キメラ包囲戦
「ウォークス、どうしてお前は懐いたんだ? 俺以外をこんなにあっさり乗せるなんて今までなかったのに。あなたが何かしたのか?」
「あっ、見て見て、何か大きいのがいる!」
「聞いてる?」
「えっ? ごめん、風が強くてよく聞こえない」
ワイバーンの飛行速度は人間の比じゃなく、すぐに目指す場所が見えた。
上空高いところを飛んでいるから、その高さもあって発見は容易だった。
大きな魔物。
パッと見では四足の獣にも見えたが、奇妙なことに前足が2本多い。
獅子かクマか、そこら辺に似ている気がするが、やはりどう見ても前足が2本多かった。脇の下からさらに腕が生えている。背中には今は畳まれている翼のようなものもある。尻尾は3本、尾の先には毛玉がついている。もうちょっと小さければかわいかったかも知れないけど、ちょっと大きすぎる。体高は2メートルはありそうだ。後ろ足で立ち上がったら、どれだけになるか。
「あんなところに降りたら、ひとたまりもないぞ!?」
「じゃあ乗せてて!」
「それじゃあ俺が戦えない!」
「じゃあ下ろして!」
「でも危険だ!」
「大丈夫、魔法士だから」
短杖を見せて言うとユベールが体を斜めに倒した。その動きに従ってウォークスが地表へと降りていく。
ふと何かが光を反射して輝いたのが見えた。目を凝らすとミリアムが剣を持って振り回している。
「あれはキメラと言うらしい。レオンハルト王に聞いていたよりは随分と小さいが、相当強いのは確かだ。気をつけろ」
「うん、乗せてくれてありがとう」
イザークはまだ着いていないようだった。乗せてもらったからわたしの方が早く到着しちゃったんだと思う。ユーリエ学校のすぐ近くにキメラはいる。空から学校を見下ろした感じだと子ども達の避難はもうしたらしい。
再び飛び上がったユベールとウォークスがキメラに向かって急下降をした。携えた槍をユベールが繰り出し、ウォークスが鋭い爪でキメラを抉る。煽られながら吹き飛ばされたが、キメラは翼を広げて風を受け、地面に6本の足を突き立てて踏ん張って止まる。
「ミリアムっ、大丈夫?」
その隙にミリアムへ駆け寄って、回復魔法をかけた。少なからず血を流していて、疲弊をしているのが見える。
「えっ? 何で、あなたが……?」
「何か気になっちゃって。ひとりでキメラを食い止めてくれてたんでしょ? 協力するよ、一緒に退かせよう」
「でも、戦える……の?」
「これでも魔法士だから」
エンセーラムに移住をしてきてから1年は過ぎたけれど、魔法士として何かをやったということは何もないから全然知られてない。これでもけっこう魔法士としての腕には自信があるんだけどなあ。
「だけどあいつ、すっごく強いから危ないって! もし、何かあったら師匠もマティアスも怖くなるだろうし……」
「大丈夫だって。心配しすぎなんだよ」
キメラが翼を広げて飛び上がり、ウォークスへ噛みつきにかかった。
その顔面にユベールが槍を突き出すけれど、顔の横を掠めるだけで体当たりを受けてしまう。
「ユベール、ウォークス!」
「と、とにかくっ、無茶しないでよっ!?」
ミリアムが駆け出し、キメラに向かって跳んだ。大きく振り上げた剣をキメラに叩きつける。けれど外皮が硬いのか、高い金属音が鳴って弾かれてしまっている。剣を弾かれて体勢の崩れたミリアムに、キメラが2本の左前足を振るう。
「プロテクトキューブ!」
立て続けに2度ぶつかった衝撃を防ぎきれた。
大丈夫、わたしの魔法は通用するし、魔法の腕がなまってもいない。
「リフレクションバリアからの――!」
キメラを半球状のドームに閉じ込める。
外からの攻撃も届かなくなるけれど、この魔法は外に被害を出さないように考案されたものだ。これ事態が檻のような作用を持つわけではなく、恐らくキメラのパワーだとずっと閉じ込めることもできない。けれどこのバリアの内側は魔法効果を増幅させることができる。対象を拘束して、その内部に魔法を発動させることで真価を発揮する。
