俺達の反撃
「魔石は、ぎゅっと握れば発動する……はずだよ」
「何で、ちょっと確信がないんだよ」
「だってレオンはちょっと、特殊だから……」
そろそろ鼻血が止まったころだろうと思って、突っ込んでおいた布切れを取った。
そして魔石を3つ、ロビンから受け取ってズボンのポッケにイン。
腰に下げた、マティアスに借りたアーバインの剣は意外と軽めだ。剣をガチって使う機会なんかないと思ってたけど、学院で剣の実技があって良かった。多少はマシだろう。
「もうちょっとで時間切れになっちゃう」
「分かった。んじゃ、行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
食堂を出て、会場へ走る。
階段を駆け下りていく。脇腹が痛む。がっちり包帯を巻いて固めたから動きづらいが、こうしておいた方がマシな感じだ。
傷口が開いたら――まあ、その時だろう。
ロビン伝いにマティアスからの指示も受けて頭に入れた。
あとは勝つだけだ。
客席側から修練場へ入る。ステージ上には俺の対戦相手らしい学生と、俺を殺しにかかってきた教官。ロビンに確認してもらったが、あいつはモールというらしい。6年の担任をしているとか。
まだ待っているということは、失格にはなってない。
魔鎧を使って、助走をつけながら客席から飛び出した。
「失格じゃねーよなっ!?」
何ともなく、ピンピンしてるぜ。
なんて思わせられるように登場するとモールが虚を突かれたような顔をした。
そして意外や意外に――
「おい穴空き、待たせんじゃねえ、バカヤロー!」
「とっとと始めろ無能!」
「尻尾追いかけ回してたんじゃねえだろうなあっ!?」
野次は飛ぶが、ブーイングではない。
ってことはオッズは俺にある。これで俺が勝てば、鼻の穴を開かしてやれる。なんならぎゃふんと叫んで憤死してもらいたいくらいだ。
「貴様っ……」
「とっとと始めろよ、遅刻したけどまだ失格じゃねえだろ、モール教官殿ぉ?」
剣を抜いて構える。
相手が何番かなんて知らねえ。けどここまで残ってんだから強いんだろう。
「待ちわびたぞ、チビルーキー」
「ん……? ああ、そりゃどうもすんませんね。
ま……ちょいとばっかし? 洞窟探検にしゃれこんでたもんで?」
流し目でモールを見ながら言う。
殺したかと思ってたかよ、クソ野郎。
ちゃんと死体を確認しろっつーの、バーカ、ミソッカス、ワキガ!
「……101番対321番、試合を始めろ!」
待ってました。相手は、101番ね。番号的には、もっと上のやつとも戦ってたけど、けっこう強そうだ。一筋罠じゃいかなさそうだな。それに若い感じもあるし、4年生らへんか――?
会場へ飛び込んだまま魔鎧を発動し続けていなかったら、終わってた。
鋭く速い一突きが、俺の剣を持つ右手を斬り飛ばしていた。
「っぶねえ……!」
「魔法は使えないはずと聞いてたが――これならどうだ!」
突き主体の鋭い連撃。
アーバインの剣でそれを弾くが、まっすぐ向かってくる攻撃というのは捌くのが難しい。すぐに剣は引かれてしまうから、弾いても弾いても次が飛んでくる。
「フレアリング!」
101番が魔法を放つと無数の炎の円盤――いや、輪っかが突如として出現して縦横無尽に襲いかかってきた。右から左から、足元をすくおうとしたり、後ろからも来る。魔偽皮で熱を感じとりながらかいくぐって距離を取ろうとしたが、101番が回り込んで駆け寄り、剣を振るった。
アーバインの剣で受ける。
そこへ火の輪が飛来。攻撃こそ最大の防御なり――!
