レオンと報復
4回戦。
マティアスが睨むには、5回戦を最後に八百長は消えるとのことだ。
ベスト20まで出揃えばそこから先はメインスタジアムで全ての試合が行われ、注目度が急激に上がる。学院の生徒だけでなく、教官や講師も見にくるほどに。
賭博自体は続けられるのだろうが、目が増えては八百長は見抜かれるようになるだろうと。
敵を呼び込むためにも、俺はここで圧倒的に勝利して5回戦で勝つんじゃないかと思わせなければならない。そうすれば八百長をしろと声をかけられる。そもそもプライドの高いバカどもは、魔力欠乏症でチビガキな俺がベスト20にまで残ることさえ癪だろうとも。
「22番、321番、準備をしろ」
控室は4回戦ともなると最初の賑わいが嘘のようだった。椅子に空きができて床へ座り込まなくても済む。呼ばれて立ち上がると、対戦相手が目についた。
長身の男。22番――実力者で、潰し担当。
一目でそれが分かった。マティアスや、イレーネ先輩の弟へしたように実力で、なぶって脅しをかける役割を与えられているはずの男。冷たく嗤う嗜虐性の孕んだ光を目に宿している。
ああ、こりゃマティアスには悪いが、さっさと終わらせるか。
予定変更だ。ここでこいつとかち合うんなら、こいつを締めて吐かせる。
「……降参したきゃ、すぐにすることだ」
「そっくりそのまま言い返してやるよ、クズ野郎」
言ってやると22番は俺をぎろりと睨みつけた。
こいつらの残虐な点は、降参をさせないというところだ。
『僕は、意地になって、その一言を口にできなかった。
だが……降参をさせないための方法をやつらは隠し持っているのは確かだ。
それに僕は試合中……何かをされて、体を動かしづらくなった。毒などを仕込んでいる可能性もある』
毒。
体を痺れさせるようなもの、か?
『僕が見た感じだと……魔法も使ってたと思う。
声は空気の振動で伝わるんだけど、その振動を、多分……風の魔法でかき消すんだ』
魔法。
ロビンの説明はすとんと理解できた。それに魔法なら何でもありかと思える。
とても俺にはマネのできない方法で、やつらは降参を封じてくる。
他にもいくつかの方法を持って、備えていることだって考えられる。
だが、ハナっから降参するつもりはない。
むしろ俺が、あいつらがやったことをどんなことか分からせてやる。
毒も魔法も使えないが、喉を締めるなり、思いきり突くなりすれば声なんか出なくなる。
「構えろ」
イメージトレーニングは万全だ。
やつの喉へダメージを与え、場外もさせずに叩きのめす。
同じことをやり返してやれば、俺の意図に気づいて、どこかのタイミングで仕掛けてくるだろう。
報復をすれば、相手と同じところへ落ちるからやるな――なんて、さも正論のようなことを前世で聞いた。だが、それがどうしたというものだ。何をしようが思い知らせなきゃ収まらないもんはある。
許されないことをしている連中に、許されないことをやって何が悪い。
「始めえっ!」
威勢の良い教官の合図。
22番は抜剣と同時に斬りかかってくる。間髪入れぬ獰猛な攻撃。
それを魔鎧無効化。剣は俺の手に握りつぶされ、銛が一撃で22番の手首を粉砕する。
見開かれた目。まだ分かってないのか。
跳びながら銛を22番の首へ引っ掛け、背中合わせにしがみついた。俺の全体重が銛を通じて、22番の喉仏を押し潰しにかかる。上体を後ろへ逸らしてきて、俺の足が地面についたから、そのまま背を丸めながらしゃがみこむ。ぐるんと22番が回転して地面へ叩きつけられる。
「降参するかよ?」
「っ……っ? ぁっ……!?」
ゆっくり振り向いて問いかける。22番は喉を押さえていた。
「聞こえねーな。――じゃあ続けるぞ、オラァッ!」
銛の穂先を、魔纏をかけながら思いきり突き落とした。22番の顔の真横に突き刺さる。それをテコでも使うかのように思いきり、傾ける。魔纏のかかった銛はしなることもなく、ステージの固められた土の地面を抉りながら掘り起こして22番を跳ね上げた。後頭部を強打しながら。
「やめて欲しけりゃそのまま場外出ちまいな!」
ごろごろと転がった22番に怒鳴りながら駆け寄る。
四つん這いで場外へ逃れようとする、無様な背中へ魔纏を解除した銛を強かに叩きつけた。地面へ押しつけられた虫のように手足を広げて22番は伏す。まだトんではいない。
