剣精アイナとの決着
剣精アイナとは4度目の戦いになる。
最初はかろうじて下した。次に敗北をし、死んだことになった。
なかったはずの3回目で息の根を止めるには至った。
4度目となっても油断できる相手ではない。
だが、違和感があった。レストを笛で呼びつけ、機動力を活かして空から地上へ攻撃を仕掛けたりして戦いを展開しているが、最後にやり合った時とやや違っている。30年後にいて、体が縮んでいた影響かとも思ったがそうじゃない。腕のリーチや身長の違いによる視界の差はあれど、そういったものによる違和感ではなかった。
「死ぃぃいいいいねぇぇぇええええええええっ!!」
重力を無視するかのように高い木を一気に駆け上り、その頂上からアイナが斬りかかってきた。
レストが翼を広げて止まり、ニゲルコルヌをアイナに向ける。アンチマテリアル魔弾がその額をぶっ放して吹き飛ばした。だが頭をぶっ飛ばすことはできなかった。殺傷力を持たせた魔弾で簡単に頭蓋骨は撃ち砕ける。アンチマテリアルは使う魔力量なら、その10倍には相当するはずだっていうのに陥没もさせられない。加護による防御だろう。
バサリと力強くレストが羽撃いてアイナへ向かう。
肩まで地面に埋まっていたアイナがハンドスプリングをしたように飛び上がって、剣を振り上げてきた。真正面からニゲルコルヌとぶつかり合う。加護の術が発動されて俺とレストを取り囲んだ。
「レストォッ!」
「クォォォォッ!!」
素晴らしい反応でレストが直上へ飛び上がり、それを追いかけるように光球が激しく弾けた。
戦えている。
あれほど絶望的なまでに敗北したのに。
弱いと感じるほどではないが、充分に戦えてしまっている。
アイナが何らかの理由で弱体化――あり得るが、相対的なところだな。30年後の時点では泉の神の加護を最大限に持っていたが、今はまだそれを手中には収めていない。99パーセントと100パーセントでは全く違うのだと聞いているし、完全であるか、そうでないかの差で最後の戦いよりアイナは弱いのだ。
だがそれだけとは思えない。
俺の手足が完全に伸びきった状態だからというのも多少はあるんだろうか。感覚的にはあまり変わらないがやはりしっくりとはきている気もする。
でもそんなことだけで――とは思いにくい。30年後の世界でキメラやらナターシャやらと戦ってきたことで、多少なりとも俺の実力が上がっているのか。だが特別な感じはしていない。
「クソがっ、クソがっ、クソっ、ガアアアアアアアアアアアッ!!」
アイナの吼える声がする。
何度見たって、はた迷惑で可哀想な女にしか見えない。
ニゲルコルヌを手で回転させながらレストを飛び降り、一気にアイナへ振り下ろした。剣で受け止められ、アイナの足元が割れて地面に放射状のヒビが入った。振り払われかけたところでレストがアイナの背後から襲いかかって肩口を鋭利な鉤爪でこそぎ取った。すれ違いざまに鞍へ手をかけ、俺は中空へ飛び上がる。
とんでもない脚力でアイナが跳び、肉薄をしてくる。
その顔面へ、再びアンチマテリアル魔弾をぶっ放した。眉間の肉が飛び散ったのがゴーグル越しに見えた。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ぃぃぃねぇえええええええええっ!」
無数の光弾が無差別に出現した。空中に設置した機雷みたいだ。上空へ飛び上がろうかとも思ったが、レストが鳴いた。いける、と申告してきたように思えて、手綱を掴み直して身をかがめた。
光が炸裂しまくる。
大気を揺るがして炸裂しまくる光の中をレストが突き抜けていく。
ニゲルコルヌを思いきり投擲し、正面の光球を穿って爆散させ、尚もアイナへ迫った。それをアイナは叩き落としにかかったが、ニゲルコルヌは前へ突き抜けようと拮抗している。
そこでフェオドールの魔剣を抜き構え、レストを飛び降りながらアイナに振り下ろした。
「レェエエエエエオンッ、ハァアアアアアルゥゥトォォォォォォォォオオオオオオオオオオッ!!!」
「うるっせえええええええええっ!!」
魔剣から噴いた炎は加護によって打ち消される。
だが、ニゲルコルヌを剣で受け止めていたアイナの首筋へフェオドールの魔剣は食い込んだ。ガタガタとフェオドールの魔剣が振動する。
