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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#8  嗤う奴隷商と正義の味方
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ちょろいレオン


「我が主には心労が絶えぬと思い知ったか?」

「嫌ってくらいにはな……」


 竜の巣穴から去ってもオルトには何かとやることが多いようだ。次々と人が出入りしいては書斎でオルトと話をし、去っていく。俺は屋敷に留まったまま、客人として過ごさせてもらっている。


 ファビオが俺に愚痴めいたものをこぼしたのは、庭で以前のように叩きのめされた後だった。

 どうやらファビオも体を動かして発散したいものはあるらしかった。暇をしてたらファビオに庭へ呼び出されて、相手をしてやると言われたのだ。

 で、奮戦虚しくファビオに破れた。じいさんといい、ファビオといい、底が知れない。


 そして冒頭へ繋がるわけだ。



「ほんとにさ、何でそこまでオルトに従ってんの?」

「……お前も分かるだろう、多少は」


 思い起こす。

 身の危険どころか、命の危険を感じる場所に連れて行かれて、済んでみればあっさりしたもので。

 二度とごめんだとも思ったが――


「オルトヴィーン様は、不思議と人の心を惹く」



 カリスマ、ってやつなんだろうか。

 特別に強いというのを見せつけられたわけではない。

 ただオルトはいつも通りのままにいただけなのに、そこに凄みを感じてしまった。


 あのとんでもない存在の前で、オルトは我を通したのだ。



「わたしとソルヤを救ってくださったのもオルトヴィーン様だ。

 最初は感謝の念を持っていたが、今ではそれ以上に……あの方の一助になることに喜びさえ感じている。

 こちらが気を揉むのを知っていながら、撥ね除けては進み、結果を手にされるのだ」

「にしたって、やり方がな……」

「だが、オルトヴィーン様が保守的になられては病気を疑ってしまう」

「ははっ、むしろ、すでに頭の病気だろ、オルトは」

「我が主を愚弄するか?」

「そこでマジになんなよ」


 しかめっ面は10秒ほどで終わり、ほっとする。


「腕を上げろ、レオンハルト。

 お前にその気が湧いたとしても、そのままではわたしとソルヤに肩を並べられんぞ」

「……んなもん抜きでも、とりあえずは磨くって」


 せめて、また竜の前に立つことになった時に多少はマシに動けるくらいには。


「もう1本、相手してくれよ」

「いいだろう」



 オルトの従者になる――か。

 あんまり俺のガラじゃないし、オルトもそういう期待はしていなさそうだ。


 何かがあれば呼び出せる程度に俺を飼い馴らす腹づもりに違いない。

 そんなのは百も承知で、そういう関係でもいいだろうと思う。



 きっと俺とオルトは、そういう関係なんだろう。




「学院には早く戻りたいかい?」

「んー、まあ……一応?

 ここいても生活は快適だけど、退屈だし。

 帰れってお前が言わないんなら、まだ何かあるんだろ?」


 長いテーブルで、長い距離を空けたオルトとの食事ももう慣れたものだ。


「さすがは我が友だ、レオン」

「嬉しくないな」

「帰りに、少しおつかいを頼みたい。スタンフィールドへ行く途中にある」

「すぐ終わる?」

「何事もなければ、ちょっと寄ってものを届けてもらうだけだから問題ないだろう」

「何かあったら?」

「それはレオンの判断に任せる他ないね」



 何かありそうな気がする。

 届け物くらい、一応はそういう運送を仕事にしてるやつがいるんだから任せりゃいいのに。



「剣闘大会でキミにあげるはずだったプレゼント、見つけたのにどうしようかと困っていてね。

 快く引き受けてくれるのなら、今回の一件への礼も兼ねてあげようかと思っていたんだが――」

「任しとけ」

「そう言ってくれると思っていたよ」



 そんなわけで、学院へ帰る途中に届け物をするはめになった。

 しかし、オルトは人を手の平の上でころころするのが上手いな。


 断りようのない条件を突きつけてくるんだから。




 翌朝にメルクロスを発った。

 オルトに届けてくれと言われたのは一通の手紙。どうしても本人に手渡してほしい、とのことで、もしも誰かが取り次ぐと言っても信用するなとまで言われた。そうなったらレヴェルトの家紋が入ったナイフを見せて、レヴェルト卿の意にそぐうのかと凄んでやればやり過ごせるだろう、とも。

