ロックにいこうぜ
「そこかぁっ!!」
激しい振動と衝撃が続いていた。
それがやんだ時、ドアをマティアスとともに駆け抜ける。シモンと戦った時の空間と元は同じようなものだったのかも知れない。だが、床からは無数の鋭い土の棘がせり出ていて、そこら中に水たまりがあって荒れ果てていた。
「リュカ――」
「これはこれは、エンセーラム王。またお目にかかるとは」
天井の一隅を見上げていたリュカが目に入り、声をかけたところで上から声がした。ナターシャが浮いている。ぶち破られて青空の見える天井を背に、悠々とそこにいた。
「ナターシャ……!」
「しかし、偶然というのは恐ろしいものだとは思いませんか」
剣戟の音がする。
腹から血を滴らせたロビンが、何故かリアンと切り結んでいる。激しいリアンの猛攻を受けながら、じりじりと後退している。何がどうなってるんだ、あれは。
「よりによって、今日、あなた達がここへ来るとは。どうやってここを突き止めて訪れたのかは、この際、不問としましょう。見たところ、あなた達が主要な戦力なのでしょうから」
「何言ってやがる……」
ナターシャを見上げたまま、リュカが見たことのない形相をしている。ブチギレてる顔だ。それでも衝動任せに動いていないのが引っかかる。
「一思いに戦略魔法で消し去ろうとしたのに、それに抗うから悪いのです。
今ごろ、わたしが手ずから作り上げて調整したキメラがあのちっぽけな島を蹂躙しているはずです」
「何?」
「どういうことだっ!?」
マティアスが叫ぶようにナターシャへ声を飛ばす。
「偶然にも、あなた達が今日ここへ訪れた。
もし、残っていればキメラを討ち倒せたかも知れませんが、どうせ大した戦力は残されていないのでしょう? 嬉しい偶然というのもあるものですね」
血の気が引く。
キメラがエンセーラムにいる?
30年後の、あのバカデカくて強大なキメラじゃないとは思うが――気休めにはならない。
「てめえ……」
「ですが、そう悔やむことはないでしょう。
どうせここであなた方は死んで、すぐにあの世で再会できるのでしょうから」
ニゲルコルヌをナターシャへ向け、魔弾を放った。
だがナターシャには当たらず、その前で何かに防がれた。音だけが響き、ナターシャは悠然とそこに浮いたままだ。浮かび方といい、バリアみたいなものといい、マディナを彷彿とさせる。
「あの世へ行くのは貴様だ!」
マティアスが突き出ている岩棘を足場にして飛び移りながら、ナターシャへ迫った。ナターシャを中心に三方向からファイアボールを放つ。それは当然のように何かに防がれたが、意に介さずマティアスが抜き放った剣を叩き込む。だが、激しい反発が生まれて逆に吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
「無駄な足掻きをするのはけっこうですが、この辺りで引き上げさせていただきましょう。後の相手は彼らがします。せいぜい、悔いを残さないようにやりきってから死になさい」
冷たく言うなりナターシャが消え去った。
魔影でも捉えられない。別のところへ行った。
それまでだらりと腕を下げていた不死者が武器を握り直して臨戦態勢を取る。
「っ……マティアス、任せていいか?」
「どうする気だ?」
「ナターシャをぶっ殺しにいく。こんなとこで足止めを食らってられない」
「だったらこれを持って行け」
何かを投げられて掴むと、魔石だった。発動させないように気をつけて、腰の裏に下げている袋へ突っ込む。
「何の魔石だ?」
「ガシュフォースだ、お前は使えないだろう」
「サンキュー。リュカ、来い!」
「でもっ……」
「でもじゃねえ、来い! マティアス、後は頼む!」
ロビンとリアンが戦ってるのも気になるが、ナターシャが先だ。
何故か躊躇したリュカの尻を蹴りつける。襲いかかってきた不死者の頭をアンチマテリアル魔弾でぶっ飛ばして、一気に駆け抜けた。
扉をくぐれば、また変わり映えのしない通路へ出る。
