ナターシャの力
「転移の扉を偶然に見つけて、そこから偶然にこの島へ来て、偶然に乗り込んできた――というようには思えませんね。一体どうやってわたしの居場所を突き止めたのでしょう?」
広い部屋の中央でナターシャが俺達を待ち構えていた。
銀色の長い髪をした綺麗な女。エルフだから綺麗なのは当然なのかも知れないけど、ファビオとかソルヤみたいな綺麗さだ。綺麗な絵から飛び出てきたみたいな感じの。
「それは明かせませんし、お教えする必要もないでしょう。あなたはここで我々に討ち取られるのですから」
腰の剣に手を添えてリアンが言う。ピカって光るリアンの剣は最強だと思う。抜いたらもう、相手を斬っている。宝剣って言うんだっけ。
「もう悪さはさせない」
ロビンが剣を抜いた。
尻尾の毛がいつもより立っているように見える。
「なるほど、3人がかりでわたしに挑むのならば可能性はあるかも知れません。ですが――」
パチンと音を立ててナターシャが指を鳴らした。
上から人が降ってくる、1人、2人、3人、4人――全部で5人。みんな、表情がない。顔はあるのに、無表情で目もどこを見ているか分からない。俺と同じ、死なない人間かも知れない。多分、そうだ。
「これで6対3になりました。彼らは死ぬこともない。単純に2倍の戦力差ですが、それでも挑みますか?」
「当然でしょう」
「100人相手でも、必ず」
リアンとロビンがすぐに答える。
不死の戦士がいるというのは元々知ってたことだから、こうなるのも想像はできてた。
「では始めましょう。あなた方は目に余る。戦略魔法でもろとも滅びていれば良かったのです」
「うちの旦那を半殺しにし、我が国で戦略魔法を展開させた罪、裁かせていただきます」
「どうぞ。やれるものならばお好きになさってください――」
不死者がそれぞれに武器を抜いて襲いかかってきた。ロビンがアクアスフィアを同時に6つ使う。でもそれで閉じ込められたのは2人だけだった。ナターシャは一瞬で姿を消してしまう。魔影がいきなり消えたナターシャに変わって、広い空間の上に新たな反応を拾う。
「上!」
「感度は良いのですね」
腕を振るって雷を飛ばした。でもまたナターシャはいきなり消える。今度は俺の背後。引き抜いた剣を振り向きながら叩き込む。それを素手でナターシャは受け止めた。魔鎧――?
「魔技は元々、わたしのものです」
力いっぱい、剣を振りきる。
ナターシャは僅かに浮いていて、滑るように後ろへ下がった。追いすがろうとする前に不死者が立ちはだかる。
「邪魔するなっ!!」
相手の顔を掴んで、火魔法で全身を包み焼いた。そのままナターシャへ投げ飛ばして、さらに走る。ナターシャは片手で俺の投げ飛ばした不死者を払いのける。突撃して腰だめにした剣を突き込んだが、その寸前でナターシャはまた消えてしまってつんのめって転ぶ。
「ああもうっ――」
「リアン、奥!」
「承りました!」
ロビンの声がした後、光った。
雷の光みたいに一瞬だけ、すごい光が放たれた。振り返るとリアンが宝剣をナターシャに突き刺していた。宝剣だ。
「何人いようが、問題ないとお分かりになられましたか?」
リアンが深々と突き刺している剣をさらに捻り込む。
「なるほど――宝剣、ですか」
「死になさい」
宝剣がナターシャを一気に切り裂く。
腰の下から斜め上へ、ばっさりと身体が斬られる。
無感情なナターシャの目が、何故か背筋をぞわりとさせた。ロビンが魔法を放ってリアンの背後に迫っていた不死者をぶっ飛ばす。あれで生きていられるはずはないのに、ナターシャがあっさり死ぬのがおかしい気がする。
「――まったくもって、愚かしい」
死なない。
あれじゃあ死なない。
雷撃をナターシャに落とす。
それより早く、ナターシャはまた消えた。
リアンもロビンも気がついているけど、いきなり消えて、いきなり出てくるのは手に負えない。一瞬でナターシャは斬られたことなどなかったような、元の姿でリアンの左側に立っていた。その手がリアンの髪の毛を掴む。剣を振ろうとしたリアンの手は、ナターシャのもう片方の手に抑えられていた。
「ガアアアアアアアアッ!!」
獣みたいな声を出してロビンがナターシャに襲いかかる。
掴んでいたリアンをロビンの方に投げ飛ばして、ナターシャが片手を向けた。衝突した2人に真っ赤な炎が柱のようになって迫って飲み込む。
「プロテクトキューブ!」
ナターシャの魔法は寸でのところでロビンの魔法で遮られた。青い光を放つ半透明の箱が2人を覆って守っている。そこに不死者が押し寄せていく。魔法を解除したロビンが剣を振るって薙ぎ倒す。
「ヴァイスロック!」
俺も魔法で不死者を攻撃してから2人の方へ駆け寄る。不死者は斬ってもすぐに傷口が再生してキリがない。ナターシャは一歩も動かずに見ている。どうにか不死者を薙ぎ払って合流するけど、リアンが疼くまって動かない。
「リアンっ、大丈夫?」
俺が雷撃で一気に不死者を吹っ飛ばしたところでロビンがリアンに声をかけて背中をさすりながら声をかける。でもリアンは呻くばっかりで言葉を出さない。ただ頭を掴まれて投げられただけなのに、何かされたのかな。
「ロ、ビン……」
「リアンっ――」
包囲している不死者に目を走らせた時、変な音がした。
目を向けるとロビンの背中から、血にしたたる宝剣が突き出ている。
一瞬、その光景の意味が分からなかった。
ロビンが刺されている。しかもリアンに。そんなの、ないはずなのに。
「リア、ン……?」
何で、リアンが?