 手紙の中身については内緒だそうだ。


 届け先はバリオス卿とやらで、やたら上手なソルヤのスケッチで顔も知った。すでに生え際が後退していて、少ない髪を栗のように頭頂へ集めて尖らせたじいさんのようだった。

 バリオス卿がいるのはカハール・ポートという港町だ。海に近いってだけで、レオンハルトとしては海に親しんで生きてきたからうきうきする。



「例のものは学院のキミの寮へ届けさせた方がいいかい?」

「それで」

「しかし、試しにちょっとだけ舐めたが、やけに塩辛かった。

 独特の、えもいえぬ香りもしたが……」

「ふっふっふ……それがいいんだよ」



 剣闘大会で優勝しろ、と去年届いた手紙にはご褒美に何が良いかと書かれていた。

 その返事に、俺はソイソースを希望しておいたのだ。なけなしの知識を振り絞って、豆を醸造させたしょっぱくて黒いやつ、とまで書いておいた。それをちゃんと見つけてくれるんだからオルトには参る。現物はまだ見れていないし、一舐めもできていないが――ちゃんと醤油だといいな。


 もっとも、ディオニスメリア国外のものらしいから、遠いところから運んできてくれるということで数年がかりで手元にくるんだろうが。



 しかし、醤油がくるのだ。俺のところへ。

 あとは海でダシが取れそうなもんを見繕って自力で獲ってきて、やたら高値な砂糖も取り揃えばスキヤキができる。卒業までにマティアスとロビンとリアンと――あと機会があればミシェーラ姉ちゃんも呼んで、スキヤキパーティーをしよう。ちゃんと生食できる鶏卵も用意しないとな。米は……まあ、卵まで用意できれば別にいいだろう。


 わくわくだ。

 食べものってのは簡単にテンションをあげてくれるからいい。



 そんなわけで、うきうきになりながらの出発だった。

 特別に急ぐ必要もない、というのがいい。のんびり行っても年度が終わるまでに着けばいいだろう。学院長がそれでもいいと言っていたんだから。大義名分ってのは気が楽になっていいもんだ。


 待ってろよ、カハール・ポート!




 だが、オルトの頼みごとがそう簡単に済むことのはずもなかった。

 俺もそこそこだとは思うが、あいつは真性のトラブルメーカーなのだ。


 哀れ、レオンハルトくん、推定9歳のおつかいには暗雲が垂れ込めることとなる――。




 そいつが前兆のように現れたのは、そろそろカハール・ポートかというころだった。

 いつものように、馬にそこら辺の草を食ませつつ、休憩を兼ねて魔影(ウンブラ)という魔技の練習に勤しんでいたら偶然にも捉えてしまった。

 魔偽皮の応用で、一度俺を通した魔力を空気中へまた還元し、その範囲内にあるものを知覚するもの。本来は自分を中心にドーム状に魔力を拡散していくものらしいのだが、情報量が多くなりすぎて頭がパンクしそうになったので方向だけ定めて広げていっていた。


 そうしたら、丁度前方から魔力を持った何かがこっちへ来ていたのだ。

 しかもひとつだけでなく、さらにその後ろからも6つの反応がある。生き物が合計で7つ。

 普通に旅をしてるやつかとも思ったが、妙なのは先頭のひとりが突出しすぎているのと、そいつだけ移動速度が遅いことだ。追いかける6つの反応は馬に乗った3人くらいだろうか。



「一体、何だってんだ……?」


 このまま知らぬ存ぜぬを通してもいいが、後になって路傍に真新しい死体が転がっていたら気分が悪い。舌打ちをしてから馬に跨がり、走らせた。



「はあっ、はあっ……!」


 すぐにそれは見えた。ボロ布をマントのように纏った、小さな人影。

 そして、その後ろから見立通りに馬に乗った3人がやって来ている。追われている人影が転ぶ。



「もう終わりだ、逃がしゃあしねえぞ!」


 でっかい声だ。

 魔鎧を使い、馬上から槍を振りかぶって思いきり投げた。


 ビュンと飛んだ槍が、今まさに馬上から剣を引き抜いた冒険者風の獣人の顔面へ突き刺さって落馬する。とは言え、ちゃんと穂先には皮のカバーがしてあるから某世紀末漫画のようにあっさり死にはしないはずだ。



「俺の通り道で、気分の悪くなりそうなことしてんじゃねーよ」



 短剣を抜いて構える。

 先制攻撃の甲斐もあり、連中はすぐに俺を敵とみなして襲いかかってきた。



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