孤独と郷愁と
「元気にしてたな」
「ああ。まあ、僕の子だから当然だがな」
スタンフィールドでの用事が終わった。
きっちりマティアスは魔法士育成の件についての交渉をしてくれたし、その後でセラフィーノとマオライアスと合って話もした。
未来じゃあセラフィーノは死んでいて、それはナターシャが関与したせいだろうと推測されていた。だが、そうなったのはエンセーラムが滅亡したのが原因だったはずだ。つまり、これからの俺達の行動でヘタを打たなければセラフィーノは守ることができる。
それよりも俺が不安なのは――マオライアスの方だった。
未来じゃマオライアスは生きていた。だが、挫折を重ねて心をすり減らせていた。どうにか前は向けるようになったが、あいつが出奔した原因は自分と周囲の人間関係とを比較した時の劣等感によるものだ。
親父のマティアス、血の繋がったお袋のヴァネッサ、でもって親友のセラフィーノ――。どいつもこいつも腕が立つ。マオライアスだって未来で見た限りじゃあ充分な強さを持っていたが、それでも自分自身の中にある理想に届かずに出奔して、アイフィゲーラ大陸まで渡って行っちゃったのだ。
エンセーラム滅亡を回避したことで、あの未来を避けられるかどうかはちょっと分からない。
だが。
「なあ、マティアス」
「何だ?」
「マオライアス……クラウスと同じくらいにかわいがってやれよ」
「……何を言ってる。僕を誰だと、思っているんだ?」
「いや、お貴族様の子育てってのがどんなかは、いまいち分かってねえもんで……」
何かイメージ、厳しそう。
マオライアスが島にいたころも、けっこう高圧的っていうか、ああしろ、こうしろ、って感じに見えたし。そういうのが合わねえのもいるからなあ、特にマオライアスみたいな不満を溜め込みそうなのは。
「マオなら大丈夫だ」
「お、言い切るじゃんか」
「この僕、マティアス・カノヴァスの息子だぞ?」
「……そうかい、じゃあ何も心配しないどく」
「キミに心配される覚えがそもそもない」
「へいへい」
大丈夫だと親父が言ってるんなら、そういうことにしておこう。
何だかんだでマティアスはいいやつだ。それに優秀だ。俺なんかとはデキが違う。それが胸を張っているんなら心配はしないことにする。挫折するようなことがあったって、エンセーラムに帰ってくりゃあマティアスもいるし、ミシェーラだっている。それにクラウスっていう腹違いだけど弟までいるんだから、打ちのめされて再起不能になることもないだろう。
スタンフィールドでの用事は全て終わり、エンセーラムへと帰った。途中でオルトのところへ寄ってセラフィーノの様子も教えてやっておいた。マティアスはオルトと会うのは初めてだったようだが、オルトの食えないところは理解したようだった。
「キミがどうして、レヴェルト卿を後見人として学院に入学できたのか、よく分かった気がしたよ」
レヴェルト邸を後にしてからマティアスはそんなことを疲れたように言ってきた。
よせやい、と照れて見せておくとハッと何やら言いたげに鼻で返事された。
そんなわけでマティアスとの小旅行が終わった。
夜な夜なうちの子自慢をしたり、どっちがミシェーラのことをよく知っているかなどと言い合ったりと、まあ楽しいと言えば楽しかった。ロビンとは学院にいた6年間で色々と知ったが、マティアスとはじゃれつくような関係性ばかりで、あんまり腹を割って話したこともなかったような気がする。
だが、今回の小旅行でもじっくりと語り合うことなんてなくて、言い合うことは何度もあったがマジメな話をすることはなかった。
昔はガキんちょに何を話そうが、みたいな気持ちがあった。それは確かだけど、それが影響しちゃっているのか、それとも、そもそもマジメに話すことがないのか、真面目腐ったことは恥ずかしくなってしまう。何か問題がありゃあ、それについて頭をひねって真剣に議論――っていうのはあるけど、それ以外ではやっぱりどうしてもできない。
いっそ、小難しいことを考えるのがもう嫌になってきちゃったせいとかか? 体感――ってのもおかしいけど、もう、半世紀分以上は一応、記憶的には生きてることになっちゃってるし、疲れなのか? よくよく考えれば、中身は俺もシニア突入目前ってことだよなあ。
そこまで考え、ふと、思った。
ナターシャは俺の何倍、ただただ帰りたいだけで生きてきたんだ?
