戦いと情と
「リアンっ、元に戻って……! お願いだからっ!」
呼びかけながらロビンが足元から土の壁を出した。それでリアンの攻撃を防ごうとしたのだ。だが、瞬いた光の直後に壁は完成し、そこをすり抜けたかのようにリアンは宝剣アウラメンシスを叩き込んでいた。
宝剣アウラメンシス――。ドードテルドの初代国王が夢のお告げによって、アイウェイン山脈で見つけた聖剣。一度抜き放てば光が発せられ、同時に相手を一撃で葬り去る。
正しく一撃必殺の聖剣。
レオンの持つ魔剣も脅威だが、こちらもまた恐ろしい力を持っている。
「ロビンっ!」
踏みとどまろうとしたロビンだったが、アウラメンシスは光のような速度での突進と抜刀を同時に可能としている。金狼族のロビンと言えども堪えきれずに吹っ飛ばされていた。駆け寄ろうとしたところへ、不死の戦士が立ちはだかって邪魔をしてくる。切ろうが焼こうが、時間が経てば復活をしてくる。その回復力と、底なしの体力は戦闘能力以上の脅威だ。
「クソ……! ロビン、そのままだとお前がやられるぞっ! 反撃しろっ! 殺せとは言わんが――」
「そんなの、できない!」
右か斬りかかってきた不死の戦士を切り捨てる。アウラメンシスを鞘に納めたリアンが前傾姿勢を取った。ロビンは魔法で自分の傷を癒しながら起き上がっている。このまま幾度となくリアンの攻撃を受け続けてはロビンがやられる。どうにかしてリアンを正気に戻す必要があり、そのためにはまず戦闘不能にさせるのが先決だろうが――ロビンにはそれができずにいる。
「リアン! 元に戻って!」
「言葉では届かないのは分かってるだろう……!」
僕だって、ミシェーラが正気を失くして襲いかかってきては反撃できなくなりそうだ。しかし、やらねばならぬのならばやるしかない。これは戦いなのだ。卑劣な手段を使ってきたナターシャとの。レオンとリュカが追いかけていったが、僕らも駆けつけねばならない。
「ロビン、不死者どもとやっていろ! リアンは僕が相手をする! お前ではやれない!」
エアブローで不死者を跳ね飛ばし、リアンに向かって駆け出した。こちらを目に留め、リアンが宝剣を抜く。目が眩むと同時に衝撃。目が回り、気がついたら壁にぶつかっていた。服の下に仕込んでいた鎖帷子が砕け、その破片がめり込んできている。それに背中をぶつけた拍子に息が全て飛び出たような感覚がし、呼吸が硬く詰まった。
「マティアスくん!」
赤が混じる、霞んだ視界。ロビンの声でハッと我に返ると、不死者が襲いかかってきていた。握った剣を上げようとしたが、ダメージのせいか腕が重く上げられない。
「ヴァイスロック!」
目の前に土の棘が迫り出て不死者を串刺しにした。ロビンの魔法だ。痛む体に鞭打って起き上がるとロビンが走り寄ってきて、回復魔法をかけてくれた。傷口がほのかな光に包まれ、そこから暖かいものが全身に広がっていく。半円状に不死者達とリアンが僕らを取り囲んでくる。
「ロビン、悠長にやってはいられない……。リアンをまずは戦闘不能にする」
「そんなのできない……」
「できないじゃない、やるんだ」
「だけどっ……!」
「だったらリアンが、正気に戻った時に僕やキミを手にかけたと知ってもいいのか!? 黄キミの方が彼女のことは知っているだろうがな、僕だって多少は分かるぞ。リアンはキミを手にかけるくらいならば、自分が犠牲になることを選ぶ」
「そんなの、僕だって同じだ!」
「だったら他に手段があるのかっ!? キミは甘いんだ!」
怒鳴り返すとロビンに迷いが生じた。四の五の言っている暇はすでにない。このままだとリアンに斬り込まれ、不死者になぶられて揃って死ぬことになる。
