男ならいつだって
「きみがレオンハルト?」
クララから、トニーと紹介されたクマボーイが何だか疑わしげに俺を見る。ちょっと太り気味で低めの鼻。将来はそりゃもう立派なザ・獣人って具合になりそうな子だな。じろじろ見て、ついでに鼻をくんくんしてるのは獣人っぽい。獣人は何かと匂いで人を覚えようとするところがある。
「そうだけど……」
「どうしているの? 帰って来たの? 学校行ってるんでしょ? どんなところ? 遠い? 勉強って難しい? お友達できた? 海のあるところ? 食べもの何がおいしい?」
「待て待て待て、待て、待った、クララ」
マシンガンのごとく質問を浴びせてくるクララをなだめる。トニーはそんなクララにむすっと面白くなさそうな顔。うーん、複雑な気分。三角関係に引きずり込まれてやいないだろうな? でも、仮に、もしもクララから俺に矢印が伸びてるとしても、それは女の子が男へ向けるやつじゃあないはずだぞ。近所の面白いあんちゃん的なものだから、誤解しないでくれよ。
どぼんと噴水に落ちたから、俺はともかくクララを濡れたままにするのは良くないということで、彼女の家へ来た。それで着替えさせて、俺は上だけ脱いでくつろぎ中だ。濡れた服はとりあえず物干し竿にかけておいた。
「あんまり質問攻めにされても一気に答えらんないから。な?」
「あ、うん」
トニーがじとーっと俺を見てる。
そういうんじゃないから安心しろ、トニー。
「ほんとにこれがレオンハルトぉ?」
「本当だよ、トニー」
「…………」
「でもこんなのが貴族の従者を3人もやっつけるとか信じらんない」
「本当だもん、どうしてそんなこと言うの、トニー?」
「だってそう見えないもん」
「はいはい、言い争いはやめなさ――」
「何でお前がしきるんだよ」
突っかかってくるなあ、こいつ。
まあ学院のアホどもに比べれば可愛げがあっていいんだけど。
「どうしてトニーは仲良くできないのっ!?」
「だってそう変わらないだろ、年も背も!」
俺はいいんだけど、クララさあ、お前さあ、ちょっと、そのー……な?
うん……。うーん……どうするか。
むむむ、とクララとトニーが睨み合ってしまう。
よしなさいってのに、もう……。
「オーライ、オーライ、ストップだ。ストーップ、オーライ?」
「どうしたの、レオンハルトいきなり」
「トニー、俺はただのクララの友達だからそう邪見にするなよ。な? 仲良くやろうぜ」
差し出した手を、肉球はついていない手でパシンと叩かれる。
わーお、その叩き方だけは学院のバカどもと変わらないぜ、おい。
「トニー!」
「決闘だ!」
どうしてこうなるんだか。
決闘を申し込まれるなんて久しぶりだな、しかし。
「分かった、分かった、決闘な」
「レオンハルトっ?」
「でもさすがに、剣とか持ち出すのは良くないだろ? 大人だって止めるぜ」
「怖いのか?」
「怖くはないけどクララが怒られちゃうかも知れないだろ?」
「うっ……」
「だから、ここはゲームでケリをつけよう。ちゃんと、体使ってやるゲームだから公平だ」
「ゲーム?」
「そう、スモーと言うゲームだ」
「スモー?」
そんなわけで、お相撲しようぜクマさんボーイ!!