「――プロミネンスロア!!」
紅の光が満ちる。
続く超高熱の爆発。衝撃の嵐と熱波はリフレクションドームでさらに増幅され、内部で荒れ狂う。地面を衝撃が伝って、わたしの足元まで揺れた。その時に、リフレクションドームに亀裂が入る。
「あっ」
ちょっと張り切りすぎて、リフレクションドームが耐えきれなかったかも知れない。
「離れて離れて! 退避っ!!」
慌てて叫んだ直後に完璧にリフレクションドームが内側から壊れて紅蓮の炎と熱波、衝撃が一気に溢れ出した。閉じ込められていた分の力までが一気に溢れ出した大爆発になってしまう。耳がおかしくなりそうな爆発音で思わずしゃがみこむ。
「や、やりすぎじゃ……?」
「あはは……ちょっと、張り切りすぎちゃったかも……。でも巻き込まれた人はいないみたいだし、結果オーライ、だよね?」
何か言いたげな渋い顔をミリアムに向けられてしまった。
直視せずにキメラがいた方へ目をやる。ようやく爆発で生じた粉塵が収まってきた。
「ガァァァ……」
うなり声。
土埃の向こうで影が動く。
「嘘っ、今のでダメなの!?」
「よっぽど頑丈なのかな……?」
風が吹いてキメラの全貌が見えるようになる。傷ついて全身から血を流してはいる。ところどころ外皮が焼けただれて中の肉が丸見えになっているが、倒すには至れなかった。
「やっぱり直接叩いて息の根止めるしかないよ!」
ミリアムが剣を握り直してキメラに向かっていく。接近したミリアムにキメラが大きな吼え声を上げた。正面から近づいたミリアムに前足を振るって攻撃をしかけるが、それをミリアムは後ろに下がるステップで軽やかに避ける。普通、獣が連続攻撃をしかけるなんてできない。けれどキメラは4本ある前足の、さらに前2本を連続でしゃにむに振るっていた。残る4本の足で体を支えているからできているのだろう。
猛烈な攻撃をミリアムがどうにか避けていると、ユベールがキメラの上から迫った。キメラのお尻の方から急降下をして近づき、槍を繰り出す。穂先がその体を抉り、再び空へと舞い上がっていく。前のめりにキメラが倒れ込み、ミリアムの剣がその太い首へ突き出された。でも、貫通しない。やはり硬いのか。毛皮ではなく、その下の組織が硬度を出して身を守っているのかも知れない。
「あれを突き破るにはミリアムもユベールもパワーが足りてないんだ……」
ウォークスの力を借りているユベールの攻撃が生半可であるはずもないのに。でもユベールはまだ子どもだし、ミリアムも女の子だし、単純な破壊力は出せないのかも知れない。
「ガァアアアアアッ!!」
キメラが一層猛々しく吼えた。
その声は思わず身をすくませてくる。後ろ足で立ち上がったかと思うと、4本の前足をつけてミリアムに突進しながら鋭い牙の並んだ口を開く。
「危ない、ミリアムっ――!」
直前の咆哮でミリアムはまだ、耳を押さえて身を固めていた。
間に合わない。ミリアムが避けることも、魔法でキメラの攻撃を防ぐのも。そう思った時、何かが一直線にキメラの顔へ飛んだ。硬い皮下組織が金属音を上げる。弾かれて空に回転しながら飛んだのは剣だ。それを中空で掴む人影――イザーク。
両手で掴んだ剣をイザークが一気に突き落とし、同時にキメラをヴァイスロックで突き上げた。上下から力を加えられ、剣が深々とキメラに突き刺さり、そこからイザークが力任せに切り裂いた。
「イザーク!」
地面から巨大な氷柱が突き上げてキメラを激しく打ち上げる。
それを剣で叩きつけると、無数の砕かれた氷がさらにキメラへ次々と打ちつけられていく。この戦い方はディオニスメリアの王国騎士団流?
「主の留守を守るのは、庭師の役目だ」
イザークは、一応は本業コックさんじゃなかったっけ?