踏み込み、交えている剣を押し込んだ。俺の持つ剣が、101番の剣を上から押さえ込む。得意の突きを繰り出すためには、一度剣を引かねばならない。だが、そうした瞬間に、俺の攻撃が叩き込まれる。101番は俺に剣を押さえ込められたまま後退していき、俺の背後を火の輪が追いかけてくる。
「ディープマッド!」
俺の足が、泥に取られた。足元だけが液状化でもしたかのように泥水になっていて、しかもそれが深い。泥にハマった足の支えが効く内に、もう片足を大きく出しながらしゃがみ、前転をする。背後から迫っていた火の輪は俺のいた場所を通過し、101番へ襲いかかる。素早く起き上がりながらの切り上げ。
鮮血が飛ぶ。
先に一撃を入れたのは、俺だ。
「面白い……!」
「そりゃ、どーもっ!」
さらに剣を振るったが、受け止められた。強烈な足払いを受けて足元を刈られる。
側頭部へ101番の剣の柄尻が叩き込まれる。痛烈な一打に目から火花が飛び散る。
「〜っ――」
「まだ、まだぁっ!!」
「させるかよっ!」
後ろへ、バク転をするように跳ね起きる。
数拍遅れて101番の剣が振り切られた。
目が合う。
強いし、楽しい。
こんな状況なのが恨めしいほどに。
だけど脇腹の傷が今ので完全に開いた。痛みが戻ってくる。
クソったれめ。どこまでも無粋に水を差しやがって。
頭がふらつくのは、いいのをもらった証拠だな。地面に頭を打たなかったのは良かったけど、クッションになった左肩が痛む。折れたりはしていないはず。まだいける。
切り結ぶ度、汗が噴出する。
どこが痛いやらも分からぬまま、血が滲むのを感じる。
高速の攻防。
強い。本当に強いし、嫌味な強さじゃない。
「これならどうだ、チビルーキー!」
振り降ろされた101番の剣が、その切っ先が地面にぶつかる。
らしくない、まるで見当違いなところへの振りミス—ー
かと思うと、俺の足元の土が盛り上がって土塊が飛び出してきた。危うく上体を反らせたところへ101番の回し蹴り。仰け反って下がっていた頭を下の方から思いきり蹴り上げられる。ヤバい、頭が揺れる。
「降参するか!?」
「し、ねえっ……よ……!」
起き上がれない。うつぶせになったまま、力が入らない。
とっさに言い返しはしたが、これはマズい、動けない。手をポケットへ伸ばす。
「だったら場外にさせてもらおう、頭を打っても文句は言う――がぼっ……!?」
握り締めた魔石が、無事に発動してくれた。
ロビンに溜めてもらった魔法は、かつて俺が食らった魔法。
忘れもしない入学初日に、寮でロビンと顔を合わせて尻尾をもふろうと襲いかかった時にもらったやつだ。
魔法の名は、アクアスフィア。対象者を水の球の中へ浮かせて閉じ込める。一度捕まえてしまえば、身動きも取れない。
脇腹の傷へ、自分で指を立てて服と包帯の上からかきむしる。
痛い、クソ痛い。その痛みで、こんくらいのダウンなんぞ――!
客席が沸く。
アクアスフィアに囚われの101番先輩に笑顔を見せる。ちゃんと笑えてるかは、分からない。でも、もう終わりだ。
水の中とは言え、101番は浮いている。握り拳を大きく振りかぶる。
思いきり、魔鎧を使ってぶっ叩いてやれば、踏ん張りも利かせられずにぶっ飛ぶ!!
「おんどりゃああああああ――――――――――――――――――っ!」
水の中へ拳が突っ込んでいく。この程度の抵抗は魔鎧を使っていれば関係ない。
101番の胸へ拳をめり込ませて、腰を捻りながらそのまま殴り抜く。
水が盛大に弾けた。
まとわりついた水が尾を引いて、放物線を描きながら101番が場外へ落ちる。
「はあっ……はあっ……。
モール教官殿ぉ? 俺の勝ち、だよなあ?」
「場外! 321番の、勝利とする……!」
ざまーみろ、とモールにベロを出した。
ざっと観客を見渡すと、無事に賭けに勝ったとばかりに喜んでいる学生に紛れて敵視の目を向けてきている顔がちらほらある。ほんのちょびっとだけ、胸がすく。
だが、これからだ。
俺はその場で居座り続ける。試合が終わったのに立ち去ろうとしない俺にざわめき出した。
でも、黙っていろ。
野次を飛ばさないだけでいい。すぐにくる。
今ここに、俺達の反撃が聴こえてくるはずなんだ。
『耳に入れた噂なんですが――モール教官が、レオンハルトを殺しにかかったとか』
マティアスの声。
不遜で堅物で自身に満ちあふれた、あいつの声。
会場にようやく届いた声に、モールが目を剥いた。
声の出所を探すかのように周囲をきょろきょろと見渡すが、やつはそれで自分に視線が集まっていることに気がつくだろう。
『はかりやがったのか、てめえっ!?
一体、何をした、モール教官は、あいつを仕留めたって言ったんだ!』
ざわつきながらも、スレッドコールとラウドスピーカーでここまで届けられた会話はやまない。
血相を変えてモールが会場から逃げ出すように通路へ走り出した。




