最後の戦いへ
「到着次第、行動を開始する。
想定される敵戦力は、ナターシャ、不死の戦士、そしてレオンやリュカと同じ魔法を使う穴空きの者。こちらの勝利条件は、敵首魁ナターシャの討伐だ。また、カルディアを見つけても絶対に壊そうとはするな。可能であるならば確保、そうでなければ放置でいい」
マティアスの出した指示にそれぞれ頷くなり返事をするなりで応じた。
ナターシャ討伐の人員は5人。俺、マティアス、リアン、ロビン、リュカの5人だ。会議に招集していた他の面子はエンセーラム王国に残っていたり、別行動を取っていたりしている。この5人で討伐に行くと決めたのは、何だかんだで安定感を求めた結果だ。
マティアス、リアン、ロビンは3人で旅していた。
俺とリュカも2人で随分と旅をした。
エノラも加えて6人でも歩いた。
危ない戦いが予想されるからこそ、戦い慣れているこの5人となったのだ。バラけることになろうが、複数人で連携することになろうが有機的に対応ができるというものなのだ。
「リュカ」
「何?」
祠の中で最後の装備の点検をしつつ、声をかける。今日のリュカの武器はマティアスが実家から持ってきた荷物の中に紛れていたという剣だ。どんな名剣だかはよく知らないが。
「死ぬんじゃないぞ」
「死なないに決まってるじゃん」
「……俺も、そう思ってた」
「は?」
こいつが死ぬはずがないと、思ってた。
けど、最後の最後で、未来じゃリュカは死んじまった。
空からとんでもない雷をぶっ放して、残っていたキメラを一掃して。
未来のフィリアを守って、キメラをぶっ飛ばして、それで満ち足りた顔をして死んだのだ。体中が痛々しいほどに傷ついていて、だけど腹が減ったと今にも言わんばかりに腹へ手を当てて。
「いいか、リュカ?」
「んっ?」
リュカの首に腕を回して引き寄せ、マティアス達がこっちを見てないのをちらっと確認しておく。でも一応、声は潜める。ロビンの耳は、あいつの鼻並みになかなか侮れない。
「実は俺、未来行ってたんだよ。だけどそこで、お前が最後に死んじゃってんだ」
「え、それほんと?」
「お前なら嘘かどうかは分かるんだろ?」
「……もう1回、言って? 今度は見抜くようにするから」
「言わねえよ。内緒な、他のみんなには」
リュカを放してやると嘘か真かはかりかねているような視線を俺に注いできた。
「絶対に死ぬな?」
「……分かった」
物分かりがいいこった。
絶対に、とか言ってんのにあっさりと分かった、だもんな。大物すぎてたまについていけねえや。さすがは重婚したい派。さすがは神官。
「レオン、遊んでる暇があるのか?」
「あん?」
「背中の長物はちゃんと使えるんだろうな?」
リュカに感心してたらマティアスにちょっと尖った口調で言われる。使えるに決まってるだろうに。むしろ、万端だ。ばっちりだ。昨日、きっちりちゃっかりと、ニゲルコルヌも、じいさんの銛も、フェオドールの魔剣も、完璧に手入れしてきた。それに2つ持ってる魔石にもエノラに魔法を込めてもらった。
「抜かってるはずねえだろ」
「……ならいい」
「お前は?」
「僕とて準備は完璧だ。借りは返さねば気が済まんからな」
「……借りね」
「何だ?」
「別に?」
そういう負けん気があってこそ、お前らしいというか、何というか。
だけど意地になりすぎられるのは困る。さすがに大丈夫だろうとは思いたいが……心配しないでおこう。マティアスは信頼できる。
「そろそろ行きましょうか」
リアンが俺達に声をかけた。
返事をし、ナターシャのアジトへ通じるアーチの前へ集まる。ここをくぐったら、あとはこれまでのことを清算するまでは帰らない。
「んじゃ、行くか」
水面のように揺らめく、アーチに張られた膜へ踏み入った。
やや冷やりとした膜を突っ切り進む。景色の変化はなく、入ったアーチから出てきたような感じだ。しかしアーチの裏側にみんなの姿はないのに、アーチからは続々とリュカ達が出てくる。開け放っておいた祠の入口が閉ざされているのが見た目に分かる変化らしい変化だ。
閉錠魔法がかけられているかとも思ったが、普段使いしているせいなのかあっさりと扉は開いた。
そこから広がった景色は30年後と同じく岩山の島だ。見渡す限り、ずっと灰色の山々が連なった孤島。だがこの地下にはコンクリートめいたもので形成された通路があり、カルディアが壁一面に敷き詰められた部屋もある。
