かかってこいよ
「なあなあなあっ、すごいなっ、このベッドって、すごいな!」
「お前元気だな」
昨日拾ったリュカは、首輪をつけたまま部屋のベッドで飛び跳ねて遊んでいた。まるでトランポリンにはしゃぐ子どもだ。ただのベッドなのに。
「魔技の練習は?」
「よくわかんね」
「やれっ! でなきゃ一生、首輪ついたまんまだぞ」
「うっ……うん、まあ、やる」
これまで魔技について教えたのは、オルトとファビオとソルヤ、それにフォーシェ先生だ。だがいずれも魔技は使えそうになかった。
その理由をフォーシェ先生は、魔力放出弁からしか発散できない癖がついてしまっているから――と考察した。じゃあ魔技は俺しか使えないのかとも尋ねたことがあったが、その答えはあやふやなものだった。
『あなたしか使えないってことはないはずよ。
だって、この本を書き記した人がいて、その人は使えているはずなんだから。
でも普通に魔法を扱ってきた人はできないでしょうね。これを使おうとするのなら、まだ魔法をほとんど使えない子や、魔法そのものを日常的に使ってこなかった人に限られるわ』
俺はそもそもが魔法を使えないから、癖なんてものも知らぬまま魔技を使えた。
魔法はイメージだとは言うが、子どもは日常的に自分で魔法を使わなければならないシーンはほとんどない。親が魔法を使って家事などをやっているから。
リュカは孤児だから、と拾った後で危惧したが訊いてみると、まだ魔法を安定して使えないから使おうとはしていないという答えが返ってきて好都合だった。そんなわけで、まずは魔手から教えているのだが、いまいち魔力を変換せずに使うというのはピンとこないようで手こずっている。
「せーしんとーいつして……魔力を……えーと、りゅ……りゅど……?」
「流動的に動かす」
「……分かんないんだよなぁ〜……」
うーん、と首をひねっている。
俺と違って魔力欠乏症なんてものではないから、必ずしも外から魔力を引きずり込む必要はない。なのだが、感覚は掴めていないらしい。誰かに魔技を教えるなんて俺も初めてだから、どう教えればいいかもよく分かっていない。
少なくとも俺がカハール・ポートを出ていくまでに魔鎧まで覚えてもらいたいもんだ。そうすれば恐らく、首輪は取れるようになる。はず。
「……鼻血とか、お前は出ないんだな」
「鼻血?」
「いや、何でも……」
何度か挑戦しているリュカを見守るが、鼻血が垂れてくる気配がない。
俺が練習し始めればすぐにだらだら流れてくるのに。あれは魔力欠乏症が原因なのか?
まあいい。
現状でリュカに教えられることは口頭で説明しているから、俺が口を出すことはない。
それよか自分のことだ。
フェオドール商会とベレニス海賊団。
親玉の強さならフェオドールの方が上だろうとバリオス卿は言っていたが、ベレニスは部下を使うのが上手いらしい。どちらも厄介だが、俺も何度も負けられない。
新しい魔技――魔縛。汎用性は高そうだが、いかんせん、難しそうなものだった。
まず魔偽皮や魔影の要領で魔力を伸ばして体から放し、それを細く長く紡いでいく。それを魔弾のように物理的な干渉ができるほどの魔力で行えば完成。言わば目に見えない魔力の糸だ。この強度は練度によるそうだが、効果的に使えれば強力な武器になってくれるはずだ。
しかもだ。
この魔縛を極めればギターの弦のように太さを変えたものを6本用意して、演奏できるかも知れない。
最終目的はそこだが、まずは実用に耐えるようなものにしよう――と決めて数年経って、練習するのも放置していた魔技。それほど難しい。
難しいは難しいが、断念した数年前とはもう違う。
