オルトとレオンの関係性
メルクロスを馬車で出発した。
ふかふかのベンチシートが向かい合わせになったような、狭い馬車。だが立派な部屋のような内装にもなっている。
カーテンもあれば肘かけもあるし、便利だろうとオルトが自慢してきたのはドリンクホルダーのような窪みだった。そこにワインの入った瓶を置いて、悠々とオルトは酒を飲む。
オルト向き合わせに座って、のんびり到着を待つ。
御者台にはファビオとソルヤがいる。意外とガタガタ揺れるがオルトは外出が嬉しいのか、ワインを飲みながらずっと笑みを浮かべている。とてもこれから、死ぬ危険性のある場所へ行こうというような顔には見えない。
「何か余裕だよな、オルト……。竜に交渉するってのに。今さらだけど、竜と交渉するって普通なの?」
「嘘か本当か分からない話ならば特別に珍しいことでもないだろう」
「……それって、伝承とかいう類の――」
「そういう話は大抵が英雄譚や冒険譚だから、どうにかことなきを得られたり、死闘が描かれたりするものだがね」
何で来ちゃったかなあ、俺……。学院に残ってた方が良かったか?
そう言えば今年はロビンが魔法大会に出るとか言ってたし、そろそろ始まる時季かも知れない。
いやでも、行かないって決めて、後から竜が暴れ回ってレヴェルト領が消えたとかなっても後味が悪すぎるよな。どこまで被害が出るかも分からないけど、ここにはじいさんやクララだっているんだし。知らないとこでオルトやファビオやソルヤがくたばるのも――いやオルトが死んだら、俺の学費はどうなるんだ? あんまり考えないで来たけど、そういうことだよな。よくよく考えたら俺に拒否権なかったのか?
だとしたら――やりやがったな、オルトめ。
「そう言えば剣闘大会の件、手紙で顛末は報告してくれたが……あれに関与していた教官というのの中にモールというのがいたか?」
「え? ああ、いたけど……て言うか、殺されかけたし」
「そうか、やっぱりか」
「……オルトが在学してた時からあったの?」
「ああ。あったとも」
「知ってて、ちょっかい出さなかったのかよ?」
「1発だけ見舞ってやったことがあったな。
彼らもノーマークだった、どう足掻いてもひっくり返りそうにない、実力差が開きすぎた試合があった。
わたしはあえて、九割九分九厘、負けるだろうと思われていた方に賭けて、丁度、1回戦だったから彼が勝てるように協力をしてあげたのさ」
「……それで?」
「彼は2回戦で負けてしまったが、ただ一度の勝利で多くのものを得られたようだ。わたしも小遣いが増えた」
さらっと言っちゃうんだもんなあ、こいつ。
どう足掻いても勝てそうになかった試合を、ひっくり返すってどうなんだよ。それを八百長でやってたのがあのゲスどもだったけど、オルトの場合はそんな手段じゃないんだろうし。
「お陰で彼は、今もわたしに感謝してくれているよ」
「ふうん……」
「騎士――いや、貴族というのは面倒臭い者が多いだろう?
あそこに2年もいれば嫌でもそう思わされると思うが、どうだったかな?」
「クッソめんどい」
「ふふ……そうだろう。
だが、あそこで彼らは貴族のやり方というのも同時に学んでいるのだよ。
権力を盾に仲間を増やすのではなく、権力や金は自分に使って他者を引き上げることで協力者とする。
それが賢いやり方というものだ。そんなこともできていないのはぼんくらだから歯牙にかける必要もない。
こいつが上手に使えるようであれば狂犬に首輪を繋ぐこともできるし、裏切りというものにも遭いにくい」
「ま、俺には関係ないけどな」
「どうだろうね」
「……いや、ないだろ」
「わたしとキミの関係性は、一体何だろうね」
俺とオルトの、関係性――。
友達みたいなもん、だよな。まあ一応後見人とはなってるけど。
「…………」
「答え合わせは、しないでおこう。
わたし達はきっと、そういう関係なんだ」
もしかして狂犬に首輪って、俺――じゃないよな?