「本当に、場所が変わった……」
マティアスがその景色を見渡しながら呟く。
「不思議なものですね」
「どんな魔法かも分からないよ」
リアンとロビンも口々に呟いている。前は――というか未来ではロベルタとユベールがこのタイミングで駆けつけてきたが、今日は来ない。魔法で島の表面をぶっ壊して中に入っていったが、外と通じている通路があるはずだからそれを探す段取りだ。歩くとなると、なかなか広そうだ。
無言で祠を出て岩山を歩き出した。
潮が入り込む岩場のくぼみ。記憶を確かめながら場所に当たりをつけて目指した。
一応、魔影を使って周囲を警戒しておく。
しかし俺達以外には何も感じられない。海の中にはちらほらと魚だのカニだのといった生物はいるようだが、その程度だった。
「何だか、ここが敵のアジトだとは少し思えませんね」
黙々と歩いていたらリアンがそんなことを言った。分からなくもない。どこまでも広がっている青い空と青い海。岩山ばかりの島は殺風景だが、圧倒的な自然を感じられる。これはこれで悪くないと思える。ちょっとしたピクニック気分――と言えなくもない。
「油断するなよ、リアン」
「ええ、気をつけています。ですが、あまり緊張して堅苦しい空気でいても肩が凝るでしょう?」
「緊張なんかしてるやつがいるかよ。なあリュカ?」
「うん」
「そうでもないと思うけどね、レオンとマティアスくんは」
「あん?」
「何だと?」
ちょっと聞き流したくないロビンの発言に揃って反応してしまう。
俺が緊張してるだと? マティアスならともかく、この俺が? 冗談じゃねえ。けどロビンだしな、俺らにはよく分からない匂い的なもんで見抜かれてるのかも知れない。
「百歩譲っていささかの緊張をしているとしても、それは必要なものだ。緊張感がなくては、ただ気が緩んでいるのと同義だからな」
どう反論してやろうかと思ったらマティアスがそんなことを言い、乗っかることにしておいた。
「そうだ、そういうことだ。警戒を怠ってないってことだ」
「便乗しただろう、レオン?」
「してねえし」
「いや、便乗だな。大方、ロビン相手に強がろうとしてうまい文句が浮かばず、僕に乗っかったんだ」
「決めつけんなよ」
合ってるけどそうやって指摘するもんじゃあないだろう。
何か恥ずかしくなるし。
「キミはちゃっかりしているからな。僕からすればお見通しなのさ」
「ほおう? ほおおおう? 言うじゃねえかよ、マティアスよぉ?」
「何だ?」
「何だよ?」
「はいはい、余計な体力を使わないでください、2人とも」
「お前が余計なこと言うからだろ」
「はっはっは」
はっはっは、じゃあねえよ。
この愉快人間は、ほんとにもう。
「でも……何か懐かしいね、ちょっとだけ」
「ん?」
「最近はこうやって、皆して武器持って知らない場所を歩くなんてなかったし。もうこんなことなくなるかもって、少し思ってた」
しんみりすること言いやがって、ロビンのくせに。
ただ、確かに好き勝手に旅するってのは難しい。俺はわがままを通してやったが、この面子で揃って――というのはこれが最後になるだろう。思い出作りをしにきているわけじゃないが、そう考えると変な気分になる。
何だかんだで、旅好きなのだろう、俺達は。
正直、暑さ寒さだとか、虫が這ってるとこで寝る不快さとか、かったい地面で寝て起きた時にあちこち痛いとか、色々と不便なことはあるが、それを補って余りある何か、魅力みたいなものを知ってしまっているのだ。知らないうまい食べものとか、なかなかお目にかかれない絶景だとか、ようやく辿り着いた宿でベッドにダイブした時の多幸感だとか。
でもって、それを気心知れたやつと一緒に分かち合うような楽しみもあって。
「よぼよぼになってから、また旅するか?」
「今から老後を考えます?」
「自分の足で歩くのもいいが、道楽の旅でもしてみたいものだな」
「いいかもね」
「おいしい食べもの探しにいきたい」
「お前は何食ってもうまいって言うだろ」
「そんなことっ……あるかも?」
笑っておいたところで、魔影が急に何かを感知した。
ほぼ同時に、俺とリュカとロビンが笑いやみ、マティアスとリアンも笑顔を引っ込める。
「ひとりだな」
「うん。近い」
リュカと確認し合ってから、マティアス達を振り返る。頷き合い、走り出した。
いきなりナターシャなら手間は省けるが、不死者かも知れない。岩山を駆け下り、一目散に反応した場所を目指した。