最後の激突
「蛮人と亜人風情が、雁首揃えたところで何になる!」
ナターシャが恫喝するような声を飛ばす。ロビンがいるんなら、丁度いい。怒り心頭で色々とおろそかになっているナターシャの足へ、抱え込むようにしがみついて張り巡らされている魔力を吸い上げにかかった。一瞬力が抜けかけ、すぐに俺を踏みつぶそうともう片足を上げたがマティアスが突進してきて剣を振るった。
「うじゃうじゃと、虫螻のように!!」
「虫はそっちだな、僕らも害虫駆除にきているんだ」
2つのカルディアで強化しているナターシャは、無尽蔵かと思えるほど大量の魔力を持っている。多少を奪い取った程度で、屁でもないだろう。勝ち筋はまだある。だが、今のナターシャは何をしてくるか分からない。確実性を取るために、追い詰める必要がある。
激しくマティアスが剣を振るって攻め立て、ナターシャはそれを素手で捌く。
「足元の虫さんを踏みつぶさなくていいのかあっ!?」
魔鎧+魔纏。歯に魔纏をかけて、力の限りにナターシャの足に噛みついた。口の中に噛みちぎった肉が入り、ガクンとナターシャが膝から崩れるエルフも血の味とやらは変わらぬようだ。鉄サビ臭い血肉を吐き出す。
「邪魔をぉぉっ!!」
衝撃波がマティアスを吹っ飛ばす。
俺はしがみついてやり過ごしたが、ナターシャに頭を掴まれて剥ぎ取られて投げられた。
「ロビン、回復魔法っ……!」
「わ、分かった!」
ナターシャから奪い取った魔力で、魔留を使う。体に作用する魔法の効果を増幅させられる。回復魔法も魔留を使えば全快近くまで一気に傷を治せる。生き返った心地で起き上がる。
「カルディアを使ってパワーアップしてやがるから気ぃつけろ。俺より数倍は馬鹿力発揮するぜ」
「レオンの数倍? ふっ、キミを倒す時に役立ちそうだな」
「僕らならやれるよ……がんばろう」
マティアスとロビンをちらと観察する。目に見える外傷はうっすらと皮膜が張る程度には治っているが、すでにガタガタだろう。それでも心強い。
「リュカの足、治せるか?」
「どこまで治せるかが分からないけど……」
「リュカはいる。それと、魔剣を回収する」
「魔剣――どうして手放してる? ぶん投げでもしたか?」
「ご明察」
「まったく、キミらしい」
短く言葉を交わしている間、ナターシャは興奮しきってふうふうと息を荒げている。カルディアによるパワーアップは負担のようだ。
「あと、やつの加護だの魔法だのは、俺が無効化してやれる……。盾になってやるから、うまく使ってくれ」
「いいだろう」
「僕はその間に、リュカを」
「頼む」
「やるぞ、レオン」
「ああ、合わせろ」
「そっちがな」
「俺は王様だぜ?」
「違うな、単なる僕の友だ」
「だったらしゃあねえか」
マティアスが踏み出す。同時に俺も床を蹴り、魔鉤を使ってナターシャに迫った。体ごと半回転させて遠心力を乗せながらマティアスが初撃を叩き込もうとしたが、それはナターシャに無造作に掴み取られた。続けざまに魔鉤で上から切り裂きにかかる。これも手首を掴んで止められる。バキバキと聞き慣れない音がし、マティアスの剣と、俺の手首が握り砕かれる。そのまままとめて同じ方向に投げ飛ばされる。
だが、狙ってた方へ行けた。
左手は砕かれて使い物にならなくなったが、右手があれば上等だ。転がっていたニゲルコルヌを拾い、魔伸を使いながら横薙ぎに振るう。受け止められるかと思ったが、立ちはだかったのは溶解液だった。ジュッと音がし、ニゲルコルヌが溶かされて柄の先が消失する。どんな使い方をしたってビクともしなかったのに、あっさりと溶かされた。だが――これまでよくやってくれた。
「マティアス、足止めしてやる!」
「ハッ、キミは盾なんだろう? 前を行け!」