でも、オルトに学院長伝いとは言え、請われたようなもんだからここへ来たわけだし。
今俺が学院にいるのはオルトのお陰みたいなもんだから、逆らう――つもりはないけど、絶対にやりたくないってことじゃなきゃ、まあ拒否するようなつもりも全くないし。ちょっと嫌くらいなら、後見人とかって言葉使われたらやるだろうし?
「……ハメやがったな、オルト」
「何のことだろうね」
のほほんとしやがって。
まんまとハマっちゃってるじゃねえか、俺。
「でもいいかい、レオン。
わたしはね、これでも人の好き嫌いは激しい方なんだ。
だからどうしたというものではあるけれど、キミのことはかなり気に入っているんだ」
「ま、俺も嫌いじゃないけどさ。お前のこと」
「ああ、良かった。嫌いな人間と一緒に死ぬのは誰だっていやだろう」
「その死ぬ前提やめろって」
「これで生きて帰れたら嬉しさが倍増するだろう?
それに程よい緊張感というのも人には必要なものだ」
そんな道中を過ごし、3日ほどで馬車は目的地に来た。
少し前から窓から見える風景は変わっていて、ひっくり返った大地が散見されていた。
長閑な草原地帯だったことは周囲の風景を見れば分かるが、ところどころ、その地面が抉られていた。クレーン車で一回土をかいた程度ではない。2トントラックが3台はそこへ収まりそうなほどの広範囲が、一気に抉り獲られたように地面の濃い茶色を剥き出しにしているのだ。
馬車が止まったのは、草一本も生えていない荒れた場所だった。
周辺には無数のテントが張られていて、オルトが降りると多くの人がそれを出迎えた。
「状況は?」
「動きはありません」
「では、少し話を聞いてから出発しよう。
レオン、キミも一緒に聞くか?」
「いや、いいよ……。頭使うのはそんなに好きじゃないから」
「なら待っていてくれ」
ここもすでに傾斜のある坂を上ってきた場所だが、竜がいると思われる高台はよく見えた。高原とは言っていたが、高台だ。
切り立った崖が見える。何百メートルの高さがあるのか分からないが、山のように岩肌が見える。その高台の麓には森がある。まさかロッククライミングをするんじゃないだろうが、だとしても大きく迂回していくんだろうか。確かにこれでは竜のところへ到着するまでで苦労しそうだ。
「レオン」
眺めていたらソルヤに呼ばれた。
「何?」
「もしも交渉に決裂したら、オルトを頼むぞ」
「……頼むって言われても」
「ファビオがオルトとレオンを最初に守るだろう。
殿を務めて、竜を足止めして死亡するはずだ」
ファビオほど固い頭の持ち主ではないが、ソルヤの言葉にも重いものがある。
「それでも竜が追いかけてくるのならば、次はお前がオルトを守れ」
そのシチュエーションだと、俺に死ねと言っているのも同然だ。
そこまで親密な仲ではないがソルヤはある程度、俺を認めてくれている。認めているからこその、死ね、だろうか。
どうにも、重い。
安易に返事のできないことだ。
「……そうならないように願っててくれよ」
「何に願えばいい? わたし達は神を信仰してはいない」
「いや、そう言われても困るけど……オルトに?」
「そうだな……。ではオルトを信じて、そうならぬことを願う。
そして万が一の時は、そのオルトが見出したお前を信じよう」
「……2人って、どうしてオルトの従者やってんの?
あんまりオルトと共感を分かち合うってタイプにも見えないけど」
「オルトはわたし達を救ってくれた恩人だ。
故に忠誠を誓っている。オルトと同じ志を持つのであれば、オルトの子々孫々にまで従うつもりでいる」
エルフの寿命は長いんだもんな。
でも、その長い一生を通じてまでオルトに忠義立てするってすごいな。
「頼んだぞ、レオン」
「……できるだけは、するけどさ」
「必ず、オルトを生きて帰してくれ」
微妙に、俺の意図を汲んでくれないのはわざとなのか?
「レオンハルト、行くぞ」
ファビオに呼ばれて振り返る。
竜の巣穴へ徒歩で出発すると、見えなくなるまでソルヤが俺達を見送っていた。
直立不動で睨むようにして、見据えていた。