ゲットバック!
「リュカ――」
満ち足りた顔で、リュカは死んでいる。
フィリアが半身が焼けただれ、血に塗れているリュカにすがって泣いている。
降り立ったレストが嘴でそっとリュカの頭を突つくようにしたが、動かない。それからレストが寂しげに小さく鳴いて、俺に頭を寄せてきた。
「…………」
リュカが死ぬはずないと、心のどこかで思っていた。
だって不死になっていたんだ。30年も、ひょっこり生きていた。
だが、そうだ。よく考えれば、もっとも危うかったのはリュカだった。
カルディアが爆発した時点でそういう考えが浮かんで良かった。あそこに並んでいたカルディアのどれかは、リュカの心臓から取り出されたものに違いなかった。あれが壊れれば、不死者も死ぬのだ。
そして。
最期に残っていたキメラを全て一掃してしまった。
空から見ていたが、溺れかけていたフィリアも助けてくれていた。
人の命を守って、人を害する悪を討って。
正義の味方としてこれ以上の死に様はないだろう。
「すげえやつだよ、お前は……。良くやったな」
無事だったらしい左手が、自分の腹を押さえていた。
今にも腹減ったとか言って起き上がりそうだが、ないのだろう。
カハール・ポートで出会った。
ハンネを守れずに殺してしまい、打ちひしがれていた。死ぬなら死ぬでいいさと思って、奴隷の首輪を外そうとした時にリュカが止めてきた。首輪を無理に破壊すれば死ぬから、と。自分も同じ首輪をつけていて、人に近寄ったら爆破されて死にかねない状況だったのに。
そう思うと、あのころから誰かのためになりたいと願うようなやつだったのかも知れない。孤児であったにも関わらず、スレることもなかったのだ。
あの出会いから何年も経って、背が伸びて、俺を身長で抜き去った。
バカで大食いだけど、いつも一本の芯を通して背筋を伸ばし、見てて気持ちのいいやつだ。
俺みたいのを正義の味方だ、なんて誤解しちゃってるのはご愛嬌だが……。
でも雷神のことを好きになっちゃって、神殿とやらから帰ってきた時はもう大人だった。従者として合格点だったかどうかは分からないが、よくよく俺のために働いてくれたと思う。30年もの間、なくなっちまったエンセーラム王国も守ってくれていた。寂しかっただろうに、ひとりぼっちでずっと守ったのだ。
過去に戻れば、俺の時代のリュカがいる。
だからそこまで感傷に浸ることはないが、込み上げてくるものはあった。
「フィリア……まだ、終わってない。
助けてもらったんだ、ちゃんと……最後までやろう」
そう声をかけてから、酷かも知れないとも思った。
だがリュカに繋いでもらえた命だ。それはムダにしちゃいけない。
30年前に戻り、エンセーラム王国を守る。
それがフィリアのやるべきことだったはずだ。
うずくまっているフィリアの肩を抱いて、その頭を撫でた。
慰めるような声でレストも鳴き、フィリアが頷いた。
どれだけ過去を変えたって、ここで何かが変わるわけじゃない。
それでも、とフィリアは決意をしていたんだ。ここで挫けるのはフィリアからしても本望じゃないはずだと思った。悲しいのは仕方がない。こらえようとしたって、涙は出てきて止まらないことがままあるものだ。それでも前を向かないと、リュカにどやされることになりかねない。
「魔剣を……出して」
「ああ」
背負っていたフェオドールの魔剣を、布に包んだまま僅かに海水で浸っている地面に突き立てた。
「……次元の穴を開く」
「そこを通って、また老化するとか、若返るとかはしないのか?」
「ちゃんと、もうその対策はした。けれどお父さんは何もしないでいい。お父さんがそのままくぐれば、元の体に戻るはず」
「分かった」
空を見上げる。
ユベールとソロン、それに生き残ったワイバーン達がこっちを見ていた。
目元を拭いながらフィリアが立ち上がると、俺の手を掴んだ。
強く握ってきて、そっと握り返した。こうやって縋るようにされて手を繋ぐのは初めてだ。
「じゃあな、レスト。俺がいなくても元気でやれよ。
