黒い感情
「今は、眠っててね……」
焦げて、血がこびりつく広間。
左腕をだらんとぶら下げ、右足を引きずりながら、マティアスくんが奮戦している。
「ロビンっ……リアンはどうなった!?」
「もう、大丈夫。ごめん、マティアスくん……待たせちゃって」
寝かせたリアンの頭の下に、彼女のマントを丸めて敷いておく。
目を覚ました時のリアンはどうなっているだろう。右も左も分からず、自分のことも分からず、彼女が何より大事にしてきた人々のことも忘れてしまって。不安になるのだろうか、それとも彼女のことだからそれさえも面白がってしまうのか。
でも、全てはこれが済んでからだ。
「ロビン……どうした、目が腫れてるぞ?」
「ちょっと……。後で説明するよ。でも大丈夫だから、早くレオンのところに合流しよう」
「だが……どれだけ戦っても際限なく再生するぞ。倒しても倒しきれん」
不死者の数は5人。
いずれもどんな傷をつけたところで、たちどころに再生して向かってくる。
「倒せないなら、倒さない」
「……ふっ、ようやく、頼れそうになってきたな。正直、限界近いんだ……。あてにしている」
「うん。つらいだろうけど、もう少しだけふんばって」
「いいだろう、元より僕ひとりでこんな連中にはカタをつけてやるつもりだ」
特別なことをしなくても分かる、マティアスくんの強がり。
マティアスくんは強い。学院にいたころから、その実力は突出していて、今日までずっと飽くなき向上心に支えられて磨かれてきた。それは僕が誰よりも知っているつもりだ。
「で、どうするんだ?」
「生きたまま、地面のそこに生き埋めにする」
「そいつはいいな。シンプルで、キミくらいにしかできそうにない!」
マティアスくんがウォーターフォールで敵の包囲網を崩した。その綻びに僕が飛び込み、不死者の目を狙って剣を横薙ぎに振りつける。不死とはいってもベースは人間。知覚は目に頼っている。その目を潰しておけば再生するまでは身動きを封じられる。がむしゃらに剣を振り回されたのをかいくぐり、首を掴む。
「っ――あああああああっ!」
喉を握り潰す勢いで掴み、振り回して向かってきていた不死者にぶつける。ヴァイスロックでまとめて2人を串刺しにしてその場へ縫いつける。
「ロビン!」
「分かってる――けどありがとう!」
後方から槍を突き込んできた不死者にマティアスくんが飛びかかって切り伏せた。その不死者を今度はアクアスフィアで閉じ込め、激しい水流を起こしておく。絶えず傷口を刺激し、治癒をさせない。
残り、2人。
正面から同時に向かってくる。
マティアスくんが迎え撃とうとしたのを制する。
目配せをするのみで、分かってくれる。今のマティアスくんはあまりにも傷つきすぎている。回復魔法での治癒にも限度がある。後で無茶をする分、多少の温存はしてもらわなくちゃいけない。
「アサルトホールゲイル!」
風の大魔法。巻き上がった大竜巻は内部で無数の風の刃を放ち続け、捉えたが最後、切り刻みながら巻き上げていく。そこへ炎を追加すれば、たちまち超高温の火柱に変わる。身を焼きながら、黒ずみとなって上から降ってくる。
「グランバリアル!!」
塗り固められた硬い床に、巨大な穴を穿つ。
そこに5人の不死者を放り込み、穿った穴の分だけの土で埋める。
頭の中が――後頭部に近い位置で、ハンマーを叩かれたような痛烈な衝撃を感じる。魔力変換器が悲鳴を上げている。一度にこれだけの魔法を使う反動だ。この部屋の天井近くまで土を高く盛り上げたところでやめると、力が抜けてしまった。
「はあっ……はあ、はあ……」
「こんなことまでやらかすとは……正直、ここまでやれるとは思ってなかったぞ」
直径約30メートル、その深さは80メートルほどにはなる。これが僕の限界だ。体を起こそうとするとマティアスくんが手を差し伸べてくれた。ありがたく掴んだけれど、逆にマティアスくんが僕に引っ張られて2人して転がり込んでしまう。
「すまない……格好をつけた……」
「はは……僕こそ、ごめんね、任せちゃって……。今、回復魔法をかけるから……」
座り込んだまま、マティアスくんの傷を治していく。全快には持っていけないし、こう何度も短期間でかけるのは体に悪い。寿命を縮めかねない行為だ。
「リアンは……一体どうなった?」
「ナターシャの精神感応魔法で……記憶をなくした」
「記憶だと?」
「うん。そうしなきゃ……殺し合うほか、なかった。もう、戦えない……。どこまで何を覚えているかも、目が覚めなきゃ分からない」
「そうか……」
マティアスくんがリアンを見る。
学院にいたころは同じ騎士養成科で、僕より多くの時間を過ごしたはずだ。その思い出もなくなってしまったはずだ。どころか、マティアスくんのことも分からなくなっているに違いない。
「ごめん……」
「何を、誰に謝った?」
「……だって、僕が記憶を奪ったんだ……。死んでしまうより、つらいことをしたかも知れない。リアンにも、他の皆にだって……。もう、宰相として仕事を続けることだって……」
僕のわがままで、そうしてしまった。どうしたって記憶は戻らないだろう。もしかすれば新しく何かを覚えることもできないかも知れないという不安もある。
不意に、バシッと背中を叩かれた。
背筋が伸び、叩いてきたマティアスくんを凝視する。
「謝ることはない。死別するより、どんなことになっても傍にいてほしかったんだろう。僕は、倒せと言ったが……ロビンはそれを拒んで、リアンに外傷をつけることなく救ったんだ。誇れ、キミの愛の勝利だ」
「マティアスくん……」
「傷つけた挙句に記憶を奪い去ってしまうより、キミのやり方の方がずっとスマートさ。僕こそ、謝らないとならないな。魔法でリアンをぶっ飛ばしてしまった」
「……それは、僕がうじうじしたから」
「許さないでいいさ。代わりに、ガツンと一発やってくれ」
「いいよ、それは……。でもまだ、この戦いから脱落しないでね。足腰が立たなくなっても、回復魔法をかける。ナターシャを、倒そう」
「ああ」
リアンを抱き上げて、レオンの匂いを辿って出発した。
キメラをエンセーラムにやったとナターシャは言っていた。心配だけれど、信じるしかない。
今はなさねばならないことに専念する。
エンセーラム諸島に戦略魔法を展開させたこと。ラルフが生まれてから数日間、寝込ませられて、危うく我が子の顔もちゃんと見れずに殺されかけたこと。そこに、リアンの記憶を卑劣な魔法で奪ったという、許しがたい所業も加わった。
リアンのことがあるまでは、どこか――他人事だった。
確かに野放しにはできないけれど、その程度で、守るために戦いに来たという意識だった。
だが今は明確に、ナターシャを敵視している自分がいる。
ナターシャを殺したから何かが戻ってくるということはない。けれど、それをしないと再び日常へと戻ることはできそうにない。この、どうあっても殺さないことには収まりそうにない感情を憎しみと言うのだろうか。憎しみのままに暴力をもって排除しようとすることを復讐と言うのだろうか。
これの前には、どんなことでも容認してしまえそうな黒いものが湧き起こる。
どれだけ傷つこうが、ナターシャを討つまでは止まれそうにない。




