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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#7  竜とオルトと俺
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アーバインの武器



「まだ小さいな、レオンハルト」


 ある日いきなりやって来たファビオは、一言目にそう言った。

 こいつはさっぱり変わらないな。相変わらずの人間離れしたきれーな顔をしてる。


「まだまだ子どもなもんで」

「我が主がお呼びだ」

「……あいよ」


 漁具の修繕を手伝っていた手を止め、じいさんを見る。

 すぐこうなるのは教えてたはずだがいざとなると、やっぱ寂しいのかも知れない。作業の手を止めないし、顔も上げていない。


「んじゃ、じーじ、行ってくるわ」

「……次はいつ帰る?」

「今度こそ、学院卒業してからだと思う」

「そうか」


 漁師スタイルから、メルクロスへ来た時の服へ着替えた。じいさんもファビオも無言だ。


「……んじゃ」

「んむ……」


 荷物を持ち、銛を取ろうとして、じいさんを見た。

 ちらっと目だけで見てきたじいさんと目が合う。



「……これはいいや」

「持っていけ」

「じーじが寂しさでぽっくり逝かないように置いてくから、俺が肌身離さず持ってた銛抱いて寝てろよ」

「何を言うとる、バカたれ」

「だってしんみりするんだもん」

「だっても何もあるか」

「オルトにねだって、別のいいやつもらうからいいよ、ほんとに」


 3年近く握ってきた銛には俺も愛着があるが、銛はやっぱり漁具だろう。

 それに最悪の想定とされている竜退治に行くことになれば、銛もダメになりそうだ。だったらじいさんのとこにあった方が、こいつも喜ぶだろう。

 じっと銛を眺めていると、ふと、柄のところに刻印されているマークが目についた。円の中に金槌というマーク。同じものを見たことがある。マティアスとロビンが一緒に買った、アーバインの剣に小さく刻印されてたはずだ。



「これって、アーバインの作ったやつ?」

「んん? ああ……そういえば、そんな名前したやつがくれたのう」

「あー……そう……」


 竜退治に持っていっても平気な気がしてきた。

 まあでも、やっぱやめとこう。良い漁具なんだから、良い漁師が持ってた方がいい。


「ま、いいや。またな、じーじ。行ってきます」

「すぐ帰ってきてもいいぞ」

「はいはいっと……。ファビオ、行こう」

「ああ。……チェスター老、失礼いたします」


 小屋を出て、馬に跨がった。ファビオも馬で来ていた。

 ノーマン・ポートへ寄ってもいいかと確認すると、頷かれる。


 特に会話らしい会話もせずにノーマン・ポートへ到着すると、馬をファビオに預けてからクララのところへ行った。それで、ここでも、またな、と告げると泣き出しそうにもなったがなだめて、ついでに尻尾をもふっておいたらかなり驚かれる。



「れ、レオンハルト……し、尻尾……」

「……えーなになんかまずかったー?」

「う、ううん……。もう、触ってくれないのかなって……ちょっと、思ってただけ……えへへへ……」


 照れさせちゃった。

 5分ほどひたすら、もふもふさせてもらう。


 最高の触り心地だ。思い出補正を軽く上回る感動。

 素晴らしいとしか言えない、もっふもふの尻尾。堪能させてもらってる間、クララがやけに俺に密着してたような気がするのは、気にしないでおく。ついでにトニーがこの場にもいなくて良かったと思う。



 そんなわけで、ノーマン・ポートを後にしてメルクロスへ向かった。




「オルトヴィーン様、あなたの下へ戻りました」

「ご苦労。レオン、休暇はどうだった?」

「お陰様で満喫さしてもらったよ」


 書斎にはソルヤもいた。

 オルトとファビオとソルヤ。この3人が並んでると、何だか収まりが良い感じがする。


「竜は?」

「動きはない。訪問する準備がようやく整ったから、これから向かうつもりだ」


 オルトが予定について話し始めた。

 竜が眠っているという巣穴は高原地帯にある。そこに行くだけでも一苦労なようだ。


 竜と交渉をするのはオルトとファビオと俺。もしも交渉が決裂した時に大人数だと逃げるのが難しくなるからだと言う。高原の近くには緊急時に備えて、協力者を待機させておいて転信板という道具を使って連絡を取り合う。


 転信板は離れた場所にメッセージを送れるという二対の道具だ。一方が送信専用で、一方が受信専用。

 見せてもらったが、送信する方は石の板みたいなものだ。ここに専用のペンで文字を書くことで、受信用に同じ内容が届くらしい。距離によって届くまでの時間も変わるらしいし、離れすぎても使えないというもので、使用可能距離は1キロ程度だそうだ。

 受信用の転信板は石を切り出した箱上のもので、その内の一面のみに送信用転信板で書いた内容が浮かび上がる。次のメッセージを書けば前のものは消える。また、受信をしてから3分程度でも消えてしまう。


 携帯電話もないんだから、これはかなりすごいシステムなんだろう。値段を聞いてみたい気もしたが、やめておいた。まあ金持ち貴族じゃないと持てないくらいのものだろう。魔法を使っている道具みたいだし。



