そして新たな未来へ向かって
「……フィリア、ディーは?」
部屋に戻った。
声をかけるとちらっと俺を見てから、フィリアはディーに向き直る。
相変わらずの、無視か……。
でもきっともうちょっと大きくなったら、変な誤解もなくなって普通に接してくれるはず。それまでの辛抱だ、と自分に言い聞かせる。
「……おとーさん」
「っ……フィリアっ?」
「さっきの、ひとは?」
「さっきの……ああ、フィ――フェーミナは、帰っちゃったよ」
相槌もなく、フィリアはまたディーを見た。
やっぱり寂しい。――と、そこで。
「おねーちゃ……」
ディーの声がした。
慌ててディーに近づく。
「おとーしゃ……」
「ディー……体、どうだ? つらくないか?」
「んぅ……」
とりあえず小さい額に手を当てる。
よく分からんが、熱いような気がしないでも……ない?
「何かほしいものあるか? 喉乾いてないか? お腹は? 食欲あるか?」
「わかんない……」
「わ、分かんない? そうか……」
どうしてやればいいか分からない。
でも目を覚ました。
それにほっとしたら、ノックの音がした。ドアが開いてイザークが入ってくる。どうやら作っていた料理を持ってきてくれたようだ。無言でディーのそばへ来て、煮込んだ米――粥を置く。俺、まだお粥は普及させてないんだけど、またもやイザークは自分で開発してしまったんだろうか。こいつすげえな、ほんと。
と、片手をディーの額に当てる。
それからポケットから、いつぞや見たことのあるトゲグリを出した。まさか、と思ったらそれを瞬時に魔法で凍結させ、窓を開けて、外に殻の残骸を捨てるようにして手際良く剥いてキャンディーを作ってしまった。先にディーに差し出してから、さらにもうひとつ出してフィリアにも与えた。
そして、やるべきことは済んだとばかりにまた無言で出ていった。
イザークって、ほんとにクールだ。
とりあえず、お粥をふうふうしながらディーに食べさせた。フィリアも食べるかと思って、試しに口元へ運んだら、長い長い沈黙の後にぱくっと食べた。
感動した。
フィリアもディーも天使だ。
エンセーラム王国に帰ってきたのは、夕暮れ少し前というころだった。
そしてミシェーラの出産が始まったのはちょびっと夕焼けになってきたかな、というくらいで、それから9時間ほどかかって元気な男の子を産んだ。9時間って長いんだろうか、短いんだろうか。エノラの時は4、5時間だったような気がするし、リアンなんてものの2、3時間だとか言っていた。リアンがヤバいが、そうなるとミシェーラはどうなるのだろう、分からん。
ともあれ、無事に産まれた。
どんな偶然なのか、エンセーラムが守られたのと同時に赤ちゃんが2人も産まれたのだ。しかもマティアスとミシェーラのとこと、ロビンとリアンのとこに。どっちかは女の子で良かっただろうとも思うが、まあ仕方がない。
それに、リアンが産んだ子は何と金狼族だ。見せてもらったがちっちゃい耳と、短い尻尾があった。それがもうかわいいこと、かわいいこと。フィリアも夢中になっていた。
ディーの熱は日が落ちたころにはもう冷めていた。
一応、病み上がりで安静にはさせたが、ご飯もちゃんと食べてほっとした。フィリアはやっぱり俺にはツンとしてくるのだが、エノラもマノンも手が放せず、リュカもいないとなれば世話をしてくれるのが俺だとは分かってるようで、すごく不本意そうにしながら世話を焼かせてくれた。
ものすごく長い1日に感じられた。
ミシェーラのお産が終わってから王宮に家族4人、それにマノンとイザークで帰ったがすぐさま眠気がやってきた。フィリアとディーを寝かしつけ、戦いがあって壊れていた王宮の片づけは明日にしろとマノンとイザークに言いつけ、風呂に入ってようやく寝室に来られた。
「あの娘は何者だったの?」
「……すげえ突飛なこと言って、信じてくれるなら言う」
「嘘じゃないと誓うのなら聞いてあげる」
「……フィリアだよ」
「フィリア?」
「未来の……30年後のフィリア」
同じベッドに入り、エノラと一緒に天井を見ながら教えた。
