弾丸帰郷
竜――。
時に人の世へ壊滅的な被害をもたらし、時に人に多大なる恩恵を与える、超然の存在。
その爪は一振りで山を削る。
その牙はあらゆる英傑を屠った。
その咆哮は全てを抉り、消滅させる。
………だとか、何とか。
見てみないことには想像するしかないが、オルトがわざわざ俺に来いとか言うんだから相当なんだろうな、とは思う。
前は馬で約3ヶ月もの時間がかかった。
ファビオが時間を調整して入試の日ぴったりを狙おうとして、それほど急いではいなかったからでもあったが、それでも遠い距離だ。俺はスタンフィールドで馬を借り、授業で習ったことを生かしてかっ飛ばした。
とにかく、雨が降ろうが、矢が降ろうが、馬を走らせた。矢は降らなかったけど。
夜遅くまで馬を走らせて、朝も早く起きて走らせた。あと、長距離の移動に馬を使う時は、各地で乗り換えていくのが基本らしい。前はオルトが可愛がっていたヴィッキーに乗っていたから乗り換えることもしなかった、というわけだ。
急いだお陰か、ファビオとともにスタンフィールドへ向かっていた時よりもペースは早い感じだ。それとも、行きよりも帰りの方が短く感じる修学旅行の法則か。違うよな、さすがに。換え馬効果だよな。
にしても、遠い。
そもそも、メルクロスとスタンフィールドは国土を端から端へ行くようなものなのだ。
今さらだが、ディオニスメリアという王国に俺は生まれた。
細かい国のことは置いといて、かなりの大国で、歴史もあるし国土も広い。その、端から端。
全盛期のモンゴル帝国並みなのかも知れない。そこまででもないか? あんま勉強してなかったから分からねえや。けど、とにかく広い国なのだ。それを、ほぼほぼ横断するんだから、距離もすごいことになる。
途中、立ち寄って色々と見てみたいような大都市なんかもあったが、安宿に転がり込んでは馬を乗り換えて早朝に出発というサイクルで諦めた。
そうして、ようやくレヴェルト領のメルクロスに辿り着いた。
街を守る外壁に異常なし。巨大イノシシ魔物が出てくる気配もなし。2年ちょい前に来た時とそう変わった様子もないし、竜が云々でパニックにでもなってるんじゃないかとも思ったが、平穏そのものだった。
「オールートーくーん、きーたーぞー」
屋敷に着くと使用人が驚いたが、すぐにオルトの部屋へ通してくれた。着の身着のまま、オルトの書斎へ顔を出す。
「おお、レオン。大きくなった」
あんまり感動もなく、オルトは入ってきた俺を見てそう言った。変わった様子はない。
「そんだけ? めちゃくちゃ急いで来たんだけど」
「待ちわびていた。かけなさい」
「ファビオとソルヤは?」
「使いに出しているから今はいない。長旅だっただろう、疲れたかい?」
「へとへとだよ……」
ソファーへ深く座り、手足を投げ出す。もう、すぐにでも寝たいような気分だ。オルトは何やら机に座ったまま書きものをしているままだ。すぐに使用人のひとりが俺のために茶を持ってきてくれた。それを飲みながら待っていると、オルトがようやく手を止める。
「我が領内で竜が起きてしまった」
「聞いた」
「少しトラブルも起きてしまい、どうやらすぐに眠ってもくれなさそうだ」
「退治するんでしょ?」
「最悪は」
「……最悪?」
「その最悪になりたくはないが、万が一もあると思って早めにキミを呼び出したんだ」
聞くに、竜というのは寝て過ごしているらしい。固体によって数十年とか、数百年という単位で。
よっぽど凶暴な竜でもない限りはうたた寝から覚めても、すぐに場所だけ変えてどこかで寝ようとするらしいのだが、領内で起きてしまったという竜は欲に目が眩んだどっかのバカが攻撃を仕掛けてしまったとのことだ。
割と呑気な竜だが、そんなことをされれば暴れる。そして、そのせいで、付近の小さな町が酷い状態になったんだとか。まだ眠ってくれる気配もなく、竜が一度は戻っていった巣穴を厳戒体制で監視している状態らしい。
「もっとも、落ち着いてはいるんだがね」
「そのちょっかいがあって、手紙がスタンフィールドに届いて、俺がここに来て――でもまだ、何も起きてないんなら大丈夫じゃねえの?」
「我々とは時間の感覚が違うんだ、竜というのは。
1年や2年など、わたし達からすれば1、2時間程度なんだろう」
そんなにかよ。
