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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#6  剣闘大会
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報酬はその頬へ



 モールの火の魔法を、ロビンが水の魔法で防ぐ。

 白い蒸気がただでさえ狭い空間を埋め尽くしたが、モールのいた場所は分かっている。


 繰り出した一撃がモールを掠めた。蒸気が切り裂かれて身を引いていたモールが姿を見せる。すでにモールの剣は引かれ、今か今かとタイミングを待っていた。アーバインの剣が震え、右へ反転するとまた激しい衝撃と熱が駆ける。カウンターを待っていたモールはロビンの放った魔法の迎撃をせざるをえなかった。


「おらぁっ!」

「フンッ!」


 だが、モールもさすがに一筋縄でいかない。首をはね飛ばさんとばかりに剣を振るったのに、それより早く腹を蹴り飛ばされた。ただでさえダメージの溜まっているそこをやられ、意識が飛びそうな激烈な痛みに見舞われる。



「レオン――!」

「獣風情が、人の言葉を利くでないッ!」


 ロビンまでもが吹き飛ばされた。

 モールは傷を負いながらも、弱った様子を見せることなく鼻を鳴らす。



「貴様には死に損なったことをじっくり後悔させてやる。まずは、獣の殺処分だ」


 せいぜい、腕を上げるので精一杯。

 左手は血が止まらない腹を押さえ、右手でアーバインの剣を逆手に持ち、その人差し指をロビンの方へ歩いていくモールの背へ向ける。


 魔力をかき集め、留める。魔手の右腕へ全てを集めていく。肩から指先までが、例えるならば滑走路であり、バレルだ。狙いを定める。撃てても2発。当たるかどうかは別問題。2発撃ち切ってダメなら、俺は鼻血を噴いて失血コース。



「おいモール……俺に背中向けて、余裕だなあっ!?」


 わざと声を出して振り向かせる。歩いて行かれるよりも、近づかれた方が当たりやすいだろう。

 モールが腰を落としながら振り返り、一目散に俺へ向かってきた。



 魔弾、発射。

 いつもなら全身に回して強化している魔力の大きな塊を、肩から指先へ超速でスライド。

 指先の一点でその魔力を全て凝縮させ放つ。


 音も、反動もない。だが放った瞬間に、無防備になる。体に集められるだけの魔力を全部、同時に出さないと威力を得られないからだ。



「!?」


 モールが突如、ひっくり返る。

 頭から仰け反り、足を滑らせたかのように転倒をした。


 素早く魔力を集め、また魔弾の装填に入る。鼻血がすでに垂れてきているが、まだ大丈夫だ。きっとモールの防具に当たっただけ。今度は狙いを逸らさずに当てる。



「まだ隠し持っていたか、ちょこざいなァッ!!」


 モールが怒号を発した。

 起き上がるなり、自前の剣を振りかぶる。


 まだ、魔力が集まりきらない。

 魔弾を撃つ準備が整わない。モールが剣を投げた。

 アーバインの剣がガタガタと震える。そうか。じゃあ、このまま続行だ。



 目の前に壁が立ちはだかった。土の壁だ。鼻先に剣の切っ先が出てきたが、きっちりそこで固定される。モールが苛立ちを隠せずに呻吟する。剣が引っこ抜かれると、土の壁が崩れ落ちた。振り下ろす姿勢に入っているモールの、その前頭部へ照準を合わせる。




「終いだ、モール!」

「ウゥゥオオオオオオオオオ――――――――――――――ッ!」




 魔弾はモールの剣を弾いて軌道を逸らした。

 そして、モールの頭が右目が潰れた。目の横が削ぎ取られるように消し飛んで血と骨と肉片が舞い散る。モールの振り落とした剣は何もない場所を通過し、前傾に――俺の方へモールが倒れ込む。立てていた人差し指を曲げ、アーバインの剣を逆手に握り込んだまま、拳を振るった。


 殴り倒されたモールは動かなくなった。

 向こうでロビンが警戒していたが、モールはやはり動かない。



「……やった?」


 それやってないフラグ――と無粋なことが思い浮かんだが、ちゃんとやっていた。完全にモールは死んだか、気絶している。多分気絶だろう。


 恐る恐るといった様子でモールを迂回し、近寄らないようにしながらロビンは俺の方へ来た。



「にしても……こいつ、はっちゃけてくれたのに、届いてなかったんだよな?」


 さんざん殺すだの何だのと喚いてくれちゃったのに。そこだけが心残りだ。こいつのしてきたことを暴けるのかどうかが――



「ちゃんと、全部伝わってるよ」

「は?」


 ロビンを凝視する。


「先にマティアスくんが賭博のことを暴いたでしょう?

