い木々のせいで、やはり、あまり光が差さない。遠くでけたたましく鳥が鳴くのも、今さらあまり驚かされるものでもなかった。
やがて森の小道が終わると、大きめの建物が現れた。
ここもやはり西部劇に出てきそうな酒場に見えてしまう。建物の前には馬車。丁度、商談中というところか。人を売買するなんざ、売る方も不愉快だが買うのがいるってのもムカつく話だ。
馬を降り、建物のバタ戸を手で押しながら中へ入る。
「――よおーう、待ってたぜぇ、レオンハルト」
粘着質な声がした。いくつも並んだ円卓。奥のLの字型のカウンターといい、やはり酒場だ。
フェオドールは入口から真正面の奥にいた。円卓の上で膝を立てて座っていて、傍らにビバールもいた。
フェオドール商会の従業員――もとい部下どもは、俺が入ってくるなり腰を上げて得物を次々と抜いていく。
「待ちくたびれたから、こっちから来てやったぜ」
「おお、悪かったなあ。どうも雇い主様が慎重でよ、俺もお前が早くここへ来るの待ってたんだぜぇ?」
ビバールはフェオドールを冷視していたが、口を開くことはない。
「ケリつけてやるよ、フェオドール」
「あーあ、そうしよう。早く殺し合おう」
「おいフェオドール、分かっているんだろうな?」
ニタニタと嗤ったフェオドールにビバールが咎めるように言う。
舌打ちをしてから、フェオドールはガリガリと頭をかいた。
「うるせえ旦那だな……。仕方ねえや、おいお前ら、やれ」
「お前と喧嘩しにきてんだよ」
「俺だってそうさ。だがなあ、大人の事情ってやつがあんだよ。
俺の部下ども、腕に自信があるなんぞ言った50人を揃えておいた。
とりあえずこいつらをぶっ殺したら相手してやるから、遊んでいけ、レオンハルト」
ビバールの差し金か。
槍を抜くと、50人のフェオドールの部下が身構えた。
「さあ、楽しい時間の始まりだ」
フェオドールの合図で、一斉に奴隷商が襲いかかってきた。
魔鎧と魔纏で真正面からそれを薙ぎ倒していく。
剣や槍や斧で襲ってくるやつもいれば、魔法を使ってくるやつもいる。
連携らしい連携はない――が、命知らずばかりだった。俺の反撃を食らいながら猛然と突き進んできては一撃を食らわせようとしてくる。この程度の連中なら魔鎧の備える防御力でダメージを負わないだろうが、それでもしつこいと余計に体力を消耗してしまう。
得物同士がかち合えば、すぐさま横から襲われる。避ければ今度は狙っていたとばかりに魔法が炸裂する。搦め手のような魔法は使われていないが、それでも火や水といった魔法は視界を遮られるのでその後の対処に支障を来す。
「討ち取れば金貨10枚だ、傷を負わせれば銀貨30枚をやろう! さあ早く、そのガキを始末しろ!!」
ビバールがけしかける声が聞こえてくる。
このバカらしい猛進は、金に目が眩んでやがるせいか。
振り下ろされた槍を横から払って、首筋へ蹴りを放ってやった。奥でつまらなそうにフェオドールが欠伸をしていた。
余裕をこきやがって。
ポケットへ手を忍ばせて、魔石を握り締めた。
「ビッグホールゲイル!!」
俺を中心に、巨大な竜巻が起きた。
ハリウッドのCGアクション大作のような光景が広がる。押し迫ってきていた連中が風で激しく押しのけられて浮き上がって吹き飛ばされていったのだ。それだけに留まらずに竜巻は建物を内側から破壊し、屋根を吹き飛ばし、壁をぶっ壊していく。
何もかもが風によって薙ぎ倒されて消えていった。
かろうじて床だけが残り、壊れた舞台セットのようにガラクタが周囲に散らばっている。
「おおー? やっと終わったかぁ?」
フェオドールが地面へ降り立った。脇に抱えていたビバールを乱暴に落として転がす。
浮いていた? 違うな、存在は浮いてるが――風に煽られて、木にでも捕まって免れたんだろう。
「っ……どういう、ことだ……? おいフェオドール、50人も揃えておいて、何であんなガキのひとり――がふっ!?」
「うるっせえな、がなんじゃねえよ、ビバール。
お前が集めろっつったから集めてやったんだぜ、俺の部下どもの中で、金が欲しくてガキをなぶり殺してえってやつらを。
まさかこの俺が手ずから鍛えてやった兵隊とでも思ってんのか? 俺はそんなもんいらねえんだよ、分かってるか?
こっから先、てめえは黙って見てるだけだ。邪魔しやがったらぶっ殺すぞ、分かったな?」
ビバールの胸ぐらを掴んでフェオドールが恫喝する。
それから手を放し、フェオドールは背負っていた剣を引き抜く。またもや長くて幅の広い剣だが、鮮やかな朱色の剣だった。
「さあーあ、レオンハルト……もうあったまってんだろ?
本日のメーンイベントとしゃれこもうぜえ? お題目は火天フェオドール、久々の全力、だぜぇっ!!」
業火が目の前へ波のように押し迫った。
その炎の中へ槍を突き出すと、手応え。衝撃が生まれて炎が吹き飛ばされる。
ギチギチと金属音を立て、槍と長剣がぶつかり合っている。
「ハッハァー、いいぜ? 熱くなかったか?」
「そんなぬるいもんで熱がらねえよ。――ハンネの、仇だッ!」
力ずくで槍を振るい上げた。
同時にフェオドールが真横へ長剣を薙ぐ。
尾を引く硬質な音。
連続で突きを繰り出すが、フェオドールはそれを面白がって防いでいく。
「ほーら、背中に注意だ!」
魔法。
前へ出ようとしたら、目前で炎が爆ぜて吹き飛ばされた。
「何をあっさり引っかかってんだ!? 嘘だよ、嘘、バァーカッ!」
「クソがっ……!」
フェオドールが離れた距離で、朱色の長剣を横へ薙ぎ払った。
その軌跡から炎が生じてくさび形になって俺へ飛来してくる。槍を振り払ってかき消そうとしたが、それと同じタイミングでフェオドールは迫ってきていた。
「もっともっと楽しませろよ、レオンハルトォッ!!」
長剣が振り下ろされる。
左肩へ刃が叩きつけられて、外れそうになった。同時に長剣から炎が生じて焼かれる。
「ぐっ……はあっ、はあっ……!」
槍を放り捨て、腰から剣を抜いて抜き放った。素早くフェオドールが後ろへ跳んで避ける。左肩が落ちそうな痛み。激しい熱と痛み。骨を砕かれ、筋肉まで切られ、焼かれた。魔鎧がなければとうに切断されていた。
「まだまだ始まったばっかだろぉ? 楽しませろよ、レオンハルト」
見開かれている眼が、俺を見据える。
歪に削ぎ落ちているフェオドールの口の右端が、愉快に嗤っていた。