オルトの手紙、再び
「レヴェルト、元気か?」
「ん? ああ、どーもイアニス先輩」
「いいか?」
「どぞー」
食堂でメシを食ってたら、イアニス先輩がやって来た。昼時はそれなりに混む。たまに俺も邪魔させてもらうし、邪魔してもらうのも構わない。
イアニス先輩は剣闘大会の5回戦で戦った、101番の人だ。5回戦まで残った、4年生。16歳だと言う。爽やか系ハンサムボーイ。あれきり、何かと顔を合わせると喋ることがあって交流が生まれた。
「いつもの2人はいないのか?」
「マティアスは魔法士養成科の女の子からデートのお誘いで、ロビンはレポートに追われて……」
「ふっ、まあそういうものだ。学年が上がるにつれ、人間関係というのも変わってくる」
「でも先輩も貴族なのにここでメシ食うんだな」
「たまにだ。ここは量の多いメニューが多いから、腹の減っている時は利用している」
特別に仲が良いわけではないが、何となく時間を共有できる相手。
もくもくと互いにメシを食ってても気にする必要もない程度の、それくらい。
「次の剣闘大会では賭博も不正もなくなるだろう」
「だといいけど……」
「同時に、僕にとってはそれが最後の剣闘大会ということになる。
レヴェルト、またキミと戦いたいと思っている。鍛錬を怠るなよ」
返事をする前にイアニス先輩は食事を食べきって行ってしまう。
剣闘大会以来――イアニス先輩や、イレーヌ先輩のように一目置いてくれる人が増えた。学年上、タメの連中は相変わらずだが、まだまだガキだってことなんだろう。
ちぎった硬いパンをスープにつけて食っていると、食堂を見渡しながら突っ立っている学生がいた。転校――転入? をしてきた、確か……リアンとかいうやつだ。めちゃくちゃ生真面目っぽい感じのやつ。食事を乗せたトレーを持ったまま、周囲を見ている。あれも貴族の箱入りだから、こういうとこの使い方が分からないのか。
何となく眺めていたら目が合った。
手招きをしてみると、人にぶつからぬように気をつけながらやって来る。
「座って食わないの?」
「どこへ座っても良いものでしょうか?」
「……そりゃ、そうだろ」
「なるほど。……では、ここでも?」
「いいけど」
「ありがとうございます」
随分とまあ中性的な顔立ちをしているやつだ。
マティアスはよく美貌自慢をしててうざいが、まああれも美形。にしたって、こっちは女じゃねえのって見間違えそうなくらい綺麗な顔をしている。
最初こそ悪ガキどもに囲まれて、勧誘されまくってたが蹴りつくしたのか、もうすっかり空気になりつつあるやつだ。だが、見てる感じだとダテに生真面目なわけでもないらしく、授業態度良し、実技良しの優等生だ。
それに、俺みたいなあからさまなチビにまで丁寧に接するし。こういう貴族は珍しい気がする。
「確かレヴェルトさん、と言いましたか」
「レオンでいいけど」
「ではレオン、と。あなたはまだ年少だと言うのに実技にとても目を見張るものがありますね。秘訣はあるのですか?」
「……内緒」
「ふむ、気になりますね」
言葉遣いはあれだけど、割とフレンドリーなんだな。
しかもメシもやたら肉食だ。ロビンほどの大盛りではないにせよ。
「ああそれと、気になっていたんですが」
「ん?」
「あなたを快く思っていないクラスメートが多いようです。
どうも陰険であくどい企みをしていそうな者達に見えたのですが、大丈夫ですか?」
「……もう叩きのめしたから」
「ほう、それはすごいですね。だから彼らもあなたを敵視していたのですか」
「じゃない?」
「徒党を組む輩に負けずに跳ね返すとは恐れ入りました。
もしもよろしければ、わたしと友人になってはいただけませんか?」
こいつ、多分すげえいいやつだ。
二つ返事でオーケーすると、キラキラな画像エフェクトが出てきそうな笑顔を見せてくれた。
午後の授業でランチデートから帰ってきたマティアスは、俺とリアンが一緒にいるのを見て少しだけ驚いた顔をした。
「まさか、キミがソーウェルと仲良くなるとは意外だな」
「何でだよ」
「キミは彼のような人間をうっとうしいとか言うのかと思っていた」
「……別にそんなことねーっつの」
ただただ生真面目で堅物なやつはちとアレだが、リアンはかなりつき合いやすいタイプだ。口調だけバカ丁寧って程度のものだ。
「カノヴァスさん、友人の友人としてよろしくお願いします」
「ああ、礼儀を弁えているのならば歓迎しよう。マティアスと呼んでも良いぞ」
「わたしのことも気軽にリアンとお呼びください、カノヴァスさん」
「変わっていないじゃないか!」
「あっはっはっ!」
「笑うな、レオン!」
「ふふっ、冗談ですよ、マティアス」
「冗談だとっ? 僕をからかったのか!?」
「面白いかと思いまして。それに距離を詰められればと」
「あー、俺リアン好きだわ……」