 その後でモール教官をレオンが追いかけて、自白させるって作戦は二段仕込みだから」

「いや……え? 二段?」

「モール教官は疑り深いからこそ、ずっと剣闘大会でこうしたことをできてたんだろうって、マティアスくんが。

 スレッドコールとラウドスピーカーを使うって手口を分かりやすくモール教官に教えたから、警戒するでしょ?」

「つか、実際……」

「だから、それをモール教官が破ったところで、こっそりまた使ったんだよ」

「いや、使ったって……」

「レオンの魔石に、魔法を封じ込めたのは誰だと思ってるの?」

「ロビン? ……ああっ、ロビン、お前っ!?」

「出てくるの遅れて、ごめんね……。

 でもアーバインの剣が反応してなかったから、まだ大丈夫だと思って。

 決定的な自白が欲しかったから、我慢してたんだけど……モール教官の、悪いところは伝わったと思うよ」



 粘った甲斐があった――というものか。

 とりあえず、ほっと一安心すると気が遠退く。


「ロビン、尻尾……」

「……う、うん」


 もふもふすると気が紛れて、そのまま安眠できた。





 モールを含めた、賭博に関与していたとされる教官7人が学院から消えた。

 また、ダグルーズという首謀者の学生から芋づる式に、賭博の運営と、八百長に関わっていた学生が次々と判明して、そのほとんどが退学処分、あるいは停学などといった措置を取られた。

 騎士養成科で退学させられたとなれば、もう騎士団に入る道はなくなるだろうとマティアスは言っていた。騎士団に入れぬ、跡取りではない貴族の末路は哀れだとも。


 剣闘大会そのものも、八百長があったという事実が判明したことで、どうなるべきかと議論が紛糾したそうだ。本来勝ち残っていた可能性のある者や、八百長で勝ち残らされてしまった者の存在を無視して、このまま続けることに意味があるのかと。それに闘技大会運営に携わっていた教官の7割がグルだったことで、トーナメント表も意図的に作られていたのではないかとか言われている。

 結局、歪められた剣闘大会は続ける必要がないと判断された。


 次の序列戦では、特例として本来剣闘大会で埋まるはずだった参加枠を賭けた予選を開催するらしい。それでどうにかこうにか、序列戦を意識していた学生に妥協案として納得させたようだ。



 俺はそういうもろもろを救護室のベッドで昼寝しながらロビンに聞かされた。ちなみにマティアスは張り切ってバカどもの巣に行った折、また傷口を開いたようで、俺とベッドを並べている。



「剣闘大会が無効になったのでは、おごりもなしだ。残念だったな、レオン」

「ケチ臭えこと言いやがって……」

「でもレオンが1番がんばったよ」


 ちなみに、この騒動を暴いた俺達だったが――注目を集めたのはマティアスだった。

 どうもマティアスをリーダーとして、俺とロビンはその指示に従ったオマケ同然の扱いですごいのは俺らじゃないみたいな風潮で、まことに遺憾である。変に目立ってやっかみを受けるのも嫌だからいいけど、それにしたってマティアスだけ数少ない女子学生にちやほやされたりすると腹が立ってくる。



「レオンハルト・レヴェルト」


 3人で呑気に雑談をしてると呼ばれた。

 魔法士養成科の、俺が目撃した最初の八百長被害者の女子。彼女が俺のすぐ近くまで歩いてきて、安静を言い渡されている俺を見た。その目がぐるぐるに巻かれている包帯へ移っていく。


「イレーヌ・ヒンメル……?」

「……本当は、知ってたのよ。ダグルーズが首謀者、って。

 でも、あなたは小さいし、教えたってどうにもならないって思って、黙ってたわ」


 そういや、訊いたっけ。剣闘大会にまで出てるくらいの武闘派魔法士養成科なんだから、まして6年だし、賭博のことも広く知られてたのかもな。


「だけど、全部聞いたわ。

 あなたがモールに立ち向かっていっているのを」

「……そりゃどうも」


 口の悪さで、グサグサとエジットには叱られたが。

 あそこでちゃんとした言葉遣いをしていれば、俺への周囲の対応も変化したかも知れないんだ云々と怒られていたら、エジットがすごくいいやつなんじゃないかとか思った。



「……だから、ありがとう」



 腰を折ったかと思うと、やっとガーゼが外れた頬に彼女の唇が当たる。

 ヒュゥ、とお行儀悪くマティアスが短い口笛を鳴らした。


「あなたは小さいけど、きっと立派な騎士になれるわ。

 もしも、口が悪いとかのくだらない理由で、学院を出てから行く場所がなかったらわたしのところへ来てもいいわよ」



 それじゃあね、とウインクをしてから行ってしまう。

 ……いい女だ。



「あ、レオン顔赤い」

「っ――ば、ばばば、バカ言うなっつーの、ロビン!」

「だがレオン、いけないな。キミにはミス・ミシェーラがいるはずだ」

「だから違うって言って――あっ、痛っ……たたた……」

「本当に、違うの?」

「そう言ってんだろぉ……痛ってぇぇ……。変なこと言うから、傷口が……」

「……あっ、そっか!」


 開きかけた傷口を押さえていると、ロビンが何かを思いついたように声を大きくした。


「レオンって、女の子が苦手なんだっ!?」

「なるほど、そういうことか!」

「ちっげえよっ!!」



 照れるな照れるな、とマティアスにからかわれ、ロビンはスッキリ納得とばかりに浸っている。

 ミシェーラ姉ちゃん片思い疑惑は晴れたが、今度は、不名誉にも女への不慣れという誤解をされてしまった。




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