逆転する体質
「ナターシャぁっ!! もう、終いにしようぜ」
辿り着いたのは、カルディアが飾られた部屋だ。
30年後よりも棚に収められているカルディアの数は少ないが、それでも何十個と鎮座している。
「……やれやれ、どこまでも身の程を弁えない」
「生憎と、身の程なんてえのは知らねえんでな」
ナターシャはそこにいる。
待ち受けていた、と言ってもいいのかも知れない。
「今度は……負けない」
「ほんの十数分で何が変わると?」
自分に言い聞かせるようなリュカの発言にナターシャが冷笑する。
だが、ここまで来る間に少しだけ、活路になるんじゃないかということに目星をつけてきた。
シャノンの加護を使ってナターシャは雷神パワーを防いで見せたらしいが、よくよく考えればそのまま制圧して俺達を殺すこともできたはずだ。
そうしなかったのは、単なる舐めプか、加護の力を使いすぎないようにする必要があったか、だと分析してみた。前者ならどうしようもないが、この女は平気でこっちの心を折ろうとしてくる。言ってしまえば卑劣な手段を惜しげもなく使う。
それを鑑みれば後者の方が可能性があるような気がする。加護を制御できてはいても、それには何らかの使用制限がつきまとうのかも知れない。それを耐えきるなり、シャノンの加護が込められたカルディアを取り上げるなりすれば、あとはガシュフォースの魔石を使ってリュカと一緒に攻めれば勝てる。
ない頭を絞りながら、そういう勝ち筋を考えてきた。
それに加護の力を使うってんなら、そいつが大好物の魔剣がこっちにはある。
フェオドールの魔剣を抜いて構える。アイナを殺してからは、一段と黒ずんだ。それだけの力をこいつは蓄えたはずだ。この地下空間で大火事を起こすのは気がひけるが、いざとなりゃあリュカの魔法で消火くらいはできるだろう。なんなら、ナターシャがスプリンクラーみたいなもんを魔法で備えてる可能性もある。
「お前はただ帰りたいだけなんだろうがな――」
喋りかけるとナターシャが僅かに反応した。
こいつの目的を、明かされていない俺が知ってるのはおかしいってものだ。だが、未来で俺は聞いた。これは大きなアドバンテージだ。揺さぶりをかけて思考力を削ぐのは戦術だ。
「はた迷惑な方法でやってんだ、邪魔されたって仕方ねえってもんだよなあ?」
「……シモンが漏らしましたか……」
ああ、そこに持っていくか。
まあいいさ、勝手にてめえで完結してやがれ。
「あなたは……未練はないと?」
「ああ、ないね」
「この野蛮な世界に身を置いて、それに耐えられる?」
「耐えるだあ? てめえの意見を押しつけてんじゃねえ、俺は気に言ってんだよ」
「愚かしい」
「てめえの尺度で何でもかんでもはかってんじゃねえって言ってんだ」
僅かに、ナターシャが浮かび上がる。
一体どんな魔法なのか、あるいは加護によるものなのか。床から数センチほど浮いて、エルフ特有の――そして不死者をも彷彿とさせる赤い瞳を向けてくる。
「わたしは耐えられません。あなたを理解することもできそうにありません」
「俺もさ、てめえを理解してやることなんてできやしねえ」
「どれだけの言葉を交わしても、意味はないのでしょう。ならば――この世界では当然のように、血で血を洗う闘争で決するよりありません」
「そいつがいい。こちとら、ハナっからそのつもりなんだ」
リュカが雷撃を放ったが、バリアに防がれた。
フェオドールの魔剣をバリアに向かって叩き落とす。剣から放たれた炎が、バリアをむしばむように焼いて砕いた。さすがはフェオドールの魔剣だ。未来のフィリアは暴食の魔剣だなんて言っちゃいたが、こいつは本当に何でもかんでも喰らおうとする。
「そらよぉぉっ!」
バリアを破ってから素早く切り返した。それをナターシャは素手で受ける。背後でリュカが跳ぶ音を聞いた。半身になってスペースを空けそこにリュカが飛び込みながら剣を振り下ろす。
「合わせろ、リュカぁっ!」
「分かった!」
いつからか、リュカの太刀筋を感じ取れるようになった。恐らくリュカも同じで、俺がどう動くかは分かっているはずだ。何百回と稽古を重ねてきた成果と言える。再びバリアを張られると、リュカが下がる。俺がフェオドールの魔剣で、それを喰い破り、すかさず鋭く重いリュカの剣が叩き込まれた。滑るようにナターシャが後退して距離を取ろうとしたが、魔剣を振り上げて炎で追撃をかけた。水魔法で消しにかかられたが、いくら水でも元が魔力ならば――といったところなのか、激しく炎は盛って爆発を起こした。
