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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#8  嗤う奴隷商と正義の味方
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ベレニス海賊団



 放たれてくるのは矢と水魔法。

 山なりの曲線を描いて降りそそぐ矢と、海水がうねりながら無数のムチか、あるいはヘビのように伸びて俺へ襲いかかってくる。



「おっと……!」


 ほぼ直上から降りそそぐ矢に気を取られれば、足元をすくい揚げようとする水魔法に絡め取られる。かと言って、水魔法に注意しすぎれば矢に射られる。嫌なコンビネーションだ。

 遠距離攻撃で俺をその場に留めながら海賊どもはバカンス気分から、戦闘の準備を始めている。


 まだ首領のベレニスの姿は見えていない。

 指示なしでこれだけできるんだから、海賊のくせに意識が高い。



 槍で水魔法を薙ぎ払い、矢を避ける。

 水魔法の怖いところは窒息させたり、動きを封じるところにある。



 よくロビンが好んで使うアクアスフィアという魔法を使われれば、あれを破るのは難しくなる。

 もっとも、ちゃんと魔法の訓練をしている魔法士でなければああいうのは使えないらしいが。一般人にとって魔法は最低限が使えれば良いのだから小難しい魔法をわざわざ覚える必要はないということだ。



 このままじゃ、ジリ貧になるな――。

 矢と魔法の際限がない攻撃の嵐は終わる気配が見られない。すでに砂浜から海賊は姿を消して、岩陰へ身を隠しながら次々と矢を放ってきている。ここからの離脱をはかろうにも、矢と水魔法のせいでなかなか飛び出せない。

 ポケットへ片手を突っ込んで魔石を取り出して握った。



「スケープピット」


 足元から土がドーム状に俺を覆い隠す。竜から逃げるためにとソルヤが込めてくれた魔法だが、ただ土のドームで身を守るだけではない。ドームで身を隠すと同時、穴が掘られて離れたところから地上へ出られるという魔法だ。砂浜だから穴にはすぐに海水が滲んできたが、息を止めながら夢中でその穴を進んでいく。



 地上へ出ると海賊達の背後へ出ていた。周りは細い木々ばかり。いまだに海賊どもは俺のいたドームへ攻撃をしている。かなり頑丈なドームで無数の矢が刺さり、激しく水が叩きつけてもビクともしていない。さすがはエルフのソルヤが込めてくれた魔法だ。


 気づかれないようにこっそりと、林の中へ分け入る。

 この向こうに建物があるのは分かっている。ベレニスも恐らくはそこにいるだろう。



 生い茂った薮の中。枯れ葉と湿った土を這うような低い姿勢で登っていくと建物が見えた。木製の家だ。

 その家の前に、ひとりの女が立って双眼鏡を覗き込んでいた。風に揺れる長い髪。髪の毛に鮮やかな色をしたヒモや布切れがくっついて一緒に揺れている。露出の多い服だ。汚れ染みのついたシャツと、くすんだ赤いベスト。シャツの裾は途中で破れてへそが丸見え。腰には剥き身のまま、先端に反りのある片刃の剣――曲刀をぶら下げていた。

 スタイルが良い。妙齢の――意外にも綺麗な女だった。ブタとカバを足したようなモンスターめいた女を想像していたのにまるきり違う。


 女が――ベレニスが双眼鏡で見ているのは、俺がいた砂浜。

 どうやらここから高みの見物をしていたようだ。



「あれはもう放置しな」


 傍らにいた数人の男達にベレニスが言う。


「お頭? どうしてですかい?」

「山狩りだ。あれだけ強固な防護魔法を使えるのに、ただ引きこもって凌ごうなんて考えるマヌケはそうそういやしないよ。穴でも掘ってどこかへ逃げてるだろうさ」



 おっどろいた、ハムをナイフで刺してそのまま齧って食うような蛮族を想像してたのにビンゴじゃねえか。ダテに女ながらに海賊を率いてるわけでもなさそうだ。が――



 茂みに潜んだまま、ベレニスに指を向ける。

 魔弾を一発、頭にぶち込めば死なない道理はない。



 狙いを定める。この一発で仕留める。

 魔力を集めていき、双眼鏡を降ろしたベレニスに放つ。




「――!」


 金属音が鳴った。

 ベレニスが曲刀を振り上げていた。



「へえー、いきなりあたしのタマ取りにくるってか?

