いつかのために
「教官が、グル……?」
信じられないとばかりにロビンは目を丸くした。
寝ている間に手当てしてくれたらしく、包帯が腕と腹に巻かれていた。何でもうなされてもいたらしいが記憶にない。だが疲れが取れた。
体調も戻った。
傷は痛むが、寒気はないし、頭もクリアだ。
昨日はかなり血迷ってたような気がする。人間弱るとどうなるか分かんないもんだな。
「剣闘大会の担当の教官って、何人いるか、知ってるか?」
「分からない……。でも4つの会場に別れてたし、レオンが言う感じだと少なくとも判定役の教官4人は……」
「黒だな。昨日、俺が消えちゃってから、何かあったか?」
「何も……。ただ、どこ探してもいないから、どうしちゃったんだろうって思って」
「てことは……あいつは、まだ俺の処理をしてないわけだな……。死んだとでも思われてんのかね、こりゃ」
まさか10年未満で2度も死んだことにされるとは思わなかった。
あと何回、死んだと誤解されなきゃいけないんだか。70歳まで生きるとして、14回か? 笑えてくる。
「これから、どうするの……? 今日の試合は?」
「……出るさ」
「でも……」
「俺が死んだとか言いふらしてない理由は、昨日のあの試合で次も俺が勝つんじゃないかって思わせられたから……かも知れない」
「どうして?」
「オッズが自然と、俺の勝ちに偏るだろ。
でも、俺がほんとに死んじゃってたら、時間までに会場に来ない」
「不戦敗になって、負けると思われてた人が勝つから……」
「番狂わせが起きて、がっぽり儲ける。
今日が不正を働く最後のチャンスだ、そうしてるだろうよ。
となると、俺はギリギリまで姿を見せない方がいい。教官に出てこられたら、ヤバい。
でも逆に、今日の試合で勝てば……いくら教官だろうが、俺にはもう手出しできなくなる」
「ベスト20に残ったのに、突然、消息不明になったら……注目集めちゃうもんね」
そういうこと、とロビンを指差し、ついでに尻尾へ手を回した。
触れた最初だけ、ビクっとロビンは強張らせたが、もう慣れたものですぐに弛緩した。
「ただ……ギリギリまで出て行きたくはねえけど得物がな……」
「銛?」
「控室に置きっぱなしにしてきちゃったんだよな……。俺の剣じゃ、安物すぎて、ちと不安だし……」
ちゃんとしたのを買っておけば良かった。今さらの後悔だ。
「……レオン、ちょっと待って」
するりと尻尾が俺の手から抜けた。ロビンが自分のベッドへ上がると、布に包まれた何かを抱えてまた降りてくる。棒状の何かが布に包まれている。
「マティアスくんが、もしもレオンの武器を取り上げるとかの妨害されたら使ってほしいって」
布が取り払われると、マティアスが使っていたアーバインの剣だった。使っても良いのかとロビンの目を見れば、こくんと頷かれる。
「用意がいいな、あいつ……」
「マティアスくんだもん」
「そうだ、マティアスの容態は?」
「昨日、僕も治癒魔法かけたから、ちょっとは治りが早まってると思う」
「お前、回復魔法も使えるの?」
「あんまり効果が強いものじゃないけど……。それに、レオンの傷も……」
「俺は、仕方ねえんだよ。穴空きだから。こればっかりはな」
そもそも、回復魔法の効きが悪すぎる。それで発覚したようなものだし、回復魔法に頼るつもりはない。ちゃんと回復魔法にかかれるやつからすれば不便なのかも知れないが、もともとなかったものだ。
「でも……レオンは、魔法を使ったよ」
「……1回だけ、な。昨日、あのクソ教官に襲われた時、使おうとして……ダメだった」
「え……ど、どうして?」
「知らねえよ……。魔力変換器が俺のは弱すぎるから……じゃねえの」
「そっか……。魔力変換器……魔力変換器が弱い……なら……」
「ん?」
「……魔石を、使ってみたら?」
「魔石? 魔力を溜めておけるっていう、あの?」
「うん。ただ魔力を溜めるんじゃなくて、魔法を溜めることもできるんだよ。
1回使ったら、また溜めてあげないとダメなんだけど……使うだけなら、レオンでも、多分……?」
初耳。
そうか、魔石ってそういうもんなのか。
「でもお高いんでしょう?」
「うん……。1粒で金貨4枚はするし、それでも安い方で、あんまり大したことできないし……」
「だよな……」
「…………」
「…………」
あれ?
でも、金なら俺――あるぞ。
「ロビン、ちょっと俺の金庫開けて。えーっと……これこれ。このカギで」
枕の下から、部屋に備えてある金庫のカギを出した。ロビンが俺の使ってる机の下へ潜り込み、そこに置いてある金庫を開ける。
「うわあっ……き、金貨が、こんな……」
「オルトが定期的に送ってくれて、けっこう貯まってんだよ。あるだけ出してくれっか?」
「う、うん……」
ジャラジャラと音を立てて金貨が俺の机に出される。数えてみれば48枚。
けっこうな額だ。ロビンがごくりとツバを飲む音が聞こえた。一応、金庫のカギの置き場所は変更しておこう。お互いのために。
「こんだけありゃ、魔石って買えるか?」
「多分……」
「あとは、何の魔法を溜めるか……だな。どうしたもんか……」
「レオン、レオン」
「ん?」
「それ……僕に考えさせて。きっとレオンの役に立てるように、するから」
「……んじゃ頼む」
「うんっ」
「ついでにロビンが買ってきて」
「ええっ!? だ、ダメだよ、こんな大金……人に任せちゃ……」
「そういうことを言えるから、ロビンに頼むんだよ」
5回戦を突破したとしても、剣闘大会が終わってからを考えると危険は消えない。
賭博に教官が絡んでいる以上、そのことを知っている俺は排除したい存在になるだろう。
戦闘能力は圧倒的に向こうの方が上。どうにかひとりくらい倒せたって、最低でもあと3人いる。もしも同時にかかってこられたら勝ち目はない。
「マティアスにも、こっそりこのこと伝えてくれ。全部だ」
「うん。……レオンは、どうしてるの?」
「時間を見計らって、試合に行く。できるだけ早くマティアスに打開策を教えてもらいたい」
「分かった」
賭博に教官が絡んでいるとどこかへ告発したとて、俺は素行不良のレッテルを貼られてるはずだから信憑性は薄いだろう。むしろ、賭博に関わってる教官全員を把握してないから、仲間内で庇い合いをされたり、あるいはどこかで切り離されでもすれば根絶することは難しい。
「行ってくるね。試合開始時間から10分以内に行けば失格にはならないから、試合開始に学院の食堂で落ち合おう。魔石を用意しておくから」
「りょーかい。頼んだ、ロビン」
「うん」
ロビンが金貨を入れた袋を懐へ大切にしまい込み、部屋を出て行った。
魔技は教官に通用しなかった。魔法も不発した。このままじゃダメだな。
ベッド下に詰め込んでいた荷物から、あの本を取り出す。
ページをめくりながら、使えそうな魔技がないかと探していく。
目についたのは、魔弾という技術。
何度か試みては失敗に終わっていた、攻撃能力のある魔技だった。
太陽の位置を確認する。試合開始まで、約3時間ってところか。
やるしかないだろう。
もっと強くならないとダメだ。胡座をかき続けてきた結果が昨日の顛末だ。
殺し合いに挑まなければならない日が、いずれ来る。