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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#8  嗤う奴隷商と正義の味方
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もう少しで



「――ああ、すまないな……こんなところへ、来て、もらうとは……」


 バリオス邸を訪ねて、渋った執事の老人にレヴェルトの短剣を見せながら迫ると邸内の寝室へ案内された。バリオス卿はベッドに臥せっていた。顔色も悪い。


「いきなり来ちゃって……迷惑でした?」

「いや……こうしてもらった方が、良かった。何か、持ってきたのか?」



 人払いをしてからバリオス卿は俺の荷物を見た。

 持ってきたのは七輪と、捌いてワタを取ってから箱詰めした魚だ。串を打ってある。

 ちなみにこの七輪はバリオス卿への手土産をどうしようかと思いながら町を歩いてたら見つけた。どっか遠くに日本と似たような気候の国があるのかも知れない。


「どうせ、毒か何かが食事とかに盛られてるのかと思って……」

「ああ、そうだろうが……」

「俺が今朝、自分で獲ってきた魚なんだけど、ここで焼けば食える……食えますよ」

「……窓を開けて、やってくれ」

「あと、俺……穴空きなもんで、魔法が使えないから火だけもらえます?」



 バリオス卿は俺の穴空きの告白に、僅かに目を大きくしたが何も言わずに七輪に入れた炭へ火を入れてくれた。窓の傍で魚を焼き始めると、煙がすぐに起きた。窓から外へ漏れていく。



「それで……わしのために、わざわざ気兼ねなく食べられるものを?」

「3日前――ベレニス海賊団は叩きました」


 串に刺した魚をひっくり返すと皮目がキツネ色になり、パリッと焼けていた。反対側もこうして焼けば食べられるようになる。焼きものは、外はパリッと中はふっくら。水分を飛ばして旨味を閉じ込める。それが基本だと、居酒屋バイトをしていた時に調理長に言われた。半年で辞めたけど。



「本当に、ひとりでやれたのか……。レヴェルト卿はどうやって、キミのような者を見つけたのやら」

「……はは、は……」


 貴族の出戻りヒステリックお嬢様に恥をかかせた――とは言いにくい。それが領主の耳に届くって、よくよく考えたら色々とあれだ。



「フェオドール商会は……いや、フェオドールは、近い内に俺のところへ来るって言ったきり、何も音沙汰がないです」

「ふむ……」

「連中の居場所が分かればこっちから乗り込んで叩きたいけど、どこにいるかも分からないし、待ちの一手しか打ててないです」


 以前、この屋敷を出た後で尾行してきた連中に吐かせれば良かった。今日も後をつけられたらやってみようと思うが、騎士が来たということもあるから現行犯逮捕なんかされたくないし、難しいかも知れない。どこまで騎士と繋がっているのかは不明だが。



「フェオドール商会は奴隷を扱っているのは、分かっているな?」

「……嫌ってほど」

「ならば、その店へ行けばいい」

「……店」

「店だ」



 盲点だった。

 そうだよな、商売はしてるんだから店くらい構えてそうなもんだ。

 俺が連れて行かれたのはアジトであって、いわゆる倉庫のようなところだったんだろう。


「それってどこに?」

「カハール・ポートの西側へ行ったことはあるか?」

「えーと……入りかけて、やめといたとこかもしんないです」

「あっちは色町だからな。娼館が5軒連なっているところがある。何という名前だったかは失念したが、その向かいに看板も何もない酒場があるのだ。入口は小さく、狭い。その酒場の地下が、フェオドール商会の奴隷販売所だ」


