海の宝石
危うく、リュカがロリコンになるところだった。
いや別にこの世界、ふつーに10歳未満の嫁をもらったりするようなヘンタイとか、考え方もそこまで特別に珍しいことでもないんだけど、とにかくリュカがそんな変態性を持っていなくてほっとした。
マルタはただ単に寝る場所を提供してほしい、というような意味合いでリュカにお願いをしようとして緊張から口を滑らせた言い回しになっただけだったらしい。でもってリュカはリュカで、いい年してエロ知識が詰め込まれていないから、寝る=夜の営みというのを――そもそも夜の営みを理解しているかもいまいち不明だが――若っていなかったからあっさり了承したのだ。
でもって、俺はリュカがロリコンだったのかと内心で焦り、ユベールも若いわりにしっかりそういうのは分かってるようで目を剥いたわけだ。
「しっかし、イグニアスにはあれか? あっち行け、こっち行けって使いっ走りみたいなことさせられてんのか?」
「は、はい。そこで、わたしがお役に立てることがあるって……」
「ほーん……」
とりあえずちっこくても神官なんだし、ということでお客様待遇にしてやることにし、イザークに晩餐の用意をさせといた。晩餐とはちょっといつもの晩飯よりも立派になるくらいのもんだ。
「イグニアスの啓示に従わないと恐ろしいことになってしまう、とは有名な話。その啓示をずっと聞き続けなければならないイグニアスの神官というのは、まだ小さいのにすごいことのように思える」
「い、いえ……。それは間違いなんです」
「間違い?」
「確かにイグニアスが姿を現して啓示をしたことに従わなければ、大変なことになってしまうという伝承はあります。けれどわたしが聞くような啓示にはそういったことはなくて、何ていうか……危機感のあることはありますけれど、そこまで強制力を持ったものじゃなくて……」
よく分からん。
俺にはあんま関係ないからいいけど。
エンセーラムで育てられた豚のソテーを、マルタは上手にナイフとフォークで食べている。ちっちゃいのにしっかりしてる。それから、一応ということでこの席にいるリュカへ目を向けると、スープをがぶがぶと飲むし、フォークで肉をぶっ刺して直食いで噛みちぎるというワイルド極まりない食い方だ。
うまそうに食ってるのは誉めてやるんだけど、何かこう、マルタと並んじゃって見ると、もう……。
「あっ。あの……エンセーラム王」
「ん? どした?」
「ユベール王子から、ここは十二柱神話の国だとおうかがいしています」
「ああ……まあ別に、そう定めたってわけじゃあねえけど、そういうことにはなってるだろうな」
「灯火神の教えを広めても、問題はないでしょうか……?」
「んー……俺は別にいいけど、雷神と灯火神と、どっちがいいとかで揉める原因にはならねえよな?」
「なりません」
「なんないよ」
マルタとリュカに即答された。
同じ宗教でも派閥が違うとかで揉めたりはあるかとやや不安になったが、杞憂だったらしい。でも灯火神ってのはどんな教えだっけか? まあ、悪いことじゃないだろうし、いいか。
「おとうさん、おかあさんっ!」
「んっ? どうした、ディー?」
「卵!」
「卵? まさかっ……!?」
「生まれそう!!」
「すまん、外す! 好きなだけ飲み食いしてけ!」
食堂を出ていき、ディーを脇に抱えて走った。
卵を安置しておいた部屋までいくとフィリアがじっと見守っていた。卵にはすでにヒビが入り、そこを内側から押し壊そうとしている。息を殺しながら俺たちはそれを見守った。
ヒビが広がり、殻が押される。その中から小さい鼻先が見えた。
「おおお……?」
「わあ……」
ぺきん、と小さな音を立てながら卵の中から、ようやくワイバーンの赤ちゃんが姿を現す。自分で破って空いた穴から這い出てきていた。くりっとしたつぶらな目。ころころした、いかにも動物の赤ちゃんという感じの体つき。薄いグレーの毛が全身を覆っている。まだ卵の殻の中にあったと思われる粘液めいたものにまみれていて毛はぐしゃぐしゃに張りついてしまっている。
