表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーリグレット!  作者: 田中一義
#45 ナターシャ
518/522

力を合わせて





「硬いよっ……! それに、何だか……傷が治ってる、気がする……」


 イザークが加勢してくれても、いまだキメラは倒れない。

 ミシェーラが最初に大魔法で攻撃して傷つけていたところも、心なしかうっすら膜が覆って治ってきているように見える。


「…………」


 横でイザークが剣を構えかけ、それが歪んで根元から斜めになってしまっているのに気がついた。片手で峰の方から掴んで、力ずくで曲げてまっすぐにしている。わたしも自分の剣を見れば、刃こぼれしすぎているのが分かった。これが終わったら新調しなくちゃいけないかも。


 空をはばたくワイバーン――ウォークスの羽音。

 旋回しながら見下ろしているユベールの表情も曇っている。けど、わたしやイザークと違ってユベールの持っている銀色の槍はビクともしていないっぽい。王子様だし、持ってる武器もすごいってことなのかな。



「イザーク、やっぱりあの魔物の防御力に対してこっちの一撃の破壊力が劣ってるんだよ。あんまり魔法でぶっ放していっても、多分あいつ、魔法にも抵抗があるから仕留めきれないし」


 ミシェーラの言ってることは分かる。

 だけど現実、どうやってこれ以上の火力を出せばいいか分からない。イザークは魔法と剣技を組み合わせて怒濤のように攻め立てたけど、それでも押し切れない。


「どうにかならないの? これじゃあ、ジリ貧だよ……」

「せめて、もうひとり……ちゃんとした魔法士がいれば、畳み掛けていくこともできるんだろうけど……。それでギリギリまであの硬いのを削ったところに、一気に叩き込んでもらえれば……」


 そう言えばエノラがいない。師匠は本気になったエノラにはきっと勝てないとか言ってたし、期待したいんだけどいないんじゃどうにもならない。


「時間を置いていたら、どんどん治す時間を与えることになる! とにかく攻撃の手を休ませるな!」


 上からユベールの声。果敢に空からキメラに向かって攻撃をしていく。て言うかあの子、すっごく強い。ワイバーンに乗ってるからかも分からないけど、一撃もまともに攻撃を受けていないし、あれだけの速度で飛び回りながら確実に攻撃を当ててるし。王子様ってすごいんだな。



「ユベールの言う通りにするしかないね、今は……。イザーク、ミリアム、お願い。魔法でサポートしていくから」

「分かった」


 先にイザークが飛び出し、それに続いた。

 氷の塊をキメラの背に落とし、それで動きを制限しながら側面へ回り込んで比較的柔らかい腹部に剣を叩き込んだ。体を回転させながらキメラが尻尾を振り回し、それをかいくぐりながらイザークが離れる。尻尾を振り終えたところへ入れ違いにわたしも飛びかかり、翼の付け根のところへ体重をかけながら剣を突き立てる。暴れ回ったキメラに放り出され、踏みつぶされそうになったが地面から土の棘が突き出てきて逆にその足を刺し貫いた。ミシェーラの魔法だ。タイミングばっちり。すごい。


 悲鳴を上げたキメラの太い首に、上空から迫ったユベールが思いきり槍を突き込んだ。ただの魔物ならそれで頭なんて簡単に千切れとんでいきそうな、強烈な一撃だ。けれどキメラは頭をかち割られることもなく下げさせられるのみで終わる。



「――バインドチェーン」


 静かな声がしたかと思うと、地中から無数の鎖が出てきてキメラに巻きついた。そのまま引きずり倒して地面へ縛りつけてしまう。


「この魔法って?」


 ミシェーラじゃない。振り返ろうとし、影が上を通ってそれを目で追った。これもユベールじゃない。キメラに向かって差した影が降ってきて、首の付け根へ深く剣が突き立てられた。長めの黒髪が揺れる。粗末な服はところどころが千切れていて、そこが風にひらめいている。


「シオン――!?」

「傷口を開く、離れて」


 さっきの声がまたした。

 抉るように刺し貫いたところを切り開いてから、シオンが飛び退く。


「スプレッドコフィン」


 首の付け根――シオンが攻撃したところに、半透明に光る何かが出現したかと思うとそれが盛大に爆発した。血肉がばら撒かれてその箇所だけが抉れるようにして消え去る。



「エノラ!?」


 今度こそ振り返るとエノラがいる。離れたところにマルタもいる。だけどどうして、シオンがいるの。何か、ナターシャの味方だったってことで今は封印されてるって聞いていたのに。


