マティアスとユベール
大チェントロ山に転移の扉と思しき祠を発見した、と報告が届いた。その詳細な位置をもとに、移動の足としてユベール王子のワイバーンに乗せてもらい、ロビンが確認へ赴いた。扉には確かに閉錠魔法がかけられていて、それを解除せねば中には入れないようになっていたらしい。
魔法を解除したロビンはその祠の中に無数のアーチが居並んだ空間を確認し、そこがレオンの言っていた転移の扉なのだということを確かめた。祠の入口はロビンが再び魔法で鎖したそうだ。
「ナターシャのアジトに繋がるアーチの位置は……確か、ここだ」
王宮内の会議室。ロビンが書き留めてきた祠内のアーチの見取り図に、レオンが朱のインクで丸を書き足した。それから、今度は色をインクの色を変え、さらに書き足す。
「でもって、ここがクセリニア大陸、アイウェイン山脈の北方部の山の中。こっちはディオニスメリアのトーネリアス山。ここに……確か、エンセーラムのがあったと思ったんだけど」
「あ、そこ……最近崩れたような痕跡があったよ」
「祠が壊れると、対応したアーチもぶっ壊れるのかね……? ああそれと、祠の内部の構造はどこも同じになってるみたいだから、どこだろうが祠の中身は一緒な」
会議の場には前回と同じ面子に加えて、カスタルディのユベール王子が加わっている。
大チェントロ山の転移の扉を確認しに行った時、レオンがロビンを乗せてやってくれと頼み、条件として首を突っ込まれたような形だ。まだ幼さが見えるのに中身はしっかりしているようで、この会議の場でも堂々としている。
「ここ出発してから、大チェントロの転移の扉まではどれくらいだった?」
「ゆっくり飛んで半日ほどだ、レオンハルト王」
「んじゃ、早めに飛べばそれよか早いか……。レストは最大2人、ウォークスは何人まで乗せられる?」
「3人だが……そういうことなら、父に頼めばワイバーンを貸してくれる。先導は俺がしてやってもいい」
随分とこのユベール王子はレオンに協力的だ。
確かカスタルディ王国へ行った時、鎬を削った間柄になった――とは聞いているが、レオンのことだから懐かれたんだろうな。何故だかレオンは人を惹きつけるものを備えている。型破りなところが見ていられないからと気になるのか、それともレオンの姿から何かを見出そうとしてしまうのか……。
「ロベルタに頼むって……そうなりゃ楽だけど、どう思うよ、リアン?」
「そうですねえ……。何か条件を出されそうで。その内容次第ですが、協議する時間というのはあまりないですからね」
振られたリアンが腕を組みながら言った。
するとユベール王子は少しだけ目を泳がせてから、自分の発言が及ばす可能性に気がついたようだ。恐らく彼としては大した見返りなどは求めないのだろうが、彼の父が――カスタルディ王国の天空王がどう思うかは別ものだ。
「マティアス、どう思います?」
今度はリアンが僕に意見を求めてくる。
「レオンが急げ、と言うのならばそんな余裕はない。が、そうでないならその限りではない。
つまりすぐに攻め込みに行くのか、そうでないのかだろう? すぐに行動を開始せずとも、僕らがここを留守にする間のことについては考えねばならないことや、整えばならないことがたくさんある。むしろ、早くしろと急かされるほど、それらのことについては急いでやらねばならなくなるからな」
「進捗はどのような具合で?」
「全体の5割に届くかどうか……といったところだな」
レオンへ目を向けると眉根を寄せていた。
いつもの考えている時の仕草だ。
「分かった……。それ、急ぎめだと何日で終わる?」
「15日はもらいたいな」
「んじゃ、マティアスはそれをやってくれ。ユベール、15日以内に全部の交渉を終わらせたいんだけど、言い出しっぺなんだから協力してくれよ?」
「俺にできることなら」