「だけど、それでも僕はっ……」
「僕が魔法をぶっ放す。あとはキミが決めろ。子を残して僕とともに死にたいのか、リアンを傷つけてでも救いたいか。いや、僕らが死ねばナターシャとの戦いには負けたも同然だ、全てを失う。ラルフも、ミシェーラも、クラウスも。それでいいのか? 僕はごめんだ」
魔力を引き出していく。あまり大魔法を連発しては魔力の枯渇で倒れかねない。だが、なぶり殺されるよりはマシだ。最後に生き残ってさえいればいい。
リアンが再び、宝剣を鞘に納めたままに前傾姿勢で構えた。
歯を噛み締めながらロビンはいまだ、苦渋の顔をしている。
「行くぞ――」
アクアスフィアを発動し、それでロビンを包み込んだ。同時に光が再び放たれる。来ると分かっているのならば、それに耐えきるのみだ。脇腹へ熱いものを感じた。刺された。そのまま背後の壁にぶつかり、剣を伝った振動が体の中に響いて暴れ回る。
「プロミネンスロア!!」
紅炎が満ち、大爆発を起こしていく。
至近距離での発動にはロビンを巻き込むが、あらかじめアクアスフィアで覆ってやったから多少は耐えきれるはずだ。赤い空間の中で無数に爆ぜては収まりを繰り返す、熱波の嵐。不死者も、リアンも、僕さえも巻き込みながら赤い光は膨張しながら幾度となく爆発していく。
「ロビン、やれえええっ!」
爆発に煽られて吹き飛ばされたリアンに向かって、ロビンが駆け出した。
ロビンとリアンは仲睦まじい2人だ。この2人が好き合っていると知った時は心底驚かされたが、結ばれてしまえば幸せそうな生活をしていた。主導力を持たないレオンハルトに代わり、エンセーラム王国の政を取り仕切るリアンは島の風土とは裏腹に激務に追われている。ロビンはそれを支えていた。夫婦の役割としては逆にも思えるが、それで円満な家庭を持ち、奇しくも我が家と同じ日に新たな家族をもうけた。
愛する妻に斬られる苦痛より、愛する妻を斬る苦痛の方がこたえるだろう。僕には想像をするしかないが、こうなってしまっては、そうせざるをえないのだ。戦いは綺麗ごとでは済まない。情を捨てねば全てをなくす。今、臨んでいる戦いはそういうものだ。
床へ投げ出されようとしたリアンを、寸でのところでロビンが抱きとめて転がった。
目を見開いて、その光景に愕然とする。ロビンは――いまだ、リアンを攻撃する覚悟を決められなかった。それじゃあ、ダメだ。
ロビン、キミは――キミに誇りというものはないのか。
喉まで込み上げてきたものは、ロビンへの失望が攻撃的な暴言になるものだった。だが、それを吐き出す前にロビンが口を開いた。
「マティアスくん――リアンを元に戻してくるから、お願い!」
言うなりロビンが光を発する。魔法だ。その光がロビンとリアンを包み込むと、繭のようなものになって中が見えなくなる。
「っ……手のかかるやつだな、キミは!」
こっちは腹を刺された挙句、自分の魔法にも巻き込まれて立ち上がることさえ億劫だと言うのに。だが、任された以上は仕方ない。友のためならば、この身が砕かれようと守ってやろうじゃないか。
早くも肉体の再生が始まっている不死者にファイアボールを放ち、背後から襲いかかってきた者の喉頸を剣で刺し貫く。ロビンとリアンに近づこうとした不死者へ駆け寄り、その頭へ剣を叩き落とした。頭蓋骨で滑って肩に刃が落ち、肩の半分ほどまで深々と切り裂いた。そのまま蹴り倒す。
「不死者ども――マティアス・カノヴァスの名にかけて、貴様らには屈しはせんぞ!」
百回殺して死なぬなら、千回殺してやる。
千回殺して死なぬなら、幾万と切り刻んでやる。
死ぬことさえ奪われて命じられるままに動く人形ごときにくれてやるほど、僕の命は安くないのだ。