懐かしのせんせー
「不思議な気分だな」
「ほんっと、野郎とニケツで来ることになるたぁ……」
「にけつ?」
「いや、何でも……」
マティアスと連れ立って2人きりで遠出するってのが、実は初めてかも知れないななんてことも思う。
学術都市スタンフィールドの、王立騎士魔導学院へと来ている。ロビンとリアンとラルフが金狼族の集落から里帰りしてすぐだった。
ここへ来た目的は大きく2つ。
セラフィーノとマオライアスがちゃんとやれているか、様子を見に来たこと。そしてちょっとした交渉をするためだ。前者だけなら俺だけでも良かったが、交渉ごととなるとあんまり自信がないからマティアスと来ることになった。
「待ったかね」
学院の豪奢な応接間で待たされること数十分で、学院長がやって来た。
前に竜退治の時に会った学院長じゃなくなっている。まあ、それなりに時間が経ったし当然だろう。
「お初にお目にかかります。わたしはマティアス・カノヴァス。現在はエンセーラム王国において、特別軍事顧問を務めています」
特別軍事顧問――ねえ。
今のとこただの鬼教官でしかないのに。ゆくゆくはマティアスに任せるつもりじゃいるけど。
「そして、こちらはレオンハルト・エンセーラム。
エンセーラム王国の建国王にして、偉大なる王に名を連ねる方です」
ご大層な紹介をどうもありがとさん。
「して、ご用件は?」
学院長が俺たちの向かいのソファーへと腰を下ろした。
マティアスの前情報によれば、この学院長は騎士団の要職にあったそうだが引退して後進育成のために学院長へ任ぜられたそうな。確か地位は侯爵だったっけかな?
「この度、エンセーラム王国では魔法教育に力を入れる方針となりまして」
マティアスが交渉を開始する。すでにディオニスメリアとは書簡でやり取りをしていた件だ。国防という観点から優秀な魔法士の育成は超重要らしい。まあ、何となくは分かる。
でもって、今はあまりそういう魔法士の育成の基盤ができていないのだ。せいぜいユーリエ学校でロビンが魔法クラブをやっている程度。それだけでは専門的な魔法士の育成はどうしてもできない。そこで、魔法士を育てるための学校を新たに作ろうということになった。
必要となるもろもろはあるが――やはり優秀な魔法士の講師が必要なのだ。そこら辺はまあ、ちょっとずつでも集められるのだろうが、魔法士育成のカリキュラムというか、どういう設備が必要で、どういう方法でやっていけばいいのか――みたいな教えるための方法論がない。だから、そういう諸々をちいと協力して教えてくれよ、というわけなのだ。
ついでに人材なんかも寄越してくれたら嬉しいなー、なんて。
まあこっちとしてもそれなりの見返りはディオニスメリアに提供することとなったが。
交渉をマティアスに任せたまま、俺はソファーで黙って待つ。
頭脳労働は俺の仕事じゃないのだ。頭脳労働以外をする王様ってのも変な話かも知れないが。いや、そもそも王様ってのは働くもんなんだろうか? 多少は働くか。
だがもう、ほんとに何一つ口を挟む理由がなさすぎたので、ふらっと消えることにしておいた。マティアスに一言だけ「暇だから」とだけ言って出ていった。何か言われかけた気はしたが無視してドアを後ろ手に閉めておいた。
しっかし、ちらほら懐かしい。
前にスタンフィールドに来た時は白昼堂々、エドヴァルドに殺されかけたっけ。レストがいてくれなきゃ死んでたな。あんなに俺を目の敵にしたのは、やっぱ自分の嫁を寝取られて生まれたからなのか……。ムリもないようには思えるが、当事者からすりゃあはた迷惑としか言いようがないな。
一足お先にセラフィーノとマオライアスがどうしてるかと見に行くことにした。が、どこの寮かも分からないし、寮の名前を言われたって辿り着けないことに気がついたので、気ままに学院内をぶらぶら歩くことにした。こういう時、上下にとんでもなく階層が広がっているこの学院だと下へと向かうことになる。だって階段をわけもなく上がりたくはない。下りていくのは問題ないけど。
何となくでぼんやり歩いていくと、ちょっと懐かしいところへ出た。フォーシェ先生の研究室のすぐ近くの通路だ。魔法の授業がある度にやってきて、よく分からん研究につき合わされたっけ。魔力中毒が雷神パワーで治ったとか言ったらどんな顔をするんだろうか。
まあ、顔合わせたくないけど。