無事に終われたから色々なものを発散して、エノラとハッスルするつもりではいたけど、疲労を性欲が上回ったので気がついたら朝になっていた。どこまで何を、未来でのことをエノラに話したかも覚えていなかった。
フィリアとディーに起こされた。
いきなり腹にどすんと衝撃がきて、見ればフィリアとディーが俺の上に乗っかってて、けっこう高いとこまで日も昇ってた。もう、たまらなくかわいくて、なくさなくて良かったという気持ちで、朝からフィリアに嫌がられながらも2人まとめて抱き締めまくってしまった。ディーが楽しそうにきゃっきゃと笑う。
良かった。
心底良かった。
だけど――まだ完全には終わっていない。
「マノン、しばらく……赤ちゃんが産まれて、大変だろうと思うからマティアスの家行って、ミシェーラのことを頼む」
「ほえっ? 王宮は、いいんですか……?」
「ちょっとくらい大丈夫だ。それよか、ミシェーラの赤ちゃんが大事だ」
「はい、かしこまりました」
「イザークも、あっちに行ってメシとか色々――」
サムズアップされた。
心得てる、という意味だろうか。
それとも、すでにそうしてきた、とかなんだろうか。
はかりかねたが頷いておいた。
さすがイザークである。
「んで……エノラ、ロビンとリュカなんだけど」
「今日はわたしが回復魔法をかける。2人とも体力はあるはずだから、早ければ今日にも目を覚ますと思う」
「……頼もしい限りで」
「それは当然のこと」
「エノラぁっ、今夜――」
「子ども達がいる前でそういうのはよして」
「ハイ」
「あっ、レオンハルト様」
「あん? どした、マノン?」
「今朝、リアン様がいらっしゃられて、お話をしたいと」
「分かった」
こっちもリアンとは話さなきゃいけなかった。
メシを食ってからディーと軽く遊んで、マティアスの家へ行った。リアンもロビンも、2人の赤ちゃんも、リュカも今はマティアスの家にいる。ロビンの家の地下にはシオンが閉じ込められているから、安全を期して避難しているということだ。
マノンに世話を焼かせるべく、レストに乗せて2人で来た。初めてレストに乗ったマノンはけっこう怯えていたが、やっぱりマノンがあくせくしていると見てて楽しくなってしまう。
何なんだろうなあ、マノンのこのたふたしてるとこが似合っちゃう感じは。
「じゃあマノン、頼むぞ」
「はいっ、お任せください」
家の中でマノンと別れて、リアンがいる部屋へ顔を出した。
並んでいるベッドは3つ。リュカとロビンが寝かされていて、もうひとつはリアンが使ったらしい。赤ちゃんはゆりかごにいて、リアンが軽く揺らしていた。
「おっす、リアン」
「こんにちは、レオン」
「……にしても、腹、ひっこんだな、見事に」
「ええ、出るものが出たんですからね」
「すっかり元通りって感じだな……」
「いえいえ、服の下に隠していますよ、色々」
リアンのイメージがお腹の膨らんだところで止まっていたから、スリムなのがやや違和感だ。でも、昔っからこんな風だったなと懐かしさも込み上げてくる。
「それで……レオン、いえ、陛下。
昨日、何が起きたのか、そして今後の対策について……お話しましょう」
「ああ。マティアスにも協力してもらいたいから呼んでくる」
「わたしが呼びに――」
「いいって。ママはちゃんと坊やと一緒にいろ」
「ありがとうとございます」
5分後に、俺達は顔を揃えて話し始めた。
まずは戦略魔法が放たれそうになった前後について、リアンとマティアスから訊いた。
それから、ナターシャがカルディアを集めていることや、キメラという魔物を造ること、不死の戦士を有していること、その本拠地へ行く方法などを語った。これらのことはフェーミナ――大人フィリアに訊いたということにした。
今は、島を離れるには不安材料――産まれたばかりの赤ちゃんがいて、戦いに行くなんてそうそうできない、ナターシャとの戦いに備えてリュカとロビンという戦力の回復を待たなければならない、などなど――があるから行動を開始できない。
だから有事に備えつつ、後日改めて本格的な会議の場を持つこととなった。