 フェオドールがそこにいる保証はないが――喧嘩を売れば、いいわけだ。

 だけど気になることがある。



「……それ知ってて、何もできなかったんですか?」

「みっともない話だがな……フェオドールはあまりにも強い。手を出せなかった」


 バリオス卿が水差しへ手を伸ばしたので、それを取ってグラスに注いでやった。



「すまない」

「……いえ、別に」



 魚が焼けた。

 串ごとバリオス卿へ渡すと、一瞬だけ懐かしそうに目を細めた。一番うまい、脂の乗った腹のところへかぶりつく。


「おお、これは……レオンハルト、自分で獲ったと言っていたな? 良い味だ」

「それはどうも、ありがとうございます」

「こうして魚を食べるのは、随分と久しぶりだ……。もう長いこと、食べていなかった」

「貝も焼けばありますよ?」

「レヴェルト卿の子飼いだと言うのに、まるで漁師のようだな」

「レヴェルト卿に見つけ出されるまでは漁師のじいさんに育てられてたもんで」

「そうか……。そのおじいさんを大切にしなさい」

「……ええ、分かってます」

「親子で対立して争うなど、ただ虚しいだけのことだ」



 持ってきていたものをバリオス卿は全て食べてしまった。

 病人らしい食事の方が体には良かったかも知れないが、満足そうにバリオス卿は食べきった。



「……おいしかった」


 七輪の火を消す。

 ここ数日のことをバリオス卿には報告し、フェオドール商会の店の場所も教わった。話も用事も済んだ。



「また、来てもらいたい。……できれば毎日、来てもらいたいほどだ」

「んじゃあ、明日も来ましょうか?」

「……暇がある時でいい。優先すべきことをやってくれ」

「分かりました。……それじゃあ、これで」



 バリオス邸を出ていく時に、使用人の視線が刺さってくる。

 そろそろ隠すこともなくなってきているようだ。――と思いつつ玄関ホールに踏み入ると、外から人が入ってくる。青い貴族の服。30台後半ほどの男。



「ビバール様――」


 老執事がその男を呼ぶ。こいつが、ビバールか。

 ビバールの方も俺へ目を向けるとすぐに気づいたようだった。


「……この者は?」

「旦那様の、お客人でございます」

「どうも。レオンハルト・レヴェルトです」

「ビバール・バリオスだ。父にはどんな用が?」

「世間話を少々」

「父は病におかされていてね、あまり心労をかけないでくれたまえ」

「そいつは失礼いたしやした」


 いけしゃあしゃあと。

 形だけの会釈をして出ていく。



 宿へ戻る前に町を歩いて尾行がないかと確認をするが、それらしいのはなかった。

 返り討ちにされたもんだからやめたか、場所を知ってるんだから必要がないのか。


 宿に帰って荷物を置き、槍と剣を持ってまた出ていく。

 バリオス卿に教わった通りにカハール・ポートの西側へ――色町の方へ向かう。こっちは浮浪者も多くて、見るからに良くない雰囲気に溢れている。まだ明るい時間なのに開いている酒場からは喧嘩をするような派手な音が聞こえたりもした。



「ここが、フェオドール商会の……」


 そこは少し探せばすぐに見つかった。5軒連なる娼館の向かい。そこに並ぶ建物の一箇所だけ、看板も何もなく細い入口だけを構えている場所がある。魔影でその中を探ってみると、数人が中にいるようだった。室内だと槍はあまり振り回せないとそこで気づく。まあ、仕方がないだろう。剣もあるから問題ない。


 足を踏み入れる。

 通路は暗いが、その先に明かりがあった。



「邪魔すんぞ」


 狭い、バーカウンターだけがある店だ。

 そこにいた客らしいのは、俺を見た瞬間に椅子を立った。



「てめえっ、お頭の――」

「海賊の生き残りかよ」


 そいつが剣を抜く前に一歩で距離を詰めて殴りつけた。うずくまるようにして倒れ込み、その頭を踏みつける。酒場のマスター――とは少し言いたくない、これまたガラの悪そうな男が俺を睨んでいる。



「用があるのは、この下だ」


 告げるとマスターはバーカウンターを出てきて、壁に寄せられていた食器棚を押した。

 スライドしてドアが現れる。

 もうひとりいた客は動けずに俺を見ていた。



「変なことすんじゃねえぞ」


 呻く海賊の残党の顔を思いきり蹴ると気絶して床を転がった。魔偽皮を使いながら隠し扉へ向かうと、背後からぶつかってくるものを感じて素早く振り返った。マスターがナイフのようなものを突き出していた。振り返りながら、その手首を掴んで足を引っかけながら転ばせる。一回転したマスターが床へ叩きつけられて、首に剣を振り下ろした。



 血を払ってから、鞘に納めて扉を開けた。

 地下に続く階段が現れた。そこを降りていくと、また扉が現れる。


 魔影で確認――。

 十数人がこの先にいるが、あまり物音はしない。数人だけ、ぽつんと離れていて、あとは奥の方へ固められている。商品にされている奴隷か。



 魔鎧を発動。息を吐き、一思いにドアを蹴り破った。

 奥に長い空間だ。ここにも鉄格子があって、蹴破ったドアがそこにぶつかっていた。



「何だぁっ!?」

「フェオドールに喧嘩売られてんだよ、どこにいるか教えろ」


 剣を抜き、構えずに言う。

 あっさり答えるつもりはないようで、俺を半円状に取り囲んでいた。ピシと伸びているムチのようなものや、剣を構えられる。あのムチは――奴隷を打つためのものか。乗馬なんかに使われるようなものだ。



「ボスに喧嘩だと……?」

「いや待て……例の、あれのことじゃねえか?」

「まさか、こんなガキがかよ?」


 口々に言い合いながらも、俺を警戒している。

 魔法でも使えれば便利なんだけど、そうもいかないから脅かそう。



「さっさと答えろ。でなきゃ、こうだ」


 右側へいた男に、人差し指を向けた。瞬間、魔弾でそいつの胸元が弾けとんで悲鳴が上がる。しかし、臆しながらも残りの連中は突撃してきた。……やり方を間違ったか。


 階段の方へ下がり、細いそこへ誘い込んだ。何も考えずに向かってきたアホへ抜いた槍を突き出せば喉を貫かれて転げ落ちていった。リーチも違うし、上を陣取った方が有利になるのは当たり前のことだろうに。



「終わりかよ? 来いよ」


 転げ落ちてきた仲間を避け、残りの2人が俺を窺い見る。槍の穂先をその顔へ向け、指でなく槍の先端から魔弾を放った。その顔も弾けとんで血と頭蓋骨と脳みそが飛び散る。最後のひとりが後ろへ退いていく。



「んだよ……めんどくせーな」


 血に濡れた階段を降りて、また地下室に立つ。

 死体を蹴ってどかす。最初に胸元を抉り飛ばされたやつは動かなくなっていた。



「言えよ、フェオドールはどこにいる?」



 檻の方へ下がっていた生き残りに尋ねる。

 息を荒くしながら、そいつは吐いた。ゲロと一緒に、フェオドールの居場所も口にした。念のために殺しておいて、奴隷にされていた人を見ると怯えられた。



 檻のカギはすぐに見つかって、それで開けた。首輪もつけられていたが、首輪のカギもちゃんとあったから、それを床へ放ってからまた酒場へ上がっていった。ひとりだけ残っていたはずの客は消えていた。



 フェオドールの居場所は掴んだ。

 また殴り込めば、ひとまずバリオス卿の頼みは終わる。



 終わりが見えても、気分は最悪だ。

 赤の混じった、暗い、黒いものがじわじわと胸に広がっているような感覚がある。


 嫌な、心底軽蔑したくなる感情だった。




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