清く、正しく、凛々しく
『ああ、どうして我が家は女ばかりが生まれるんだ……。
せめて男児がひとりでも……たったひとりだけでもいれば良いのに、どうしたものか』
幼き日、父はいつものように嘆いていた。
4人姉妹で男児なし。母はもうムリとお産の辛さに音を上げて、父もますます首を悩ませていた。
『おとうさま』
『どうした、リアン?』
『じゃあわたしがおとこのこになります』
『……本気か?』
きょとんとした父の目はいまだ、忘れられない。
今思い起こしてみれば、幼い娘の戯言にしか思えなかっただろう。だが、当時のわたしは本気も本気だった。そんなに父が悩んでいるのであれば――と、本気の子供心で心配をしていたのだ。
『ほんきです、おとうさま』
翌日からわたしは――リアン・ソーウェルは男の子の格好をするようになった。男の子が生まれたら着せようと数年前からうきうきで父が用意していた服が丁度あった。
『リアン、今日からお前を娘とは思わん。
お前は我が息子だ。良いな』
『はい、おとうさま』
『……もっと凛々しく』
『はい、おとうさまっ』
『……かわいい』
『おとうさま、わたしはおとこです……。かわいいはよしてください……』
そんなこんなで、わたしは、男となった。
どこまで父が本気なのかは分からないが、男子として剣を学び、狩猟を嗜み、食事の時はむしゃぶりつくようにした。最後のだけは行儀が悪いと父に叱られてしまったが。
そして、とうとう、である。
「リアンよ」
「はい、お父様。何でしょう?」
「騎士魔導学院へ行け。騎士養成科に入り、学んでくるといい」
「…………本気ですか、お父様」
「本気だ」
「ならば分かりました。行きましょう。
入学試験を受けるのですか? 確か面接と模擬試合による実技試験でしたね」
「うむ、そんなものはいらん。途中からの横入りだ」
「本気ですか、お父様」
「本気だ」
「分かりました」
そんなことがあってから学術都市スタンフォードへ男らしく、馬に跨がって一人旅で辿り着く。すでに話は通っていたらしく、わたしは2年生の騎士養成科へ入れられることとなった。スタンフォード到着の翌日に。
「諸君、特例であるが、彼が本日よりこのクラスの一員となる。自己紹介をせよ」
「ハッ、教官。自分はリアン・ソーウェルです。
新参者ではありますが、同輩としてともに騎士の何たるかを学びたく思っています。
どうぞ、よろしくお願いしいます」
担任のエジット教官に促されて挨拶をし、一礼すると彼らの多くがわたしを値踏みするように見ていた。それを見渡していると、机に伏して寝ている――下の妹と同じ年頃の少年がいる。彼が前の席にいた、髪を編んでいる美男子に小突かれて顔を上げる。
眠たげな目がわたしを見る。それから、欠伸をしてまた寝ようとする。
エジット教官が懐から手近にあったチョークを投げつけて少年が悲鳴を上げたのは1秒後のことだった。
「ソーウェルっていうのはどこの貴族なんだい?」
「良いことを教えてあげるよ、あそこのレヴェルトとカノヴァスには近づかない方がいい」
「僕らの派閥に入るといいよ。でなきゃ野蛮人にやられちゃうから」
授業の合間にはすぐ、そんなことを言いながら同輩の者達が寄ってきた。
あまり社交的な場には出たことがなかったが、これが普通なのだろうか。
しかし。
「気に入らない人物がいるとしても、それを何も知らぬ者に言うのはいささか常識外れではないのですか。
あなたの個人的な価値観を一方的に押しつけてきているようでいささか不快な気分になります。
輪に入れてくださろうとしてくれるのは有り難い心遣いですが、今はご遠慮しておきます」
そんなことを言うと、ぱったり人は寄りつかなくなった。
はて、世の中というものはこういうものなのか。
その日の授業が全て終わると、エジット教官にわたしが住むことになる寮を教えていただいた。学院内にある寮らしく、場所を聞いて向かう。
ふと、学院の壁へ空けられている窓から外が見えた。
学術都市スタンフィールドの夕暮れがそこから覗けた。
見渡す限りの一面が鮮やかな朱色に染め上げられていくのだ。
「ここが、寮か……。後で寮の方にご挨拶をするとして、荷物を置かせてもらうか」
先にわたしに割り当てられた部屋へ向かう。
実家の屋敷にも漂っていた、ふわりと広がる女の香りがした。
「失礼。今日からここに世話になる――」
部屋を開けると、婦女子が着替えをしていた。
黒い制服は、魔法士養成科。しかし、そこにはわたしと同年代ほどの、女性がいた。
「……お、おと、男のっ……人?