どこにナターシャがいるかなんて分からないが、とにかく走った。魔鎧を使っての全力疾走。疲れはするが確実に原付よりは早いと思う。自動車にも劣るつもりはない。スーパーカーには負けそうだが。小回りについては軽自動車を軽く上回れるが。
それは良いとして、リュカの様子が少しおかしかった。
唇を噛んでいる。血が滲んで垂れている。そのまま自分の唇噛みちぎって食うんじゃないかってほどだ。
「何があった?」
「あいつに、通じなかった」
「何が?」
「ソアの、力が」
「どういうことだ?」
話を聞けばリュカが全力で叩き込んだ雷神パワーをナターシャは無傷で、しかも平然と耐えたらしい。
マディナを殺して手に入れたカルディアが、女神シャノンの加護だったようだ。それを制御して自分の力にしているとも言った。
ただのカルディアとも違ったのか。確かマディナは大勢いたクルセイダーの加護を全て集約させられた。それでニコラス・ムーア・クラクソンはシャノンを降臨させるだとかのたまってた気がするが、ナターシャはその集約された力が目当てだったというわけだ。そしてまんまとそれを手に入れて、今は自分の力にした。
正面から倒すことのできなかった、あのマディナと同等の力――と見ていいんだろうか。
「それで、そんなしょげてんのかよ?」
「だって……ソアが、負けるなんて……」
ショックなのはそこか。
ソア大好きなのは分かるが、相手が悪かったとしか言えないだろう。
雷神パワーもとんでもないが、偉い神様ほど強い――みたいな法則もある。それで言えば気に入らないがシャノンほどの神様はいないのだ。世界中のどこにだってシャノン信者はいる。それに比べりゃあ、雷神様の信者は多くない。
「そんな面してんなよ。たかが1回、負けただけだ」
「たかがって――」
「ナターシャは身勝手なビチグソ女だ。お前は正義の味方だろ? 巨悪をぶっ殺しにきてるのに、しょぼくれてめそめそしてる暇あんのかよ」
「めそめそなんかしてない!」
「ほんとかよ?」
反射的に言い返してきたものの、俺がさらに言うとリュカは黙った。
「ソアの神官に選ばれた時、嬉しかった。ソアは正義の神様で、俺を選んでくれて……特別になれた気がしたから。でもナターシャは神様に認められたわけじゃないのに、奪って手に入れたのに、あんなに強い力を発揮してて……それが悔しいのに、俺の全力でどうにもなんなくって……」
本当にショックなのは、そっちか。
神官っていう、神様に選ばれたんだっていう自負がぶっ壊されたわけだ。
こいつがどれだけ敬虔に雷神様を信仰してるかは分かってるつもりだ。がさつなのに礼拝堂の掃除はいつもばっちりで、祈りと称した型稽古も毎日毎日欠かさずにやっている。あまりピンとはこないが、雷神ソアはリュカの神様だ。
だっていうのに、同じく神に連なっているシャノンの力を不法に手に入れたナターシャが許せなくて、それに負けたことも許せなくて、やるせないんだろう。
が、まあ。
俺に言わせりゃ、その程度かって感じだ。
世の中なんて上手くいかないことの方が多い。
それが当たり前すぎる事実っていうものである。
「今さら、そんなんでヘコんでんじゃねえよ」
「そんなんじゃない」
「お前の取り柄はバカ正直にまっすぐ突っ込んでくことだろ。ロックにいこうぜ」
「ロック……」
って言っても分からねえか。
まあ、俺もこれがロックだとはっきり定義するのは難しいが、心意気の問題なのだ。何かこう、うじうじしてんじゃねえと言ってやれるのもロックだと思うし、女々しくて何が悪いと開き直れるのもロックだろうし、うーん、難しい。
「ナターシャが、エンセーラムにキメラっていうのよこしたって言ってたけど……」
「ん? ああ……タイミングは悪かったな。だけど、大丈夫だ。エノラもイザークもミリアムもいる。どうにかするだろ」
まったく不安がないわけじゃないし、またもや俺の国の中で戦いが起きるなんて胸くそ悪いが信じるしかない。留守はエノラに頼んである。
「サクッと帰るぞ」
「うん」
ちらと目だけやってリュカを見る。前を向いている。泣いても笑っても、これで最後にしてやるのだ。ナターシャとのケリをつけねばならない。