煙る水蒸気は、互いに何の目くらましにもなりはしない。
魔影による感知で瞬時に居場所を把握できる。
魔弾をナターシャにぶちこみまくる。恐らくこれはバリアで防がれている。僅かに溜めながら放った魔弾を数発撃ってから、フェオドールの魔剣を投擲した。タイミングは完璧だ。同じテンポで魔弾をぶち込んだから、最後にぶち込んだのが魔剣だとは思わねえだろう。
水蒸気が晴れ、ナターシャが目を大きくした。
飛来した魔剣にはさすがに驚くか。バリアで防ごうとせずに横へ逃れるが、魔剣の柄には魔縛をつけてある。それを引いて方向転換してやれば、フェオドールの魔剣もシャノンの加護を喰らいたいようで意思を持ったように切っ先をナターシャへ素直に向けた。
バリアをぶち破り、ナターシャにも火がついた。
あの炎がまとわりついていれば、バリアなんて張ろうと内側からすぐに喰い破られるに決まっている。ニゲルコルヌを抜く。俺より一歩早くリュカがナターシャに迫る。
「小細工を……!」
腕を振るい上げる動作のみで、ナターシャが衝撃波を放った。
それに押し返されてリュカと一緒に吹っ飛ばされかけるが、下肢に力を込めてニゲルコルヌも投擲した。空気を押し破り、瞬時にニゲルコルヌは真っ黒い影となってナターシャを貫いた。腹部をぶち破って向こう側へニゲルコルヌが突き抜けた。だが、瞬時にナターシャは傷を魔法か加護かで治し始める。
「させない!」
雷光が治癒しようとしていたナターシャを穿った。
ナイスすぎるぜ、リュカ。やっぱお前を連れてきてて良かった。
「ブラードソリューション――!」
何かどろりとした液状のものが、ナターシャの前に立ちはだかった。それを無視してリュカが剣を振りきったが、それに触れた途端に剣が折れた。溶解液――の魔法か。ナターシャの口元に笑みが浮かび、やつを守っていた溶解液がリュカに海中のタコみたいに襲いかかった。かわそうとはしたものの、リュカの左足が絡め取られると、ジュッと焼けるような音がして変に甘ったるさのある焦げた臭いがする。溶解液を浴びたところがごっそりと消失し、リュカが激痛で転げ回る。
溶解液は床を溶かしながら再び、ひとりでに動いてリュカに覆い被さろうとする。とっさにリュカを蹴っ飛ばして避けさせてから、魔鉤を使ってナターシャに襲いかかる。指から爪のように鋭く形成した魔力を伸ばして切り裂く魔技。しかし、フェオドールの魔剣から発せられていた炎が直前で消え、バリアに阻まれて吹っ飛ばされた。
「はあっ、はあっ……やっぱ一筋縄じゃあいかねえな……」
だが、フェオドールの魔剣は効いている。
加護持ちってえやつには無類の強さを発揮してくれる。リュカは放置して傷が治ったりするんだろうか。いや、治りはすれど時間がかかりすぎる。足をやられたんじゃ満足に動けないだろうな。
「魔力も加護も、等しく喰らう魔剣……ですか。確かにそれがあれば、剣精を倒すこともできそうなものです」
「でもって次の餌食はてめえだぜ」
「やれるものなら」
「上等だ!」
魔縛でフェオドールの魔剣を手元に引き寄せる。だが、その間にナターシャが割って入り、魔縛を断ち切った。宙で行き場をなくし、魔剣が放り出される。ヤバい。いや、ここで退いたら負ける気がする。そもそもフェオドールの魔剣は、単体で何でも喰らおうとするものじゃない。穴空きの俺が魔技を使うために周囲の魔力を、そして加護を取り込む力に作用しているだけだ。俺が生身で、魔力や加護を奪い取ることもできる。
「負けてやれっかよぉおおおっ!」
腕を伸ばす。
バリアに弾かれかけ、それを体内に取り込む。
「まさかっ――力の源ではなく、変換されているものまで!? 魔力変換器に逆流して、できないはずじゃ!」
まあ理屈は俺にゃあ分からんが、要するにだ。
「こちとら魔力欠乏症、魔力変換器不全、貧弱魔力放出弁と3セットで患っててなああっ!」
バリアに使われている加護の力が俺の中に流れ込んでくる。それを魔鎧に回して、力の限りにナターシャの顔面をぶん殴った。カルディアの並べられている壁にナターシャは背中からぶつかる。
「初めて、こんな体質で良かったと思ったぜ。
これだけは感謝してやるよ、ナターシャ」
この時初めて、ナターシャの顔に恐怖と焦りの色が浮かんだ。