持つべきものは
サフィラスは元気だ。毎日、フィリアとディーが一緒になってサフィラスの餌になる虫なんかを手づかみでちゃんと調達してくる。時には土ごとひっくり返して持ってきたりしないと間に合わないくらい、サフィラスは食べる。
ユベールによると生まれてから5週ほどは昆虫食で、そこからはもう何を食べても大丈夫になってくるだろう――ということだ。もうちょっとしたらレストと対面させてやってもいいかも知れないと思っている。
そして、そろそろ本格的にナターシャの件で動き出すことを決めた。
王宮の会議室に呼びつけたのは、リュカ、リアン、マティアス、ロビン、エノラ、イザーク、ミリアム。デッカい長方形の木製のテーブルにそれぞれに就き、俺が知りうる限りのナターシャの情報を――生まれ変わりのことを伏せて教えた。
不死の人間を造り出せること。その際にカルディアを取り出さねばならないこと。このカルディアを用いて別の世界に行くなどという意味不明の企み(ということにしておいた)をしていること。
この世界はナターシャにとってはまがい物であり、俺や、聖女がもたらしてしまった様々なものを目の敵にするということは――黙っておいた。だがどうせこの世界からは去っていくという理由から、破壊活動をしていることは伝えておいた。
そしてナターシャの戦力についても。
シオンのような不死の人間。30年後には1頭仕留めるだけで骨が折れそうになるキメラの存在。転移魔法という禁忌の魔法。キメラの話題に触れた時、マティアス、リアン、ロビンがそれぞれ反応をした。
「そのキメラというのに、僕らは遭遇したことがあるかも知れん」
「ロビンの故郷から立ち去る時、最後に遭遇した……あの謎の魔物ですね」
「当時の僕らが3人がかりでどうにか仕留められた、あの変な臭いのやつだ……」
どこで遭遇したのかと、未来から持ち帰ってきた未完の世界地図を出して尋ねると、ヴェッカースターム大陸の南端に近いところだった。ヴェッカースタームは北部のダイアンシア・ポート近辺以外は丸ごと高く険しい山に囲まれ、海からも切り立った崖にしか行けない。だが、翼を備えているキメラならばそれを飛び越えて入ってくることができる。
キメラと遭遇したという地点の西方にはナターシャの拠点と思しき場所がある。そこから実験か何かで放って金狼族にぶつけ、強さをはかろうとした――という推測に行きついた。
「それでレオン、ナターシャについては分かったが……これを僕らに教えたということは、何かするんだろう?」
一通りの長い話が済んでから、マティアスが冷めきった茶を一口含んで尋ねてくる。俺がこの時代に帰ってきた後にも伝えていたことだが、改めて本格的に動き出すために確認の意味合いを込めて語ったのだ。前に語った場にはいなかった顔もある。
マティアスの問いに頷いてから、卓に集っている全員を眺めた。ここに呼びつけたのは、戦いになった時に戦力として信頼ができる面子だ。
リュカは未来では死なせてしまったが、最後まで戦い抜いてくれた。マティアス、リアン、ロビンは、今さら語るまでもない。イザークの実力はいまだに未知数で、年齢から衰えも始まっているだろうとは思うが留守を任せるのにこれほど頼もしいやつはいない。エノラは泉の神との因縁を完全に断ち切った今、加護の力こそ使えないまでもロビンやミシェーラさえ凌ぐんじゃないかと思えるとんでも魔法を使える。ミリアムも有事を考えた時、事情を知らせておいた方がいいだろうと判断した。
ユベールも呼ぼうかと思ったが、あいつはカスタルディの王子という身分もあるだろうと思ってやめておいた。
「もうナターシャが直接、この国に乗り込んでくることはない……と思える。だけど、だからと言って安全が保証されたわけじゃない。シオンはまた沈黙に入って、今度こそ超厳重に封印はしてるが……ナターシャはそんなもんあっさり解除しかねないからな。
