ノーリグレット!
「火ぃ点いてる間はバリアも張れねえ! 叩き込めぇっ!」
マティアスが魔法で多方向から氷柱を射出していく。魔鎧を使っているナターシャにはやや強い雨粒が当たっているようなもんだろうが、鬱陶しそうに腕を振るい上げて衝撃波を放った。だがムダだ。頭に血が上りすぎて忘れてやがるのか。もう俺には魔力や、加護を使ったような攻撃は効かない。俺が前へ出てそれを消し去ってやると、ナターシャは憎々しそうに顔を歪めた。
そこでロビンが前へ出た。
獰猛にナターシャへ襲いかかり、素晴らしい反射神経で反撃をかいくぐりながら一方的に剣を叩き込んでいく。そしてナターシャの足元を泥沼へ変えて膝下まで落としてから、両手で握った剣を力任せにスイングして見せた。頭を後ろに仰け反らせたナターシャがムキになって体を戻して反撃するが、すでにロビンは素早くその場を離脱している。
そして雷光が再び、ナターシャを襲った。
リュカが突撃していく。ナターシャが指を開きながら手をあげる。魔鉤だ。リュカは魔鎧を使っているが、カルディアでパワーアップしている今のナターシャには心もとない防御能力だ。
「レオン、絶対にやる! この1回でやりきる!」
俺の不安を汲み取ったようにリュカが叫ぶと、左腕を上げてナターシャの魔鉤による一撃を受けた。リュカの腕が鉈でぶった切られたかのようにぼとぼとと落ちるが、身をよじりながらこっちを振り向き、右手で何かを投げて寄越してきた。カルディア――通常のものより一回り大きなそれは、シャノンの加護の結晶だ。
ナターシャが目を剥いて、すぐにその眉間に怒りと憎しみがないまぜになった深いしわが刻まれる。どうやったか分からないが、鮮やかな手並みだったんだろう。スリみたいなことでも――そうだ、あいつ、錠前開けたり、スリしたりが得意だ。役立つ時がくるもんだ。孤児から正義の味方に成り上がっただけはある。
「ナイスだ、リュカっ! やるぞっ!!」
取り出したガシュフォースの魔石を握り込む。
周囲の魔力が拡散されていき、魔力が薄れていく。
ナターシャの足元を捉えていた泥沼もただの泥に成り下がった。魔技が使えなくなる。魔法も使えなくなったはずだ。
「魔力拡散魔法――!?」
俺がこいつを初めて見たのは、学院でリアンと剣闘大会で当たった時だったか。こんな魔法があるなんて知らなかった。初手でいきなりガシュフォースを使われて、魔技を封じられてしまったものだ。危うい戦いになった。
「今度こそ、正真正銘の幕引きだっ!」
フェオドールの魔剣はガシュフォースが使われていても火を噴ける。これもリアンとやった時に確認できていることだ。燃え盛る魔剣をナターシャへ向け、繰り出す。
「うぅぅおおおおおおおおおおおお―――――――――――――――――――っ!!」
長く長く、炎が尾を引いていく。
切っ先がナターシャの胸へ食い込み、肉を焼き、骨を砕き、背までを穿ち抜ける。
柄まで一気に刺し込むと、フェオドールの魔剣が高笑いするかのように一気に炎を吹き上げた。握っていられなくなって手を放して下がる。すでにナターシャは火柱の中に生身で飲み込まれた。聞き苦しい叫び声が響く。だが、炎が酸素を奪って呼吸もできなくなったようで、苦しさと熱さにもがきながら倒れ込み、少しでも火を消そうともがき苦しむ。
その悲鳴が消えて、バタついていた手足も動かなくなり、尚も炎は燃え続けた。
「終わった……いや、終われた、か」
「終わった、だろう?」
「いや……こいつがさ、何百年か知らねえが……ずっとずっと、暗躍し続けてきたのが、終われたんだろうなって」
訂正してきたマティアスに返した。
立っているのも億劫で、その場にへたり込む。リュカも、マティアスも、ロビンも、同じようにその場で座り込んだ。
「ねえレオン……ナターシャと、世界がどうこうって話してたの、何?」
「ん? ああ……夢のお話だって。偶然……俺もこいつも、同じ夢ぇ見ちゃったんだ」
「夢って?」
「こことは全く別の世界でさ……。魔法がなくて、獣人族も、魔人族もいなくて……その代わりに、電気で動くものがある」
「デンキとは何だ?」
「雷みたいなもんだな。ビリビリするわけだ。それがエネルギーになってて、色んなものが動くから、魔法は必要ない。たくさんの物や人が溢れてて、文明が発展してるっていう……そう言う夢の世界があったんだ。ナターシャはその夢の世界にずっと浸りたくて……今の、この現実を否定して、夢の世界へ移住をしようとしてた」