もういい年で、いまだに独身な図がすぐ浮かぶし。
そこにこっちはもう子どもいますとか、地味に狙ってたというか焦りからすがってたロビンも結婚してますとか、残酷すぎて言えやしない。うん。好き嫌い以前のところで会えない。
そっと研究室の近くから立ち去ろうとしたら、丁度ドアが開いた。
ばったりと、出くわす。黒い尻尾がゆらっと揺れる。眠たげというか、疲れが丸見えの半開きの目がゆっくり俺へ向けられる。現役かよ。ていうか、おかしいぞ? おかしい。
「すんすん……この匂い、まさか……レオン?」
「フォーシェ先生……何で、まだ若いんだよ……?」
おかしいぞ。オルトと同期だとかだから、もうそれなりな年のはずなのに多めに見積もったってせいぜい30台中盤くらいにしか見えない。何歳サバ読める見た目してんだってくらい、何かもう若い。
「大きくなったわね。全然、音沙汰ないからどうしてるのかと思ってたけど」
「いや……何でフォーシェ先生、若いの?」
「わたしは魔法士よ?」
「何でもありかよ……」
「ちょっとお茶していく?」
「……ただ、茶ぁしてくだけじゃ済まなそうだな」
分かっちゃいたが了解し、懐かしの研究室へと入った。でもって、何か懐かしい色んな研究につき合わされる。魔石を握らされたり、あれこれだ。魔力中毒が治ったことについての推測を話しておくと、興味深そうに聞いていた。
学院を卒業したのは、確か12、3歳。すっかり背も伸びきった今となっては、何だか懐かしいような、目線が高くなって新鮮なような、変な気分になった。
「何で俺ってすぐに分かったんだ?」
「匂いがあまり変わっていなかったっていうのと、目つきかしらね。あと髪と目の色」
「……そんなに目つき変わらないか?」
「全然」
「ああそう……」
研究とやらにつきあってからは、フォーシェ先生と茶飲み話をした。直接尋ねてはいないが、まだ独身だろうなということは分かった。あと容姿の若さを保つ魔法について色々と語られた。これを使えばディオニスメリアのお貴族の淑女方から、莫大な金を巻き上げることもできるだろうと。
ただし、フォーシェ先生は獣人族だからそういう商売を自分でやれはしないだろうとも。最悪、獣人族だからという理由だけで不当な扱いをされて、金を稼ぐどころじゃなくなりそうだとは俺も分かる。
「それでレオンは、今は何をしてるの?」
「え? ああ……知らないのか。まあスタンフィールドだし、なかなか聞こえてはこない、か……」
「何が?」
「いや俺、今、エンセーラム王国ってとこにいるんだけど」
「ふうん。何、腕っ節活かして?」
「まあ、そんなとこ?」
「あらそう……」
「王様やってんだけどな」
「ふうん、王様――王様っ!?」
いい反応をしてくれて思わず笑ってしまった。
尻尾がピンと立ったところも素晴らしい。フォーシェ先生は結局、俺をたぶらかすように誘ってきて、一度の尻尾タッチも許してくれなかった。だが、やっぱりこの尻尾もいいものだ。
金狼族みたいな、ふわふわの毛がいっぱいついてるのもいいけど、ザ・尻尾というようなこのオーソドックスなタイプの猫尻尾もまた……。
「嘘じゃないのよね?」
「まあ……」
「何しにきたの?」
「あー、うーん……うちの国で、魔法の学校みたいの作ろうと思って、そのもろもろでちょっとな。マティアスも来てるんだけど」
「あら……。じゃあ、わたしが行きましょうか?」
「え?」
「もうそろそろ、場所を移していいかなとか考えてたのよね。わたしがここで、何百どころか、何千の魔法士を育ててきたかは知ってるわよね? どう、レオン?」
願ってもみない話だった。
言ってしまえばロビンの先生でもあったわけだし、魔法士を育てるためのノウハウもフォーシェ先生はよく分かってるはずだ。何十年、ここで教えてきたか尋ねちゃいけないだろうな、と思える程度のキャリアはきっとある。
来てくれるなら歓迎すると返しておいた。
「で、若いのはいるのよね?」
「……まあ、一応?」
「ふっふっふ……」
若さを保つ魔法だか何だかを作ってまで、いよいよ本腰を入れてるのか。
だけどもう、色々と手遅れなんじゃあないんだろうか。目が獲物を狙ってるそれになってる。怖いのは、こんなフォーシェ先生でも尻尾があるから、ディーらへんが引っかかりゃあしないかってところだな。大丈夫だよな、うん、きっと、多分……?