まあでも長生きらしいし、それくらいのんびりになるのかもなあ……。
「でも……何もないって、どれくらいで分かるわけ?」
「さて、どうだろう……。10年も何もなければ安穏とできるんだろうが、竜は移動もしていない」
「そうなったら俺、学院に戻らないまんま卒業することになりそうなんだけど……」
「だから、竜におうかがいを立てて、交渉をしてみようと思っている」
「……交渉?」
「竜は魔物と言われてはいるが非常に知能も高く、人の言語を操る固体もいるそうだ。
だから話をし、誠意を見せて謝罪すれば最悪の事態を回避できるだろう――と見ている」
「俺を呼んだ意味は?」
「もしも、交渉が決裂してしまったら……竜との全面戦争になるだろう。
みすみす負けて、このレヴェルト領に住まう人々を路頭に迷わせたくはないのだよ。
そのためにはひとりでも多くの力がいる。大を守るための、小さな犠牲となりそうなものだが」
「今犠牲っつったろ? おい」
「最悪の場合は、という話だ」
ほほえみながらオルトが言う。
これはぶっ飛んでる発想なのか、この世界の領主ってやつからすれば普通のことなのか――。でも竜相手に全面戦争とか物騒な言葉使ってるんだし、オルト節なのかもなあ。常識がよく分からないからはかりかねる。
「想定よりも早くレオンが来てくれたのは嬉しい。
だが、まだしばらくはやるべきこともないから好きに過ごしたまえ」
「……気の抜けることを……」
「土産話も聞きたい。だが……」
「ん?」
「チェスター老に会いに行ってはどうだい? きっと喜ぶだろう」
「じーじか……。どんくらい離れてていいの?」
「竜次第だが現状では一月程度なら問題はないし、必要になればファビオかソルヤを寄越そう」
「……んじゃ、今夜はここ泊まるよ。でもって明日にはじーじんとこに一旦帰る」
「ああ、そうしなさい」
超久しぶりの熱ーいお湯がたっぷりな風呂にも入れてもらって、疲れを取ったところでロビンに手紙だけ書いておいた。行くって言った時もほとんど説明はしてなかったし、けっこう心配をされていたから念のためだ。手紙を書いて、スタンフィールドの俺の寮に送ってくれるように屋敷の使用人に頼んで寝た。
ふかふかのベッドで泥のように眠り、たらふく朝食を食べてから、また馬に跨がってメルクロスを発つ。
ノーマン・ポートに寄ってみようかとか、素通りして先にじいさんに会おうかとか考えている内に到着してしまい、結局素通りした。だが雰囲気は変わらずに港町らしい活気に溢れていた。
さて、そんなわけで久々の我が家――でもないけど、じいさんの小屋へようやく辿り着いた。
懐かしい林に、馬の手綱を引きながら踏み入る。出てきた懐かしのシンリンオオガザミを銛で仕留め、引きずってじいさんへの土産にしようかとも思ったけど、馬の手綱を持たなきゃいけないから今日も放置した。森の他の生き物の糧になっといてくれ、今回も。
林を抜けると、懐かしい磯の香りがむわりと広がる。
相変わらずボロっちい小屋。馬を小屋の近くに繋ぎ、小屋の中を覗く。何も変わってない。じいさんもいないってことは、今は林の中か、それとも釣りか――。釣りに使っているはずの小舟がなかったから、釣りなんだろう。
荷物を置いて、今朝獲ってきたと思しき海産物を見つけて料理を始める。
帰ってきてメシができてて、しかもじいさん愛しの俺様がいるんだからもしかしたら泣くかもな。
懐かしのグロフィッシュは相変わらずグロい見た目だが、遠慮なく捌かせてもらって白焼きだ。あとはじいさんの好きだったはずの香草焼きも作ってやろう。ジジイ孝行だな、俺。はっはっは。
やがて小舟を引きずりながらじいさんが浜辺に戻ってくる。
俺に気がついたじいさんは、釣竿を肩に乗せながら、5秒ほどフリーズした。
「よっ」
「……帰ったか。何を作っとる?」
「メシ」
「そうか」
感動しねえなあ、オルトもじいさんも。
釣竿を小屋へ戻したじいさんは、料理している俺のそばへ来る。まだ、見下ろされる身長差。
「おかえり、レオン」
「ただいま、じーじ」
寝床は相変わらずひとつしかなくて、じいさんと寝るしかない。
前はすっぽりとうまい具合に、互いに邪魔にならずに寝れていたはずだが、少しだけ窮屈だった。あんまり自分じゃ分かんないもんだが、体はばっちり成長期のようで何よりだ。