「レオンと波長が合うとは末恐ろしいな……」
それに頭いいのが近くにいると、何かと試験とかの時に楽できるし。
最近マティアスに教えてくれって言っても露骨に渋ってくるから、リアンという第二のブレーンがいてくれるのは有り難い。断らなさそうだし。
こうしてリアンともつるむようになって、あっさりと時間は過ぎていった。
リアンはすぐにロビンとも仲良くなったし、馴染むのは早かった。
生真面目な皮を被った茶目っ気のある、いいキャラをしてると思う。爽やかな顔して冗談を飛ばすし、マティアスやロビンが顔をしかめるような俺の行動を面白がって乗ってきてくれたりもする。
ダンスパーティーも、俺とロビンは無事にサボれた。ミシェーラ姉ちゃんへの片思いという誤解が払拭されていたお陰で。マティアスは今年も女を取っ替え引っ替えしながら踊り尽くしたらしいし、いつの間にか、どこで仲良くなったのかリアンもけっこう人気があったらしい。
序列戦ものんびり休暇を満喫してる間に終わって、また1年が過ぎた。
試験は実技以外危うかったが乗り切れた。意外なことにリアンは日頃の勉強を怠るからいけないのだとか、学業に関しては頭が硬かったが、俺には第三のブレーンのロビンがいたからかろうじて持ちこたえた。
少し大きめに作っていたはずの制服も進級時に新調して、また袖がダボつくサイズになり、新たな年度をさあ迎えようという前日に呼び出しを食らった。
「レオン、明日の朝イチに学院に来てって」
「何で?」
魔技の練習をしていたところでロビンに言われ、顔を向ける。
「何だか……学院長先生が、用事があるとか」
「……学院、長?」
「うん」
「…………」
「何か、悪さしたの?」
「数えきれないから分かんねえよ」
「レオン……今夜は尻尾なし」
「そんな殺生なっ!? ロビン、ロビーンっ!!」
「悪い子にはダメです」
泣き落としてどうにかもふらせてもらえたけど、何で呼ばれたのかというのは分からずじまいだった。
「学院長に呼ばれたみたいなんすけど」
「奥行って右の階段上がって3つ上のフロアの最奥」
愛想のない学院の職員に言うと、その受付は何とも愛想のない声で言った。
普段はなかなか来ない、学院の事務なんかをやってる階層。ぶっちゃけ、来るのも初めてだった。言われた通りに向かうと、両開きの大きな扉があった。一応ノックをし、開ける。
「よく来た、レヴェルトくん」
赤い絨毯の敷かれた、いかにもといった感じの偉そうな部屋。
そこに学院長だとか言う男がいた。重厚な机に腰掛けている。
「何か用っすか?」
部屋へ入って尋ねる。
学院長は想像していたような、某男だらけの私塾の一番偉い存在である、禿頭と太すぎる眉と割れた顎とタラコ唇みたいな風貌ではない。むしろ、貫禄に溢れたダンディズム全開といった具合の偉丈夫だ。髪はもう霜が降ったかのように白く、短く刈られている。若干前髪は後退しつつはあるが、散らかりそうには見えない。
「先日、キミの後見人であるレヴェルト卿から手紙が届いた」
「オルトから……?」
「キミは実技の成績はかなり良いようだから、休学しても別に良いだろうと考えている」
「休学?」
「それに勉強をしたくてここへ来ているわけではないとも聞いている」
「…………」
話が見えない。
一体、何だってんだ?
でもオルトの手紙ってのは、ちと不吉だな。
また何か面倒臭いでも考えているのかも知れない。
「どうやら、キミが必要なようで寄越してほしいと手紙には書いてあったのだよ」
「……俺が必要」
「どれだけかかるかは分からないらしい。
こちらとしては、キミが了承するのであれば好きなだけ休学しても良いと思っている。
今日から新年度にもなるが、もしも来年度まで戻れずとも進級を許可しよう」
レヴェルトパワーってか? すげえな、おい。
「何で必要かとかは、手紙には?」
「……竜が目覚めたらしい」
「竜?」
魔物のカテゴリーでもトップクラスにヤバいやつだとか聞いている。
色んな物語にも登場するし、竜退治の話なんかほとんどが大人気だ。が――今はもう、それほど多くないとか何とか、授業を聞きかじって覚えている。
「レヴェルト領で、竜退治をするそうだ」
「で、俺がいる……と」
「死にかねないがな。無論、キミが死亡してしまえばそのまま除籍にはなる」
「そりゃそーだ」
「うむ。で、どうするかね?」
「…………マジかあ……」
20秒ほど考えてから、行くことにした。
オルトのことだから何の勝算もなくやるわけでもないだろう。
何だかんだで愉快な学院生活もオルトのお陰だ。
学院長にそう伝えると、後のことはやっておくから出発しろと、あっさり言われた。
にしても、竜退治って……。
俺、今……えーと、9歳になるか、ならないかくらいの年だってのに。
骨が折れそう、で済むならいいけど――どうなることやら。