「だぁああああ、らっしゃあああああああっ!」
気合いで一気に振り抜いた。
アイナの首筋から胸の上までを切り裂いて血が舞い散る。
「ガァアアアアアアッ!!」
だが向こうも、俺が投擲したニゲルコルヌを弾き返した。
手を伸ばし、アイナの左手首を掴む。そして加護の力を吸い上げ、フェオドールの魔剣へ回した。喜び狂うようにしてフェオドールの魔剣がさらに激しく震えながら、剣身を黒く染め上げていく。
「離れろォッ! 我が神のッ、力をぉぉぉぉっ!」
「てめえはエノラを、ずっと付け狙ってきてただろうがよっ! てめえの要求を、呑むはずがねえっ!!」
魔剣から漆黒の炎が噴いた。
すでに全身に、加護の力を奪い取って魔鎧へ回したことで、いつもとは全く違う力を感じる。アイナの頭突きを、こっちも頭突きで止める。頭を打ち合って、互いに上体が反った。
そのまま後ろへ跳びながら、魔剣を振るう。黒い炎がアイナへ襲いかかったが、それを光球で相殺して激しい爆発が起きた。魔影を使えばどっちから来るかが分かる。相変わらずの、恐ろしいほどのスピードで左側面からアイナは剣を横薙ぎに振るってきた。魔剣をぶつけて弾いたが、アイナの手が伸びてきて俺の首を締め上げようとする。
「死ねッ、死ねッ、死ねェェェッ!!」
「っぐ――がああっ!」
苦し紛れにフェオドールの魔剣を振り上げた。
それが功を奏してアイナの脇腹を切り裂き、そこから黒い炎がアイナを喰らい出す。引火をしたのだ。アイナの体にある加護の力を全て喰らうとばかりに、獰猛に炎が包み込んでいき、耐えかねたアイナが手を放す。
「やめっ、ろぉっ! アアアアッ! アアアアアアアアアアッ!!!!」
苦しみ悶えながらアイナが焼かれて叫ぶ。
咳き込みながら魔剣を握り直した。喉が潰されかけたが、大丈夫だ。
「大人しく死ね。
ディーの未来を、お前なんかに奪われてたまるかっ!」
心臓を刺し貫こうとしてフェオドールの魔剣を繰り出す。
黒い炎の揺らめきの向こうで、見開かれているアイナの目に見つめられた。俺の眼前に光が生じる。ヤバい。避けきれる距離じゃない。
それでも。
刺し違えてでも、やるしかない。
そう思うよりも先に体は動き、フェオドールの魔剣がアイナを貫いた。
弾けかけた光が、突如として消えた。
「エノ、ラァァッ……!!」
エノラ――?
何でエノラの名前をここで、こうまで憎々しげに叫ぶんだ。
疑問の答えは出ぬままフェオドールの魔剣が、アイナを焼いていた黒い炎を増幅させた。絶叫を上げながらアイナは仰け反って焼かれ、そして倒れた。身悶えすれども声はもう出てこず、やがて動かなくなって真っ黒の灰になって死んだ。
終わったかとも思ったが、フェオドールの魔剣がまだ手の中で震えていた。
踵を返して歩くとレストが近くに降り立って、ついてきた。
少しだけ歩き、森が開けて泉に出る。
鏡面のように空や、取り囲む森を映し出していた。
綺麗な水面だがこいつが全ての元凶だ。
泉の神とやらが姿を見せそうな気配はなかった。
震えているフェオドールの魔剣の切っ先を水面へ差し込むと、墨汁を溶いたように一気に泉が黒く染められていった。それが広がっていくにつれて、魔剣の振動が弱まっていき、とうとう真っ黒になると泉は水量を減らしていった。蒸発するでもなく、栓を抜かれたようにどこかへ水が流れ落ちていくというわけでもなかった。ただただ、水面が下がっていってとうとう一滴も残らずに消え去った。
「……終わったか」
フェオドールの魔剣も静かになった。
かなり黒くなった。どうやら今回は俺を通じてそこら中に魔力を暴食しようというつもりはないらしい。
「クォォ?」
「レスト……ありがとうな。
でも、もうひとっ飛びしてくれよ」
「クォォォッ!」
頼もしく返事をしてくれた。
ニゲルコルヌを回収して飛び上がる。
クセリニア大陸の転移の扉を目指して飛んだ。
エンセーラム王国の滅亡は回避できたんだろうか。
エノラに会いたい。
フィリアとディーの顔を見たい。
大人のフィリアを誉めて抱き締めたい。
ミシェーラに抱き締めてほしい。
最後のはダメだろうけど、一刻も早く、無事を確かめたかった。