レストよりも鳥に近い。前足はなく翼になっている。やっぱりレストが特徴的な個体なんだと認識しつつさらに見守っていると、かわいらしくピイピイと鳴き出した。
何だろうな。
この、動物特有のかわいさっていうのは。
しっかりもふリストであるフィリアとディーが完全に見とれて心を奪われているのが分かった。俺は大人だからそんな100パーセントで目を輝かせたりはしない。せいぜい80パーくらいなのだ。
「よーしよし、今拭いてやるからな。マノン、布」
「はいっ」
すでにマノンが俺を追いかけてきていたのは分かっていた。言いつけると、パッと柔らかい布を出してくる。片手で持ち上げて膝に乗せ、布で産まれたてのワイバーンを拭いてやる。ざっと拭いてやるとすぐに羽毛のような全身の毛がふわっと盛り上がった。おずおずとフィリアとディーが手を出して、ワイバーンを撫でる。俺も撫でる。
もふもふである。ふわふわである。ふわもこと言える。
これ何て柔軟剤使ったの、ってくらいだ。サイズは小型犬ほどだが、産まれたてだからかちょっとの力で壊れてしまいそうなくらいに弱々しく感じる。
しばらく撫でていたらマルタが顔を出した。
「あの、エンセーラム王……」
「おう。メシ食ったか?」
「あ、はい……。ありがとうございます。あの……」
「ん? 撫でるか、お前も?」
「いえ……カスタルディ王国では、ワイバーンは竜に近しい神聖な生きものということで、あんまり……そうやってかわいがることはなかったので、良いのかと……」
「えっ」
触っちゃダメな感じ?
不安そうな面持ちでマルタは見てくる。遠慮がなくなっているフィリアとディーはめろめろでぽんぽんと叩いたり撫でたりしている。
ただ単に宗教的な理由でかわいがっちゃいけません、っていうのなら別に大丈夫なんだろうけど。でもそういう決まりって大概、何か理由があって、それを宗教上の理由で、って名目で禁じるようなこととかもあったりなかったりするんじゃないか? けどレストはもう俺とキャスでかわいがりまくってたしな。どうなんだ? レストがたまたま、無事に大きく元気に成長してくれただけであって実は良くない育て方をしていたとか……。
「……マズいか?」
「いえ……すみません、わたしはあんまりワイバーンの生態に詳しくはないので……」
「マノン、ちょっとリュカにユベール呼んできてくれって伝えてくれ。多分、ロビンのとこか、マティアスのとこにいるはずだから」
「分かりました」
「フィリア、ディー、ストップ。そーっと離れろ」
「やっ」
「やっ、じゃないの。俺だってやなの」
フィリアには反抗されたが抱え上げた。
産まれたてのワイバーンはまだ目が開いていないようだったが、無遠慮に触ってくる手がなくなったからかぶるぶるっと身震いをしていた。
宰相官邸でリアンと熱い聖剣トークをしていたというユベールはすぐに駆けつけてくれ、生まれたワイバーンが何という種族なのかとか、どんな風に育てれば良いのかとか、てきぱきと教えてくれた。ドラグナーはワイバーンのスペシャリストらしく、それくらいの知識は当然のように頭に入っているものらしい。
で、例のあんまりかわいがっちゃいけません問題については、ぞんがいあっさりした回答をもらえた。
「ワイバーンは情に深いけれど、大抵の場合、人の方が先に逝ってしまう。だからあまりかわいがりすぎて自分が死んだ時に悲しませることは良くないという考えによるものなんだ。けれどレストを見ていて、あいつはすごく人懐っこいし、人と触れ合うのが好きみたいだから、大勢で愛情を注いで育てる分には問題ないと思う」
そんなわけで、かわいいかわいい、我が家の一員が増えたのだった。
名前は開いた瞳が綺麗な青色だったことから、サフィラスと名づけられた。海の宝石という意味がある、らしい。
しかし悲しいことに、フィリアとディーがサフィラスをかわいがりまくり、あんまり俺の出る幕がなくなった上に、軽くレストに嫉妬されて突つかれるのだった。何か、釈然としない。