魔弾を使えるようになって、装填速度も早めた。魔影だって練習中だが曲がりなりにも使えるようになった。魔縛を使えるようになれば素手で武器を持っていない状態でも、どうにか戦える状態にまで持ち込めそうなものだ。
過去を振り返っても、武器を取り上げられている状態だと俺の勝率は悪い。
3歳児――ベニータとボリスを相手に奮戦虚しく、せいぜいボリスの手首を粉砕するのみ。じいさんが来てなかったら奴隷コース。
8歳児――モース相手に初めて、魔鎧が切り裂かれるというのを知って文字通りのどん底へ叩き落とされた。
そして先日――フェオドールの武器をどうにか破壊できたのと、あいつの魔法による放火でどうにかお流れで命拾い。
どれも、苦く痛い経験。
命を奪い合う、殺し合いという状況で武器がないことを言い訳にはできない。丸腰のところを襲われようが対応できるのは前提にしないとダメだ。
その上で強くなる必要がある。
それが敵として出てくるなら、例え竜だろうが殺せるほどに。
先にベレニス海賊団を叩くことに決めた。
フェオドール商会もベレニス海賊団もビバールと協力関係。先にどちらかへ手を出して、仕留めきれずに尾を引いてしまった場合、フェオドール商会の方が厄介なはずだと考えた。
離れ小島をアジトに構えているベレニス海賊団は、俺がそこへ乗り込んでしまえばどんな手段かで――例えば転信板のようなものなどで、フェオドール商会なんかに応援を頼まれてしまってもすぐには駆けつけられない。そこまでの仲間意識があるかは分からないが、ビバールを仲介して繋がっていることだけは確かだから安全策だ。
「リュカ、ちょっと出てくるからお前は魔技の練習しとけよ」
「どこ行くんだよ?」
「散歩」
「俺も行く!」
「魔手できたらな」
ちっ、とリュカが舌打ちをし、魔技の練習に戻った。
リュカを拾ってから数日経ったが、あまりはかどっていない。
俺も魔縛の練習はしていたが成果は芳しくない。だがいつまでも時間を置くわけにはいかない。剣と槍を持ち、竜に会いに行った時にソルヤに魔法を込めてもらった3つの魔石も持ったことを確認する。
港で小舟を一隻調達して、それを漕ぎ出した。
じいさんと釣りに行く時は、よくこうして舟を漕いだから慣れている。少し潮流は強いが櫂に魔纏をかけてやればぐんぐんと推力を得て小舟は進む。霞むほどの距離だった島が近づいてくる。そこまで大きな島じゃないが意外に綺麗に見えた。
入り江の浜はリゾートビーチのようだ。海も青いし、それだけでも綺麗だ。
なのにその向こうには岩山と、それを覆う濃い緑の木々。茶色と緑のコントラストがよく映える。
だがそこには、黒い髑髏の旗をたなびかせる船が停泊している。
魔手の応用で視力を強化して眺めると、見張り台にいた男と目が合った。眉を潜めている。指を向けて、魔力をいつもより多く集めていく。そいつが下の方を向いて、何か言おうと口を開いたところで魔弾を放った。
僅かなタイムラグの後に、男の鼻が潰れて倒れた。
見張りを立てても、その下じゃあ酒を飲みながらのんびり過ごしてるバカどもしかいないんだから意味がない。
小舟を進めていくと、日光浴を楽しんでいた海賊のひとりが気づいた。
だが俺を敵だとはまだ思っていないんだろう。ちょっかいを出されることもなく、浜へ着いて舟を降りる。
「何だあ、小僧?」
「ちょっと用があって」
「用?」
「お前ら皆殺しに来たんだよ」
魔鎧。
拳を握り、小さく跳ねてそいつの顔に叩き込んだ。
呆気なく男は殴り飛ばされて、ようやく俺の存在に海賊どもが気づいたらしい。
槍のカバーを外して投げ捨てる。
「かかってこいよ、海賊」
構えると、どこからか矢が放たれて戦いが始まった。