「交渉は少人数でいい、って言うけど逃げ切れなかったらどうなんの?」

「それは死ぬほかあるまい?」


 試しに尋ねてみたらこれだ。あっさりと言い過ぎなんだよ、こいつ。本当は何か策があるんじゃないかとか疑いそうになる余裕だ。


「成功する見込みは……?」

「全くないわけではないが……どうもはかりかねるな。

 だがわたし達が所定の時間までに転信板で連絡をしなければ、交渉決裂とソルヤにみなしてもらって、遠隔で魔法による総攻撃を仕掛ける手筈だ」


 玉砕した後の準備も抜かりなしか。

 何だか嫌になってくる。


「……俺も行かなきゃダメ?」

「死ぬ前にキミの学院での活躍を聞きたいじゃないか。

 移動にも時間がかかるものだし、良い暇潰しになるだろう」

「……そのためだけかよ。じゃあ話さねえ」

「だったら学費の援助を差し止めよう」

「……無駄死にはごめんだからな?」

「無論だよ、レオン。わたしだって死ぬにはやり残したことが山ほどある」



 不安は拭えないが、変わり者だがやり手っぽいオルトなら問題ないだろうと思っておく。

 それから銛をじいさんに返してきたことを告げると、レヴェルト邸の武器庫から好きなものを持っていって良いと言われた。武器庫へ案内するのは、やっぱりファビオだった。



「アーバインを知っているようだったな、レオンハルト」

「ん? ああ……学院のやつが買ってて。大したことないやつなんだろうけど。何の変哲もない感じだった」

「大したことがない、か」

「何だよその、分かってない風な言い方……」

「アーバインは間違いなく世界で――いや、歴史上でも3本の指に入る鍛治師だ」

「……世襲なのに?」

「世襲? 何のことだ?」

「いや……俺にそのアーバインのこと教えてくれたやつは、大勢の一族の中で、腕の良いやつがアーバインって名を受け継ぐとか言ってたし、そういうことなんだろ?」

「それは誤りだ。だが……そうか、人間はそう思っているのか」

「ひとりで物知り顔してないで教えろよ、分かりやすく」

「アーバインはエルフだ。ゆえに、世襲で名を守り、今もさまざまなものを作っていると思われているのだろう」

「……マティアスに自慢してやろっと」

「アーバインはソードスミスとして知られているが、それは一部の武器のみに注目が集まっているためだろう。

 彼は作りたいものを作りたいままに作っている。剣も、銛も、食器を作ったとも聞いたことがある。

 そしてそのどれもが、特別な力を持っているのだ」

「特別な力ねえ……」


 そう言えばモールと戦ってた時、あの剣がガタガタ勝手に振動してたっけ。

 あの時は夢中でぽろっと忘れたけど、何となく剣を通じてロビンと意思疎通できてた……ような気がする。そう言えばマティアスとロビンって模擬戦の時もやたら、呼吸が合ってたんだよな。



「だがアーバインの作品は使い手を選ぶと言われている。

 アーバインの武具に選ばれれば、その特別さにも気がつくんだろう。

 長生きをされているから多くの品があり、骨董屋にもひっそり置かれていることだってある。

 アーバインの武具はしばしば、持ち主に適した力を貸すと言われていて、単なる切れ味などという性能だけでは計り知れない強みを持っているのだ」


 ふむ。

 てことは、やっぱモールん時のあれは――そういうことか? でもって、マティアスに借りた俺もちゃっかり、ロビンが持ってるものと一緒に力を貸してくれてたみたいな具合なんだろうか。



「オルトヴィーン様がご装備なさる短剣もアーバインの品だ」

「オルトも持ってんの?」

「ああ。そしてオルトヴィーン様もまた、武器に選ばれたお方だ」

「へえ……」


 つか、俺、じいさんの銛持ってたけど何もなかった――よな。

 てことは選ばれてたわけじゃあないのかも。むしろ、じいさんが選ばれてるんじゃないだろうな。いやでもじいさん、アーバインにもらったとか言ってたし? うーむ、世の中が狭いのか、アーバインの作品ってやつが多すぎるのか。



「ここが武器庫だ」


 離れのような建物のドアにかけられていた錠をファビオが開けた。魔法で光に照らされると、じいさんの小屋よりも広い空間に大量の武器が整然と並べられている。圧巻だ。軽く100本か200本かある。隙間なく並べられているし、ものによってはカバーみたいのもなしに剥き出しになっている。


「何この、大量の武器……」

「メルクロスに有事の際は、自警団にも支給をされるために揃えられているのだ。

 アーバインの品もいくつかあったと記憶しているが、ここにある武器の数も多い。

 見つけられなければアーバインの武具に選ばれなかったと思って好きに選べ」


 ひとつずつ手にして武器を見始めたが、アーバインのマークらしいものはどうも見つからぬまま5つ目になったので、探すのは諦めた。

 とりあえず、長物だな。

 槍みたいな、でも穂先があんまりデカくなくていいや。あとは一応剣も持っておこう。


「数が多くて選ぶのも苦労しそう……」

「早く選べ。お前の傍にいるよりもオルトヴィーン様の傍へいたいのだ」

「はいはい……分かってますぅ」


 武器庫を歩き回り、手頃なものを探す。

 持ち手に皮が巻かれた、先端が剣のようになっている槍を1本選ぶ。装飾なんかもなくて、でもボロそうな印象もない。笹の葉のような刃だ。シンプル・イズ・ベスト。

 剣の方は槍のサブだから俺の体でも取り回しの良さそうな短いやつを選んでおいた。こっちも特筆するようなことのない、シンプルなザ・無銘って感じのものだ。



 一応、アーバインのマークがないかと探してみたが、どうやら俺は選ばれなかったようだった。



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