「リアン、交渉誰にさせる?」
「陛下がご自身で行かれます? 天空王とは懇意なのでしょう?」
「え、マジで?」
「冗談ですよ……。ええと……ロビン、どうです?」
「え、僕? いいけど……」
「では決まり」
「早いよ……」
すぐさまロビンが交渉役に決まり、本人がぽつりとその判断の早さに何やら諦念の意を込めた言葉を吐いた。即決したあたりはリアンの信頼なんだろうが、ロビンは慎重なやつだからか、やや不安そうな面持ちをする。
「そんじゃ、各自、やることやってくれ。
15日後には乗り込んで、ナターシャを討つ。以上っ」
レオンが卓を立ち、会議室を出る。
その後をエノラとイザークがついて行った。
「ではユベール王子、ちょっとロビンと打ち合わせたいので、それが済み次第、カスタルディへお願いします。よろしいですか?」
「ああ、分かった。いいだろう」
「でもリアン、僕が留守にしたら家のこととか……」
「問題ないですよ」
リアンとロビンが、リュカとミリアムが、それぞれに会議室を出ていく。
何となく残っていたがひとりになったところで僕も椅子を立った。そこでユベール王子が目につく。
「ユベール王子」
「っ……何か?」
声をかけると王子は少し驚いたように目を大きくした。
特に大した用事があって声をかけたというわけではない。ただ、興味はあるのだ。ドラグナーという空の戦士について。若年ながらこの王子は天空王を除くカスタルディのドラグナーの中で、最強なのだと言う。そこに興味がある。
「僕はマティアス・カノヴァス。レオンとはあいつが今のフィリアほどの年のころからつきあいがある。ちゃんとした自己紹介はしていなかったな」
「俺はユベール。カスタルディ王子だ。レオンハルト王とは聖竜祭で競い合った」
律儀に返してくれるやつだ。
握手をすると、その手からはすでに獲物を握り続けることでできるマメの硬くなった痕が感じられた。
「ドラグナーというのは、ワイバーンに乗って戦うんだろう? どんな感じなんだ? あまりワイバーンに乗ったこともないし、レストには数回乗ったことはあるが、手綱を握らせてはくれなくてな。馬とは違うのか?」
「馬は上下に移動することはできないと思う」
「それはそうだが……」
「むしろ馬は、ワイバーンとは違うのか?」
「馬が飛べると思うのか?」
「……なるほど」
分かったことがある。
このユベール王子は、確実に馬に乗ったことはない。
そして僕は自分でワイバーンを駆って飛ばしたことはない。
「馬の乗り方を教えてやる。ワイバーンに乗せてほしい」
「それはできない」
「よし、では早速――えっ?」
何故かムリだと言われた気がする。
王子の顔を凝視すると、どうやら気のせいじゃなかったことに視線で気づく。
「何故だ?」
「ワイバーンは認めた者以外に手綱を握らせない」
「……レストは誰でも乗せるが」
「それは、レストだからだ」
なるほど、レオンだけでなくレストもまた普通じゃないということか。
だが僕もワイバーンに乗って自在に空を飛んでみたい。気持ちが良さそうなものだ。レオンに後ろに乗って、だとつまらない。ワイバーンに乗るのは僕だけ、それで飛びたいのだ。レオンの出る幕は一切なしで。だからレストに乗るというのも却下にしたい。のだが。
「難しいか……」
「それより、カノヴァス殿」
「何だ?」
「う、馬に、乗ってみたい」
初めてこのユベール王子から、少年らしさを感じた。
エンセーラムには少数の馬がおり、それに乗せてやろうとはしたのだが――ユベールの相棒であるワイバーンのウォークスが用意した馬を威嚇して怯えさせてしまった。ワイバーンの嫉妬深さを目の当たりにしてしまった。
安易にワイバーン乗りになるという考えを持つのは、面倒なことなのかも知れない。
僕は馬で我慢することにしておこう。