「状況は?」

「どうしても、攻撃の決定打に欠けてたんだけど……わたしと一緒に、魔法で一気に制圧して、そこを叩くってことでいい?」

「分かった。あなたは優秀な魔法士だとレオンハルトから飽きるほど聞かされている。見たところ、あのキメラは体を無数の層で守っていて、それで物理的にも、魔法的にも身を守っている。魔法と物理の波状攻撃を一気に仕掛けていく」


 何かエノラって、指揮官みたい。

 しかも到着してすぐなのに、キメラのことも見抜いてるとかすごい。



「――っていうか、何でシオン!?」

「……合わせる顔はないですが……今は味方です」

「元に戻った、ってこと?」

「……戻れるものなら」

「そうなんだ……。良かった、おかえり」


 驚いたような顔をしてわたしを見てから、シオンは顔を伏せた。どうしたんだろ。変なこと言ったつもりはないけど。



「タイミングは任意で! それじゃあ、始めるよ!」


 ミシェーラが号令をかけると、キメラを大きな竜巻が飲み込んだ。途切れ途切れに、激しい何かがぶつかり合う音がする。風の魔術でキメラを切り刻んでいるんだ。けれどまだ、火力不足――と思ったら、音が変わった。竜巻の中を無数の何かが輝いていて、それがキメラにぶつかっている.何かが竜巻の中から弾けとんで出てくる。トゲトゲの氷でできた塊だ。風で切り刻んで、氷のトゲトゲで体表面を削り砕いた。


「半径5メートルに近づかないで」


 続いてエノラの声。竜巻が消えたキメラの背のところが――不意に歪んだ。そこだけ陽炎がゆらめいたかのように奇妙な歪みが生じる。と、黒い何かが球形に渦巻きながら出現して、キメラがそれに吸い寄せられたように巨体をねじらせた。めちゃくちゃな方向にその身体がねじれ、歪み、バリバリと破壊されていく。


「もう一丁おまけ――」


 黒いものがなくなって投げ出されたキメラが、発火する。

 最初は赤い炎に包み込まれたのに、それがみるみる内に青白くなり、透明に近い炎となった。キメラが空気を震わせる、強烈な叫び声を上げてのたうち回った。


 熱気が消え去ったところで、ユベールが急降下していく。

 ウォークスが口から炎を吹いてキメラに浴びせ、その着弾点へ銀色の閃光と化したユベールが突っ込んで穿ち抜ける。今度はイザークが走り出す。歪んだ剣に炎がまとわりついて、炎の尾を引きながらそれをユベールの作った大きな傷口に叩き込んだ。するとさらに炎は膨れ上がって、それがいきなり丸ごと氷になって砕け散る。


 さらに傷口が広がったところで、わたしも飛び込んでいった。

 すでにキメラは首と背中の間のところを大きく削ぎ落とされた格好で、ほじくり出されたミミズのようにその場でのたうち回ることしかできていない。ユベールやイザークほど、強い一撃を叩き出すことはできない。だからそれを、手数で補う。


「やぁあああああああああっ!」


 声を出しながら剣を、息の続く限り、振るえる限りに剣を突き込んでいく。血に覆われた肉は、すでに柔らかくもろい部分を露出させていく。もうダメになること確定の剣が、砕けんばかりに連続で切り裂き続け、とうとう、硬いものに触れる。――骨だ。それに引っかかって飛び退くと、入れ違いにシオンが飛びかかる。



 研ぎすまされた一振りだった。

 あれほど硬く感じた骨を、ただの一撃で切断して見せた。

 破壊力に任せて叩き斬るんじゃなくて、断ち切る一撃がキメラの頭をはね飛ばす。


 キメラは痙攣したようにしばらく動いていたが、シオンの一振りがトドメになって動かなくなった。ピクリともせず、そこに横たわる。体から漏れ出た血液が地面に染みていく。



「勝った……?」


 でも、あの生命力はあなどれない。

 近づいた途端、頭だけ動いて噛みついてくるかも知れない。


 固唾を飲んで見守るが、やっぱり何も動きはなかった。それを確かめたところで、勝ったのだという実感がふつふつと込み上げてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