あれ? 女の子が、くるって……あれ?」
「……え?」
いや、わたしは男として通している。
体の構造としては女性そのものだが、父もずっと、そうしてきてくれていたはずだ。それとも寮だけでは万が一というのを考えて、女性と一緒にという配慮――? うん?
「……女の子、だよね?」
「…………はい」
「………………男の子っぽい、けど」
「……………………男子として、通しています」
この何とも言えない空気は、何なのだろう?
父は一体どのように話を通したのだろう。
「わたし、ミシェーラ・クラシア。よろしくね」
「よろしくお願いします、ミシェーラ。わたしはリアン・ソーウェルです」
とにかく荷物を置くと、見慣れぬものが紛れ込んでいた。
手紙だ。父の字で「我が娘へ」とも書かれている。はて、わたしを娘扱い?
―――――――――――――――
我が娘リアンへ
なかなか言い出すことができず、こうして手紙で知らせることとなってしまった。
そのことをまずは許してほしい。
嫁入りしたお前の姉ジリーが子を産んだことは知っているだろう。
その子どもが男児の双子であった。ゆえに、弟の方をわたし達の息子として迎え入れることになった。
もうお前が男として振る舞う必要はない。
うっかりお前を男に見てしまうほどに板についてきていたが、もう終わりで良いのだ。
それでもお前がその生き方を貫き通したいのであれば、騎士魔導学院で考えてもらいたい。
騎士魔導学院には多くの少年も学んでいるだろう。騎士養成科はお前以外は全てが男だとも聞いている。
これからお前の体はさらに女性らしく成長するだろう。
それを隠すことはない。お前の在りたいように在れ。今までこの愚かな父のために努めてくれたことを感謝する。
願わくば、お前には幸多き人生を歩んでもらいたい。
女として戻るも自由、男の中に交じって生きていくことも自由である。
再び会える日を心待ちにしている。
―――――――――――――――
「…………何ということだ」
青天の霹靂とはまさにこれだ。
つまり、もうわたしは男として振る舞わずとも良いと。
甘いお菓子にわざと眉をひそめて「甘いものは好かん」と言わずとも良いのか。
ふわふわもこもこの小動物を見つけては「お前もひとりか」とキザに言ってから戯れるという必要もないのか。
だがしかし。
姉や妹達を見ていると、どうもあそこに戻るつもりにもなれない。
「どうしたの……?」
「……少し、人生について悩みを」
「ええっ? な、何かあった? 相談乗るよ?」
「ありがとうございます。ではあなたには、わたしの現状についてお話をさせていただきます」
ミシェーラに話を聞いてもらいながら、わたしはどうすべきかを朧げにも決め始めていた。
今さら自分を変えるのは難しい。
故に、このスタンスを保ったまま騎士養成科でがんばってみようと。
一応は男と周囲に思ってもらえている。
別に男であると言い張ったわけでもないのだから、それはそのままにしておこう。嘘をついてはいない。そう、これは嘘ではないのだ。周囲が誤解をし、わたしはそれに気づいていなかったと――む、これは偽っていることになるか。
…………忘れた。
よし、これでもう問題はあるまい。
ミシェーラはわたしの話を聞くと、ぽかんとしていた。
「何だかリアンって……格好いいね」
「ありがとうございます。女性の先輩として、どうぞよろしくお願いします」
それから寮の先住の先輩方に挨拶をさせていただくと、何やら熱視線を向けられたような気がした。いや、勘違いであろう。
男らしさはともかくとして。
これからもわたしは、清く、正しく、凛々しく生きるのみである。