 フェオドールめ、何が小さい騎士だ。これじゃ暗殺者と変わりゃあしないじゃないか」


 ベレニスが俺の魔弾を曲刀で弾いた。

 そして、隠れていた俺へ鋭い視線を向ける。

 子分がようやく俺に気がついて、剣や弓矢を構えながらベレニスを守るように陣形を組む。


「何で分かった?」

「殺す気満々で狙っといて、そりゃないだろう? やっちまいなァ!」



 最初に矢が放たれた。魔偽皮で掴み取って投げ返す。射手は反応できていなかったが、ベレニスの曲刀がそれを叩き落としてニイと口元を歪める。



「囲んでなぶりな、動けなくなるまで弄べ!」



 弾かれたように部下が動きだし、俺へ迫ってきた。

 右腕で槍を、左手で剣を持って俺も薮を飛び出す。


 槍を突き出し、距離を詰めて剣で仕留める。囲まれる前に槍を振り回して牽制し、退かせたところを一気に駆け抜けて突破してベレニスに向かう。雑魚を相手にするつもりは毛頭ない。


 槍の穂先がベレニスの曲刀とぶつかり合う。横へ弾きながら手の中で槍を回し、飛び上がりながら振り下ろす。ベレニスは脇へステップを踏んで避け、やつの立っていた玄関口を思いきり叩き壊すはめになった。すかさず、剣をベレニスへ横に振るうが、それは曲刀で受けられる。


 加勢しようとしてきた部下へ槍を向けて動きを止めさせる。



「なかなか、やるじゃないか」

「そっちこそ、女のくせにやるな……」

「どうだい、あたしの部下になってみるのは? 嫌いじゃない」

「生憎、俺は首輪はめられるのが大っ嫌いでな」

「んじゃあ残念だが死んでもらうしかないねえ――」



 風が吹きつけてきて、破壊した玄関から建物の中へとっさに転がり込んだ。

 しかし、風は際限なく強く吹きつけてきて、建物がみしみしと音を立てて軋み出す。


「嘘だろ!?」


 屋根が剥がされかと思うと、次の瞬間に風よけにしていた家の壁が破壊された。木片が降り注いできて、腕で顔を覆う。



「放て」



 風に乗り、何百という矢が俺目掛けて飛来してきた。

 さっき浜で受けていた矢が小雨なら、これは豪雨だ。光を反射する矢尻がギラリと光っている。



「うっ、おおおおっ……!」


 駆け出す。

 しかし、追い風が吹きつけてきて、矢の軌道までもが変わった。


 ベレニスの仕業か!

 風の魔法をここまで使いこなせるやつなんて初めてだ。て言うか、こんな大量の矢を風の気流で操ってるってか? 魔法ってのは何でもありじゃねえんだろ、おかしいだろ、こんなのは!



 古典的に、大きく迂回をしてからやつらの方へ向かった。

 そうすれば俺を追いかけてくる矢が、あいつらへそのまま降り注いでナメック星の気円斬がごとく――は、いかないらしい。追い風が消え、代わりにまっすぐ、変わらぬ勢いの矢の嵐が向かってくる。後押しをする、強烈な向かい風。



「クソがっ!」


 いくら魔鎧とて、これほど大量の矢ではどうなるか分からない。

 槍と剣を振るいながら矢を払い飛ばしつつ、とにかく駆け抜けていく。



「やりな」


 距離を詰め、矢の勢いが弱まる。

 だがベレニスは煙草をくわえ、魔法で火を点けながら指示を出した。



 地面から鋭い土の棘が突き出してくる。

 俺の胴体部へ集合、とかけ声でもかけられたかのように角度を持って、よく研いだ鉛筆のように鋭い先端がせせり出てきたのだ。回避は、上しかない。そう思って跳べば、アクアスフィアが待ち受けていて、槍を突き込んで、剣とともに振り回して力ずくで綻びを作って壊す。あとは着地をするのみ、というところで再三の矢――ではなく、俺も得意にしている槍投げが飛んできていた。


 鋭い痛みが脇の下を左胸の横を掠めていった。

 どうにか軌道を逸らせなければ心臓を一突きだった。



 回避しきれぬ攻撃を仕掛けて、逃げ道をあえて作って誘導し、仕留める。

 それを大勢の部下を使ってシステマチックに実行するベレニスの手腕は恐ろしいものだったが――俺を仕留めるには至らなかった。次の一撃が来る前に、俺を殺したつもりでいたベレニスに人差し指を向ける。


 煙草を吸っている顔へ、魔弾をぶち込んだ。



「お頭ァッ!?」


 ベレニスの顔も驚愕に染められていたが、すぐに吹き飛んだ。原形を残さずに。

 吹き飛んだ煙草は血で火種を消されて落ちる。




「人様に仇成してきてんだ、死ぬ覚悟くらい全員できてるだろーな?」



 統率を失ったベレニス海賊団は弱体化した。

 ベレニスという頭を失ったことの怒りと、復讐心のみで向かってくる。



 有象無象に成り果てたベレニス海賊団は、日が暮れるころに島から消えた。

 何人か、何十人かは分からないが海賊船が消えていたから取り逃してしまった。それでも、もうベレニスもいない。大勢が死んで、壊滅も同然。



 ひとまずは、これでビバールの手駒をひとつ潰せた。



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