フィリアのことも頼むから、遊んでやってくれな」
「クォォ?」
「ありがとうよ。
お前が相棒で良かった」
レストを撫でてから顔を上げる。
「ソロン、30年、ご苦労さん。
色々あってお前も辛いだろうけど、助かった。
これからはお前が、お前のしたいように生きろよ」
「……ああ」
次にユベールへ目を向ける。
先にユベールの方から、親指を上げた拳を向けてきた。無言でそれに応え、俺も同じハンドサインを送る。
「フィリア、行こう」
「……うん」
手を繋いだまま、フィリアが魔剣へ向き直った。
「……今、お父さんが持ってるニゲルコルヌと、目の前にしてる魔剣は……30年前にもあるはず。だから、ここにあるのはわたしにちょうだい」
「何でもくれてやるさ、かわいいフィリアのためだ」
「お父さんはアイナと戦い、倒す。今からになる、できる?」
「ああ。ディーの命がかかってんだ、やらなきゃならねえ」
「わたしは、30年前へ行ってすぐに、転移の魔法と扉を使ってエンセーラムに向かって、戦略魔法の発動を止める」
「分かった。そっちは頼む」
「うん……。ディーを、お願い」
「気をつけろよ」
「お父さんも」
魔剣から魔力が溢れ出てきたのを感じた。
熱い。炎までついでに爆ぜて、巻きつけてある布を喰らうように燃やしてその身を現した。
「やる……」
「ああ、やってくれ」
「次元よ、開け!!」
フィリアが唱えると、中空に穴が空いた。
ものすごい風がその中へ吸い込まれていっている。
目配せをしてから、フィリアと頷き合ってその穴に飛び込んだ。
穴の中は上下がなかった。
光もなかった。
ものすごい風が縦横無尽に吹きつけてくる。落下しているのか、吹き上げられているのか、それとも左右に滑ってしまっているのか、まったく分からなかった。体がやたらに熱く感じる。それでもフィリアと繋いだ手は放さなかった。
色々あった。
俺が死んでいた未来は、それでも時が進んでいた。
大勢が死んでいて、それでも前を向いて逞しく生きているやつもいて、マオライアスのように暗く絶望の淵へ沈んでしまったやつもいた。望まない未来もあったし、その中でもがんばっていた姿があった。
フィリアが過去へ行くための魔法を編み出したから繋がった。
フェオドールの魔剣が何故か俺を気に入っているから、未来を変える選択肢が生まれた。
何か、得体の知れない大きな力に生かされているんだろうか。
何度も何度も死にかけてきたのに、その度にどうにかこうにか復活できた。ただの偶然かも知れないが、漠然とした感覚で、生かされているんじゃないかと不意に思った。
レオンハルトとして、この世界で生まれ変わったこともそうだ。
俺の他に聖女とナターシャという2人も、同じところから転生してきた。本当に3人だけなんだろうか。他にもいるんじゃないかと思うし、もしかしたら――歴史の影に埋もれてこれまでもいて、これから先の未来にも生まれ変わってくる者がいるんじゃないかとも思う。
それには何か意味があるんだろうか。
何も意味はなくって、ただ何かしらの偶然が重なっただけなんだろうか。
分からないことだらけだ。
それでも俺はちゃんと生きていて、これからがある。
だから、負けることはできない。
あっさりと死んでやることもできない。
穴の先が見えた。
光が漏れ出している。
そこから弾き出されるように外へ出た。
見えたのは緑。
深い森の中でフィリアとともに転がった。
「――どういうことだ、レェオンハルトォォォッ!?」
怒声がした。
フィリアと繋いでいた手を放し、地面に突き刺さっていたニゲルコルヌを魔縛でこっちへ引き寄せた。背負っていた方はフィリアに返す。――と、そこでフィリアを見ると目線が下に向いた。
「お父さん……」
「おっ、ちゃんと戻ったな。頼むぜ、フィリア」
胸に抱き寄せて頭を軽く叩いた。
視界が高くなったような、元に戻ったという感覚が強いような。
「さあ、未来を取り戻そうぜ!!」
俺達の戦いは、これからだ。




