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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#6  剣闘大会
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ディアイット!



 マティアスが連中を糾弾する声が学院に響き渡っている。

 何だか古典的な手段の気もするが、悪事はやはりこうしてバラした方が効率が良いということか。



 だが、まだバラさないといけないことがある。

 マティアスは学生のバカどもを絞る。そして俺はこれに荷担していた教官どもから、同じことを引き出す必要がある。


 スレッドコールと、ラウドスピーカーという魔法を使って。

 スレッドコールは声を引っ張ってくる、という魔法だ。詳しい原理は分からないが、ロビンの説明を聞いた限りでは電話のように離れたところへ声を届けられる。

 ラウドスピーカーは単純に声を大きくするだけ。

 だが、この2つを組み合わせることで、学院内のあちこちに声をばら撒き、拡声することが可能になる。効果は絶大だ。観客が興奮している修練場では聴こえにくかったが、静まれば充分に届いた。まるで校内放送だ。



 逃げ出したモールを追うと、またもや下層階へ向かっていた。

 魔鎧で纏った魔力を切り裂かれはしたが、身体能力では上回れる。見逃さないように走り続ける。

 101番の先輩とのダメージもある。脇腹の傷ももうやめてくれという悲鳴を痛みにして俺に訴えている。


 だが、止まれない。



「いい加減に、鬼ごっこはやめろよモール!」


 俺の体が先に限界を迎えちまう。怪我さえなければ、まだ粘れるけどキツい。強がりながら怒鳴った。どこまで逃げたって、こんな下層階から外へ通じる出口はない。せいぜい、昨日の俺みたいに落ちるしかできないだろう。



「レオンハルト・レヴェルト……!」


 ようやくモールが足を止めた。

 本当は荷担していた教官全てをかき集めたかったが、それも難しいだろう。


 何かがあったら落ち合おう、なんて殊勝に計算しているはずもない。



 だが、わざとか、偶然か、昨日と同じ袋小路だった。

 今度は位置が入れ違ってはいるが、それでもサシでやるとなればキツい相手になる。ポケットの中で、魔石を2つ握り締めた。

 頼むからちゃんと発動しててくれよ。

 ここまで声は届かないから確認しようがないんだ。ハウリングするから。



「昨日はよくもやってくれたな、モール教官殿ぉ? きっちり名前覚えてきたぜ」

「…………」


 無言でモールは剣を抜いた。喋らないつもりか。

 マジかよ、そこまで見透かしてるのか? まあ、迂闊なことを喋ればさらに立場は悪くなるだろうしな。もう遅いと思うけど。



「何も言わずにだんまりかよ? それって、保身か? 

 ヘタなこと喋ってこれ以上マズいことになっちゃったら、ワガハイ困っちゃーう、ってかあ?」


 挑発は効いている。

 だが、まだ顔を歪める程度だ。



「おいモール、腐ってても貴族ならよ、ちょっくら勝負してくれよ。

 昨日の雪辱戦だ。余裕だろ? それともビビって尻尾巻いて逃げるか? ええ?

 ――あっ、悪い悪い、ブタの尻尾ってすでにくるくるに巻かれてたからもう巻けねえのか」


 アーバインの剣を抜いてモールに向けながら挑発していたら、最後の文句が効いた。

 ぶっとい血管がモールの額に浮かび上がった。


 よし、だめ押しだ!!




「おまえのかーちゃんでーべーそっ! おしーりぺんぺんっ! あっかんべー!!」




 俺のかわいい、ちっちゃい尻を晒して向け、振りながらあっかんべーもしてみる。

 プッツンと音はしなかったが、何かの糸を引きちぎるようにしてモールは動き出した。素早い抜剣、大上段からの振り下ろし。魔纏をしたアーバインの剣で受け止め、魔鎧で強化した体で押し返す。それだけで地面が耐えられずにヘコんでいた。


「ハッ、そんな程度かよ!?」


 ズボンをずり上げて履き直してから怒鳴る。



 だが、もちろんそのはずもなかった。

 嵐の如く猛攻。101番先輩は吹き抜ける一陣の風のような流麗さがあったが、モールは規模と破壊力が違う。

 立ち並ぶ民家の屋根を根こそぎ剥がして、地面を水没させて多大な爪痕を残しては去るアメリカのタイフーンが如くだ。体験をしたことはないけど、それくらいのとんでもないパワーに溢れている。



「貴様のような小僧がッ!

 このわたしを愚弄するかッ、万死に値するッ!!」



 ぼこぼことモールの筋肉が盛り上がり、力負けしてぶっ飛ばされた。

 素早く受け身を取り、体勢を立て直す。顔を上げて目に飛び込んできたのは、うねりを上げる視覚化されるほどの風を纏った一振りだ。



 避けられない。

 受ければヤバい。

 直感が告げ、脊椎反射でアーバインの剣を突き込んでいた。



 ただ一転、振り下ろされるモールの剣のガードへ――鍔の部分をピンポイントで捉える。


 振り下ろされれば最後。

 ならば、その前に、勢いが乗り切る前に止める。


 掠めでもすればデコピンの要領で逆に向こうの威力を跳ね上げかねない大博打だった。

 それでも止まった。止められた。


 刃を寝かせるように傾け、落ちてきた威力の消えたモールの剣を受ける。飛び出しながらすれ違いざまに、胴を抜き打つようにアーバインの剣を振るい切る。魔纏がかけられた剣はモールの胸元を深く切り裂いた。


「うぐ、お、オォォオオオオオオッ!」



 それでも尚、モールは食らいついてくる。

 腕を伸ばしながら、体をひねりながら、俺を追うようにして剣を振るう。


「ああっ、ぐぅ……!?」


 腰の裏をやられた。昨日もらったところと位置が近い。

 血を流しながら位置を入れ替え、再び対峙。昨日と同じか――いや、モールにも傷を負わせている。昨日よりはやれている。戦えている。


 呑まれるな、目を逸らすな。

 痛みに歯を食いしばろうが、やつを睨んで威嚇しろ。



「どうせ、てめーがそそのかして……賭博とかもやらしてたんだろ?