「夢の世界に、移住……?」
「突飛もない話だな。空想逃げるために、あれだけのことをしたと?」
「そういうこと。まあ……分からないでもないんだよな。どっちが元々あるかなんて、分からなくなりそうなくらい、あっちも現実で……ナターシャは、それに固執してた。せめて魂くらいは……向こうへ行けたらいいな」
やがてフェオドールの魔剣が炎を噴き終わった。
ガシュフォースの効力も消え去り、ロビンに回復魔法をかけてもらった。
『この銛はね、会いたい人と会わせてくれるんだよ』
誰ともなく立ち去ろうと腰を上げた時に、ふと大人になったキャスの言葉を思い出した。戦ってる最中にあちこち転がったりして落ちていた、じいさんの銛を拾い上げる。ナターシャのしたことは許せないが、かわいそうなほどにただただ、帰りたいだけだったのだ。
黒い焦げた塊となったナターシャから魔剣を引き抜いて、その手前に銛を突き立てる。
しゃがみ、手を合わせる。
魂ってもんがあるとして、また、生まれ変わるなんてことができるとして。
今度はまた、ナターシャが向こうへ行けたらいい。この銛は会いたい人と会わせてくれるらしい。キャスは夢でじいさんと話したと言っていた。俺はこいつに導かれて、未来でリュカと出会って、無数のアーチからこの島へ繋がるものを探し当てられた。
だから、銛よ。
ナターシャをどうか、こいつの会いたかったやつのところへ運んでやってくれ。
「……銛はいいの?」
拝み終わって立ち上がる。銛をそのままに踵を返したらリュカに言われた。すでにマティアスとロビンは部屋を出ていた。
「ああ、いいさ。手向けだ」
「……夢の話って、嘘でしょ?」
「は?」
「分かるよ、俺は。皆には、言わない」
どんだけ背が伸びても、こいつの目はどこか子どものころの面影が残り続ける。ちょろくて純粋そうな瞳が俺を映している。
「夢じゃなくて、俺やナターシャが生まれる前に、生きてた世界だ。
27歳で、俺、ころって事故で死んじゃって、気がついたら……こっちで赤ん坊になってた」
「……それは、嘘じゃない」
「そういうことだ。……言いふらすなよ、今まで誰にも言ったことなかった」
リュカの肩を叩いて歩き出す。
後ろをリュカもついてきた。
「だからレオンって、子どものころから……何か、今と変わらないの?」
「そういうことだな」
「……嘘みたい」
「でも、分かるんだろ?」
「うん……嘘じゃない」
「だから夢の話でいいんだ」
「じゃあレオンは、帰りたいって思ったことなかったの?」
「ない」
「どうして?」
「どうしてって……」
いや、悩むまでもないことか。
「死ぬまでに、やりたいことをやってきた。
いつ死んでもいいなんて思ってたわけじゃないけど、悔いを残す生き方はしてなかったんだよ」
そっか、と神妙に言いながらリュカは何やら黙って考え込み始める。
それからしばらくして、
「でもレオンはレオンだよね」
「まあな。なーんも変わりゃあしねえだろ?」
「レオンの元の名前って、何て言うの?」
「……さあ、わーすれた」
「あ、嘘だ」
「おおう? 鋭いな、お前?」
「何て言うの? 覚えてるんでしょ?」
「言いたくねえの」
「何でっ? かっこ悪いの?」
「まさか。だけど、いいんだって。
俺はレオンハルトとして生きてるんだから」
揃って外へ出ると、よく晴れた青空が出迎えた。
リアンは気を失っていて、ずっとロビンがお姫様抱っこで運んだ。
一抹の不安を抱きながら、エンセーラムへ帰った。
キメラは現れたが協力して倒せたと、小娘が誇らしげに報告してきた。
他にもいくつかの報告を受けたが、死者はなく、重傷を負った者もいなかった。
エンセーラム王国は、波高く、快晴。
サトウキビが今年も大量に育ち、たくさんの砂糖を作れるだろう。
魚もよく捕れ、新たに家も建てられて、どこかの家では元気な産声が上がった。
そして俺は――レオンハルト・エンセーラムは27歳になった。
これから先も、年を取りながらこの世界で生きていくことだろう。
ご拝読ありがとうございました
エピローグのような、後日談のような何かを下記URLにて書いています
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