敵はロビンじゃないのに。
「どうぞ、存分に仲間同士で殺し合いをなさってください。
彼女にはちょっとした精神感応魔法をかけておきました。
殺すか殺されるかすれば、きっと終わると思いますのでがんばってください」
落ち着いたナターシャの声が、頭の中を沸騰させる。カアっと全身が熱くなる。一瞬、目の前が白くなった気がした。すぐに目は元通りになる。でもお腹の下の方から、何かが俺を突き動かしてくる。
「ナターシャァアアアアアアアア―――――――――――――――ッ!!」
全力で床を蹴って、ナターシャに走る。
力任せに剣を振りきるけど、また消える。魔影で斜め後ろに出てきたのを感じて、魔纏をかけながら剣を切り返す。魔纏に回している魔力を多くする。届かせる。魔纏を伸ばす。途中にいた不死者のひとりが腰の上を真っ二つに斬られた。ナターシャが腕を上げた。剣が届く。思いきり振り切って、ナターシャのガードを払いのけた。
「ウォーターフォール、ヴァイスロック、ヴァイスロック、ウォーターフォール、エアブロー、ヴァイスロック!!」
魔法で攻め立てながら駆ける。
許せない。リアンを操ってロビンを刺したのも、リアンとロビンを戦わせようとしたのも。
床をヴァイスロックで変形させていく。その高さはそれぞれに変えておく。地面から突き出た岩の棘は足場にできる。ナターシャは浮けるし、一瞬で移動できてしまえる。高いところに行かれたら直接切れないから高いところへ行けるようにヴァイスロックで足場を作っておく。ウォーターフォールで水浸しにしておくのはソアの力は水を伝っていくから。エアブローでさらに水を広いところにまで撒き散らせる。これは準備だけど、当たればタダじゃ済まさないように全力でやる。
「ファイアボール!」
5メートルの火球を10個、同時に放つ。
細かい魔法は苦手だけど俺は普通の人より魔力容量があるから、それを武器にする。単純な魔法でもただ大きくするだけで威力は上がるし、避けきれなくなる。
ナターシャを10個の火球が取り囲んで襲いかかる。
これでまた消える。だけど、すでに周囲は水浸しになっている。ロビンとリアンには悪いけど、もし外れてもこの部屋のどこだろうがソアの力で焼いてやれる。
目論み通りにナターシャが消える。
魔影がナターシャを掴み取った。
「ボクス・デ・ユリーチオ!!」
ナターシャ目掛けて、渾身の力で雷撃を放つ。
一際高く突き出ている岩棘の上へ姿を現したナターシャを雷光が飲み込む。どんなにすごい回復魔法でも治らない、ソアの裁きだ。天井の隅を雷撃が穿ち抜ける。雷光が収まると、そこに大きな穴が空いて外が見えていた。
だけど。
ナターシャは先端が消滅した岩棘の上に浮いていた。
「神官の力というのは、やはり侮れないものですね……。
けれど、わたしはこの世界でもっとも力を持った女神シャノンの加護を制御下に置いています」
ナターシャが懐から、カルディアを取り出して見せる。
ヴラスウォーレンで持ち去っていった、マディナから取り出したカルディア。
あれが、シャノンの加護?
ソアの力が、防がれた?
「魔法も、魔技も、加護さえも、わたしより優れた者はこの世界にはいないのですよ」
薄ら笑いを浮かべてナターシャが言った。