だがもう後手に回る必要はない。居場所は分かってるし、今ならキメラだってまだそこまで量産もされていないはずだ。こっちから乗り込んで確実に仕留める」
そこで一旦、言葉を区切った。
「……頼む、協力してくれ」
頭は下げないでおいだ。
何かが違う気がして、テーブルに両手をついたまま首を巡らせて全員を眺める。
「分かりました。この国に戦略魔法を持ち込み、発動させようとしたことについても、きっちり落とし前をつけなければなりませんしね」
「僕も乗ろう。あの手の女を見捨てておくことはできんからな」
「そうだね。僕もやれることなら、何でも協力するよ」
リアン、マティアス、ロビン。
「俺も、何か……心臓なくなっちゃってから、いっくら食べても全然満腹にならないのに食べれなくなっちゃってつまんないし、シオンだってあのままにしたくないし、ナターシャは悪者だ」
リュカ。
「あなたがそうと決めるのなら、わたしは異見しない」
エノラ。
「ナターシャは……マディナの仇だし、わたしだってやりたい。それに、一応、師匠がここに呼んでくれたってのは、ちょっとは信用してくれてるんでしょ?」
「ああ」
ミリアム。
最後にイザークへ目を向ける。
まあこいつは黙ったままだろう――と思ったら。
「俺の振るう剣は、主のためにある。拝命する」
喋った!!!
リュカ以外の全員がイザークの発言に目を剥いた。
「……まあ、そういうわけだ。
こっから先はリアン……よりもマティアスの方がいいか?」
「ああ、その判断は賢明だ」
「おやおや、こういうのもいけるとは思うんですがね」
「ただでさえこの国の色々をやってるんだから、ちょっとは手を出すの控えようよ……」
おうおう、旦那に呆れられてんぞ、宰相様。
俺もめちゃくちゃ助かってるけど、さすがに何でもかんでも投げるわけにはいかないからな。
「とにかくナターシャの拠点とやらへ乗り込むには転移の扉とやらがある祠を見つけねばな。だが、ディオニスメリアは遠いし、トーネリアスの立入りは禁じられていて、面倒だ。他のどこか、近い場所の扉を探すしかないな」
「ヘスティル山……の方が遠いし」
「ま、そうなるか……。確か、えーと……あとは、アイウェイン山脈のどっかとか聞いたけど、それもな」
どこから行くか、ってのもなあ。
レストに乗れる人数には制限があるし、あまり遠すぎない方がいいんだよな。
「大チェントロ山にもあるのかな?」
「あん? 何それ?」
ロビンがぽつりと呟いて聞き返した。
「大チェントロ山っていうのはヴェッカースタームにある、大きい山だよ。チェントロ川っていう大河があるんだけど、それを遡っていくと辿り着くんだ」
「……あっ、何かそれっぽいこと聞いた気がしたな……。そうだ、きっとそれだ。大チェントロ山……か」
「あ、本当はちゃんと別に名前あるらしいんだけど、ヴェッカースタームではそうやって呼び親しまれてるってだけで……」
「あいあい、いいんだよ、そういう細かいとこは」
「ヴェッカースタームなら、比較的近いですしね。それにどこかの誰かが管理している、ということもないはずです」
レストならここから1日もかからないで行けちゃう距離だ。
ちょっと行くのは大変かも知れないけど、許容範囲内だろう。
「しかし、その扉というのは封印がされているんだろう?」
「ああ、何だっけ……解錠魔法ってのがないとダメっぽいんだけど……」
「使えるよ」
「あたしも」
「頼もしい限りで……」
「では大チェントロ山の調査をし、祠を探させよう。人員をどうしたものか……」
「それならばマレドミナ商会から誰か遣わせましょう。土地勘のある者を」
「そうしてくれ、リアン」
次々と話が決まっていく。
やっぱりこういう時になると思い知る。持つべきものは、仲間だ。