あいつのやったことは許しようがない。それでも、俺と違ってこの世界を何だかんだで楽しんでいるということもなく、ただただ帰るためだけにずっと休まず行動をし続けている――のだとしたら。
中途半端に俺や聖女が再現する、見知ったものは安堵の対象ではなくて郷愁を強く掻き立てるもので。何だかんだで順応して生きちゃっている俺や聖女は、安穏としている愚か者――くらいにしか見えないのだろうか。
だから、消したくなる。
だから、執拗に殺そうとしてきた。
そういうことだったりするんなら、思い通りにはなってやらないが同情くらいはしてやろう。
孤独なのだ。
強い意思をもって孤独で居続け、帰ろうとしているのだ。
その気になりさえすればきっと打ち解けることはできるし、この世界の言葉を話していたのがその証拠だったのだ。しかし、順応して生きることは拒絶して帰る道を選んだ。
もし、俺もどうしても帰りたいという気があったら、ナターシャのように必死こいていたんだろうか。他の何を切り捨ててでも、例え異世界であろうと、そこに住む人を傷つけてまで、帰ろうとしたのか。
できないだろうな、俺は。
分からないが、多分、ダメだっただろう。
情は沸くし、揺れ動く尻尾に心が奪われただろうし、俺の意思はそこまで強固にはなれないだろう。
可哀想なやつだろうが、止める。
殺さないと止まらないのだろうから、殺す。
あっさり殺すとか考えられちゃうらへん、俺もかなりこの世界に順応しちゃってるのかも知れない。でも仕方がないのだ。命はあっさりと消えてしまうのだ、この世界は。
つまらないことで死ぬし、あっさりと奪われる。人道的、なんて言葉は使われない。避妊もできやしないから、ベッドに入る時に右足から入るみたいなことを本気で信じているような感じなのだ。それでぽこぽこ子どもは生まれる。同じ分だけ、どんどん死んでいく。
よくよくそういうのを考えると、あれだな。
あゝ無情。
王宮に帰ったと思ったら、壊れかけてたはずの王宮が、さらにぶっ壊れていた。
それに目を見張ったがイザークが黙々と片づけをしていたのを見て、非常事態はすでに去ったものと判断しておいた。
「何があったんだ、これ?」
「…………」
片づけをしていたイザークの近くにレストで降りて声をかけた。イザークは肩をすくめるような仕草を見せて瓦礫の片づけを続ける。何かが焦げたような、爆発でもあったかのような様相だった。地味に焦げ跡もある。
「あっ、レオンハルト様……! おかえりなさいませ!」
「ああ、マノン……。これ、何だ?」
「これは……先日、ディー坊ちゃんが……」
「ディー?」
「その、癇癪を起こされた時に……」
「マジでか」
そう言えばちっちゃい子が癇癪で魔法を発動させて、時たま事故を起こすとか聞いたことあったけどフィリアはそういうのなかったんだよな。癇癪を起こすほどの気性じゃなかったとでも言うのか。でも、そうか。ディーがとうとう、やらかしたのか。
「あの、レオンハルト様、ディー坊ちゃんを叱るのは……」
「ん? 叱らねえよ、別に。いやー、魔力欠乏症が遺伝しなくて良かったぜ、ほんと。何かこう、お祝いとかするもんなのか?」
「え? いえ……」
「なんでえ、つまんねーの……。祝おうぜ」
「お、お祝い、ですか……? 癇癪なのに……」
「だぁーって俺、魔法なんか使えねえし、立派じゃんかよ。怪我人は? いたか? いたなら、まあ、ちょっとお祝いもなあ……」
「いませんけど……」
「じゃあいいじゃんか。よしっ、ディーの癇癪祝いパーティー、開催決定!」
たっぷり誉めてやるとしよう。
何かもう、フィリアもディーもかわいくてたまらないのだ。