蹴って仰向けにし、銛の柄尻を再び喉に突き落とす。がふっ、と声ではない音が漏れて悶絶している。
「降参はどーしたよ? なあ? 弱いもの虐めなんかしたく、ねえんだよっ!」
22番を跨いでから、場外に行かせないように蹴り飛ばす。
最高に気分が悪い。胸くそ悪い。気持ち悪い。怒りの悪循環が始まっている。
そろそろ、やめた方がいい。でも降参されないんだ、続けるしかない。
泣こうが喚こうが、これをやってきたのはこいつらなんだ。唯一の逃げ道である場外を選べよ。
痛みに打ち震えながら、どうにか起き上がろうとしていた22番の胸ぐらを掴んで顔を近づけた。怯えた瞳に俺の顔が写っている。嫌な顔だ。最低だ。最悪だ。ミシェーラ姉ちゃんがここにいなくて良かった。
「やめて欲しいなら質問に答えろ」
険しい顔をしている教官に聞こえないように声を小さくして言う。
「てめえらの親玉は誰だ。6年なら3回まばたきをしろ」
「そいつは剣闘大会にまだ勝ち残ってるのか。勝ち残ってるなら、3回まばたきだ」
「そいつは騎士養成科か、魔法士養成科か。騎士なら1回、魔法士なら3回まばたき」
聞き出すと、手を放した。
場外の方へ蹴る。はいはいをするように22番はのろのろと、場外へ向かう。あと少しというところで、銛を逆向きに投げて突き落とした。
「レオンハルト・レヴェルト、来い」
試合後にむしゃくしゃするものを落ち着けようとしていたら、教官が俺のところへ来た。
さすがにやりすぎたせいで指導――ってとこか? 俺だけお咎めするのかよ、ムカつく。
「来いと言っている」
「……へいへい、わかりやしたよ」
睨みつけられたが、その教官の後ろへついて行った。
とにかく、やることはやった。
首謀者は6年で、騎士養成科。すでに敗退している。
羽振りが良くなる魔法士養成科の学生ってのは、こいつに金を積まれて協力したとか、不正を行った賭博の分け前だとかで釣ったに違いない。
そういうことのできる魔法士養成科の学生をひとり雇えばこそ、魔法で声を消すだのという方法を取れていたんだろう。俺と違って普通に魔法が扱えるやつなら、練習さえすれば使えそうになりそうだ。
マティアスやイレーヌ先輩の弟をぶちのめしたような学生にも、ある程度の得がある話だろう。
賭博の運営に関わるなら多額の金を分配してもらえるだろうし、しかもボコることで与える心証はともあれ、実力を示して畏怖させられるというオマケつき。
お説教だか指導だかの後に、また22番に見舞いへ行ってどこにたむろってるのかを聞き出して乗り込めば済む。マティアスとロビンの出る幕もなく、終わりになる。
「そこで止まれ」
教官に連れてこられたのは――前世で言うところの生活指導室のような場所なんだろうか。何度か世話になったことはあったが、それにしたって、ここは随分と雰囲気の悪いところだ。
狭い、細い袋小路。
くり抜かれた岩山の中の学院は随所に、光源となる魔法が施されているがここは薄暗い。しかもかなり下層だ。ここまで来ると魔法士養成科講師の研究室も、学院内の寮もありゃしない。
「……何か悪いことしました?」
不貞腐れたように言う。どうせ黙認してるんだ、俺を指導するんなら他の連中もまとめてやっちまえ。そうすりゃ、顔を覚えて後でぶちのめしにいける。
「ああ、お前は問題児だ」
「そっすねー」
「邪魔をしてくれるな、穴空き」
「は――?」
不意に背筋が凍りついたかのような寒気に襲われた。
ドアを背後にして立つ教官が、腰の剣を抜いて切っ先を向けてくる。
「お遊びは、ここまでにしてもらう。
レヴェルト卿には、剣闘大会で事故死したと文を出してやる」
教官とまで繋がってたのか。
だからあんなに――クソったれ、クソったれ、クソったれ!
何で気づかなかったんだよ。
いくらこの学院の貴族どもの半数以上が脳みそ腐らせたアホどもにしたって、教官は審判役で一部始終を見届けているんだ。
5回戦で八百長の不正が打ち止めになるのは、剣闘大会を仕切っている、グルの教官達だけじゃあ隠蔽をしきれないから。
「腕が立とうが、学生レベル。
殺し合いの経験なんかがお前にあるはずもない。
選べ! 抵抗せずに楽に死ぬか、切り刻まれて苦痛にもがきながら死ぬかを!」
殺気に貫かれて全身が粟立つ。
教官が真横から、剣を振り抜いて一閃した。