とりあえず外へ出て、糸と棒を使ってチョークで円を描く。ルール説明。
「足の裏以外が、地面に触ったらダメなゲーム」
「足の裏、以外?」
「そう。あと、この円の外に出ても、ダメ。
だから相手を押して、円の外に出すか、転ばせれば勝ちってわけ。力比べだ。
殴ったり蹴ったり、首根っこを掴もうとしたりとか、そういうのもなしだぞ」
「ふうん……力比べか、力比べならいいぞ」
獣人は力自慢な傾向にあるらしいからな。
ロビンもあれで運動神経はいいし、けっこう力持ちだし。
「危なくない?」
「大丈夫、大丈夫。最初だけ、こういう風に前傾になって手をついたりしてもいいから。
始めの合図は、はっけよい、残った、だぞ。これはクララの役な。で、押し合い開始」
「よし、いいぞ。それで勝負だ」
ふんすと鼻を鳴らしてトニーが言う。
不安そうなクララにはウインクしておいて、即席土俵でトニーと対峙する。地面は石畳だから少し危ないけど、やんわり押し倒してやりゃあ問題ないだろう。
俺が教えたポーズを取ると、トニーもマネをする。――が、ぶっちゃけ獣の四足走行の準備にしか見えない。後ろ足で、ざすんざすんと地面をこすってるし。本能だろうか。
クララに目配せすると、ちょっとためらいつつも頷いた。
「じゃあやるね、はっけよーい、のこった」
「うおおおおおおっ!!」
いい突進。
トニーを受け止める。頭から来てるから腰が遠い。
とりあえずトニーの脇の下へ腕を捻り込んで、斜め下へ落とす!
「うあっ!?」
「引き落とし、っと」
はっはっはー、鍛え方が違うのだよ。
楽勝だ。トニーが俺を見上げる。だがまだ闘志が燃えている。
「まだやるか?」
「勝つまでやってやる!」
「よっしゃ来いっ!」
そうして全ての決まり手を使ってやろうかとも思ったが、覚えてないからそれは断念してスモーに興じた。だんだんトニーは本来の目的を忘れたようで、本気で悔しがりながら向かってくるようになった。俺はそれを鮮やかに倒していく。
にしてもトニーも粘るな。
だがそれでこそ男だ、そう簡単に負けを認めるんじゃない。
手加減はしてやらないけどな! わざと負けたりもしないけどな!! 男ならいつだって勝ちにいくもんだぜ!
「はぁ……はぁ……」
もう何度取り組んだのか忘れたが、ようやくトニーが起き上がらなくなると夕方になっていた。途中からクララは俺とトニーの両方を応援してくれていたし、トニーも負けん気はあっても敵視は消えていたからいいだろう。
「あー、楽しかった。以外と面白かっただろ、スモーって」
「うん、楽しい」
息を荒くしながらも、問いかけるとトニーは笑った。
よしよし、それでなくちゃな。手を貸して立たせる。
「俺はもうそろそろ帰らなきゃいけないから」
「もう行っちゃうの?」
「まだしばらくいるつもりだから安心しろって、クララ」
「明日もくる?」
「……来た方がいい?」
「うんっ」
「んじゃ、来るよ。トニー、気をつけて帰れよ」
「バイバイ、レオンハルト」
「また明日だぞ、レオンハルトっ!」
「はいはい、じゃあな」
ひねくれたガキばっかの学院にいるよか、健全な子どもといる方が気分はいいな。
久しぶりのノーマン・ポートも大して変わってなかったし、竜退治云々なんてすっかり忘れてた。でも、何かまだ忘れてる気がするんだよな。
何か忘れたが、とりあえず帰った。
「レオン、服はどうした?」
「あっ」
「買い物は?」
「ああっ……」
「……何をしとる、お前は」
「……いやー、ちょっと……忘れてた」
忘れものは何ですかー?
見つけやすいものでしたー……あーう、やっちゃったよ。
「ちゃんとやれてるのか?」
「へーき、へーき。明日、取りにいってくるから。買い物もするし」
じいさんにまで疑惑の眼差しを向けられたが、誤摩化しておいた。
やっぱり相撲は日本男児の心を熱くしちゃうんだな。真剣勝負じゃなかったにしろ、熱中してた。
とまあ、そんな具合で平和な時間が過ぎた。
急いでメルクロスまで向かったご褒美と思えば、まあ良かっただろう。