 仮に八百長を持ちかけられたって告発しようが揉み消すつもりでよ。

 例年通りのようにやり方とかがあって、それを教えて、バックアップに魔法士養成科の学生使って。

 八百長を持ちかけられたやつと、八百長をさせるためにボコられたやつと、てめえらに関わりなく臨んでるやつ以外は全員得だもんなあ?」

「フッ……ハハハ……ハッハッハッ、しょせんは小僧だな」

「ああ……?」


 何だ? 何でいきなり笑い出してる?

 この声だって聞かれてるはずだっていうのに。



「あの一撃が、怒り狂って貴様をかき消すためだけのものだと思ったか?

 無能の貴様にも教えてやる、どうせ貴様らが使っているのはスレッドコールとラウドスピーカーだ。

 あれは風を用いた魔法。ならば単純に、その風の流れを断ち切ってやれば声は誰にも届かなくなるのだよ」

「っ……てん、めえっ!」

「穴空きである貴様がどうやって使っているかなど検討がつく、どうせ魔石だろう。

 だが魔石は一度使えば封じられた魔法が消える。自前で使えるなら使ってみるがいい。

 そうすれば、このわたしの声が学院に響くだろうよ。やってみろ、どうした?

 今なら何だって喋ってやるぞ? レオンハルト・レヴェルト」


 やられた――。

 1回こっきりの魔石だってのに!

 あえて温存しといて、もう使った風に思わせとけば今のこの発言を拾えたってのに!!



「せいぜい垂れ流されたのは、尊敬すべき教官に因縁を吹っかける素行不良のろくでなし、能無しで生意気で愚かな学生の罵詈雑言のみだ」

「だーれが尊敬すべき教官だ……てめえの顔を泥の水たまりで見てから言えよ。

 そうすりゃ目え逸らすほどでもねえし、程よく汚く映るから直視しても失神しねーぞ」


 しかも何でか、アーバインの剣を持つ俺の手がぶるってきてる。

 そんなに打つ手がなくなっちゃってショックかよ、俺の体は。言うこと聞いちゃくれねえなあ。



「今度こそ、念入りに始末してやる」

「……やられやしねえよ」


 こうなりゃ最終手段だ。

 実力でモールをぶちのめして、縛り上げるしかない。

 最悪、殺すことにもなるか。最悪の最悪は返り討ちだな。



「さあ……地獄へ叩き落としてやる」

「生憎まだまだ、その予定は先なんだよ」


 アーバインの剣がやけに震える。持ち替えてみてもダメか。

 でも膝は笑っちゃいない。呼吸する度に痛みは奔るが立っていられないほどじゃない。


 上等だ。

 全身全霊、粉骨砕身、一諾千金、面壁九年、捲土重来、一意専心、あと何だ?

 もう思い浮かばねえけどとにかくやるだけやってやらあ。



「死ねぃ、レオンハルト・レヴェルトォッ!」


 猛進してくるモールを受け止める。押し切られたらまた落ちる。どうにか体をよじり、モールの押す力の向きを変える。斜めに押し込まれる。一瞬だけ剣を引き、股下をくぐり抜けた。素早くモールが振り返りながら腕を振るうと、目の前で真っ赤な炎の花が咲いた。凄まじい火炎と衝撃に吹き飛ばされる。魔偽皮で警戒を高める。ポンメルをモールが壁へ叩きつけると、魔偽皮が早速反応した。背後から何かが突き出てくる。


 土魔法だ。

 身を翻して走る。

 俺がいた場所へ次々と鋭い土の棘が突き出てきた。


 ガタガタとアーバインの剣が震える。

 おかしいぞ、何だ? 俺の手が震えてるわけじゃない。


「逃げるばかりか、腰抜けめがぁっ!!」


 眼前、足元から一際巨大な棘が突き出て逃げ道を塞いだ。壁から突き出てくる土の棘が迫る。串刺しにされる――



「レオン、伏せてっ!」



 可能な限りに小さく跳び、潰れたカエルのように地面にへばりついた。

 背後から爆発音がして土の棘がもろとも吹き飛ばされる。アーバインの剣の振動が止まる。


「ごめんねレオン……遅れて」

「ロビンっ……?」

「前は僕が助けてもらったから、今度は僕がレオンを助ける……!」



 ロビンが佩いていたアーバインの剣を抜いて構える。

 そうか、あの振動は呼び合っていたとか、そういうものなのか――。



「獣風情が一匹増えようがどうにもならん。格の違いを思い知るがいい!」


 尚もモールは傲慢に叫ぶ。

 第三ラウンドってところだな、こりゃ。



「やるぞ、ロビン!」


 起き上がり、剣を構える。

 真横に来たロビンが、同じように剣を出した。




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