魔弾をぶちこみまくろうとしたら、後ろから押されて駆け出した。こいつ、調子に乗ってねえか。まあいいが。うっとうしそうにナターシャが腕を振るい上げる。衝撃波はもう見た。先っちょを溶かされたニゲルコルヌを持っている右手でそれに触れる。全身で踏ん張って耐えるのではなく、衝撃波を分解して体内へ流し込む。すり抜けるようにして衝撃波を突破すると、マティアスが馬跳びするように俺の肩へ手を突きながら前へ出た。
「お前だけは、許さんと決めているッ!!」
「だぁまれえええええっ!」
2本目の剣をマティアスが引き抜く。不死者から奪い取りでもしたんだろう。それをナターシャに叩きつけるのではなく、綺麗に振り切った。体を守っている魔鎧を切り裂き、ナターシャの受け止めようとした腕から血が噴く。それも俺と競ってる間に覚えた技術だってんなら驚嘆だ。魔鎧は力で押し切るんじゃなく、技で華麗に斬ればいいってことなんだな。勉強になったところで、実践だ。
「キャラじゃねえぜ、カッカしてんなよっ!」
魔鉤は鋭く、薄く。
カミソリをイメージしながら変形させて振り下ろす。今度はナターシャの腕に5本の鋭い赤い線が刻まれ、そこから血の泡がぷつぷつと浮いて弾けた。ダメージはまだ薄いが、この小さなダメージでも今のナターシャは取り乱す。
「寄るなぁあああっ!」
「元はと言えば、てめえが出してきたちょっかいだろうが!」
短くなったニゲルコルヌを、穂先の失われた相棒を力の限りにナターシャの頭へ振り落とした。それど同時、ナターシャの足元から細長い黒い棒が突き出てきて顎を打ち上げる。上下から力が加わり、ナターシャの頭は左へ外れるように打ち出された。
「レオン、マティアス、どいて!!」
今のはロビンの魔法――てことはリュカが治ったのか。
マティアスが俺の首に腕を引っかけて押し倒してきた。ナターシャが図太い雷光に飲み込まれる。少しでも遅れていたら巻き込まれていた距離だ。
「っ――雷神、のぉぉっ……!」
「フリーズスフィア! 今の内に!」
雷神パワーは速いし痛いし、ついでに僅かな時間ながら痺れさせる。ロビンの氷魔法が炸裂して、ナターシャがカチコチの氷の中に閉じ込められた。内側から壊されるより早く、ロビンが剣をそこへ叩き込むと氷が砕け散りながらナターシャをぶっ飛ばす。
「おい、魔剣――メインディッシュはこれからだぜ、折られるんじゃねえぞ?」
フェオドールの魔剣を回収し、握り締めると手の中で呼応したようにガタガタと震えられた。本当に意思でもあるんじゃねえかと思う。食いしん坊の魔剣ちゃんだ。
「邪魔を……」
ナターシャが起き上がる。
リュカの左足はまだ痛々しいが、立てるほどにはなれたようだ。マティアスはよく動けちゃいるが肩で呼吸して、膝に手をつくほど満身創痍。ロビンは戦意もあるし、何だかいつもより苛烈な気がする。そう言えば、リアンはどうした。ロビンの様子とリアンの不在から、嫌な予感がよぎるが、今はその考えを頭から払いのける。
「加護は俺と魔剣がやる。あとは――分かるな?」
「ああ……」
「分かってる」
「タイミングはレオンに任せるよ」
ロビンが俺の左手に回復魔法をかけてくれる。それでも動かせばひきつるような痛みに襲われる。だが戦える。ただ動かないよりはずっとマシだ。
ガシュフォースを使って、魔法と魔技を封じ込める。
加護は魔剣で無効化していく。あと問題になるのは、ガシュフォースのタイミングだ。ガシュフォースを使った後に加護で暴れ回られたら、対抗することができなくなる。どうにかして、ナターシャの持っているシャノンのカルディアを取り上げないといけない。
「ねえレオン」
「何だ?」
「あいつの加護は……俺が取り上げる」
「……頼むぜ、正義の味方」
こくりとリュカが頷く。どうするつもりかは分からないが、やるってんなら任せるだけだ。マティアスはもうあまり動かしたくはない。言っても強がって聞かないだろうから言わないが。
瞳をギラつかせながらナターシャが前のめりになり、向かってきた。
「喰らえぇええっ!!」
フェオドールの魔剣を振り上げ、ナターシャとぶつかり合う。
嬉々としてフェオドールの魔剣が炎を盛大に上げた。




