終わらない戦い
ナターシャの死体を見下ろす。
さんざんなことをこいつにはされてきたし、大いに世の中を乱した。
だが、呆気ない散り様だった。
「……皆を連れて帰るぞ」
「ああ……」
ファビオの声が、何とも言えぬトーンになっていた。
呆気なさすぎた。想像以上に。幾人もの仇であったナターシャだ。奪われた命の中にはセラフィーノのものもあった。だがファビオにその手応えはなかったんだろうか。俺だって少し、信じきれない。
こいつも実は不死になっていて、起き上がってくるんじゃないかとも思ったが、その気配は全くない。死んだふりだとすればアカデミー賞ものだが、どれだけ沈黙が長続きしても物音ひとつしないし、ピクリとも動かない。
「……フィリア」
「うん」
「よくがんばった」
「……うん。でも、まだ終わっていない」
「ああ」
この時代でやるべきことは済んだ。
だが過去へ戻って、またナターシャを手にかけないとならない。
「っ……エンセーラム王」
「どうした?」
ソロンに呼ばれて目をやれば、一点を指差していた。
それを追いかければ壁のカルディアにいきつく。それらが赤く光を放っていた。しかも、少しずつ光が増している。
「何だ……?」
「カルディアが、光ってる……?」
「長居はしない方が良いだろう。引き返――」
他のものより幾分小さかったカルディアが、急に輝きを強め、弾けた。
凄まじい魔力の奔流と衝撃が室内を駆け巡る。
「爆発したっ……!?」
「他のカルディアも輝きが強くなっている!」
「フィリア、転移!」
「ダメ、ガシュフォースがまだ続いている」
「じゃあ走って逃げるぞ!」
フィリアの手を取って走り出す。
室内を出たところで、さらに爆発が起きた。
「何が起こってるんだ、こりゃ!?」
「カルディアに何か細工をしていたとしか思えん!」
「何かって!? 自分が死んだ時用の自爆装置にでもしてたってのか!?」
「ナターシャは自分の死を利用するタイプには思えない。けれどカルディアを利用しようとしていたから、何らかの形で、自分とカルディアに繋がりを持たせていたと考えられる」
「繋がりっ? どんな!?」
「それは問題ではない! とにかくナターシャが死んだことで、カルディアが暴走を始めたのだろう!」
「止められねえのかよ!?」
「あの爆発に巻き込まれながら、原因を探して、止めるための方法を首尾よく発見できるなら可能」
実質ムリってことじゃねえか。
早く脱出した方がいい。とっととおさらばだ。
と、一際大きな爆発が起きて揺らいだ。べきべきと何かが軋み壊れた音がし、通ってきた通路が崩落する。土砂や砂塵が一本道を一気に吹き荒れてきた。
「まだ、転移ができねえのかっ……!?」
「もうガシュフォースの範囲からは逃れた!」
「――ダメっ、使えない」
耳を疑い、フィリアを見た。
フィリアも驚いている顔だ。
「どうしてだ!?」
「どうしてもこうしても、使えねえなら走るだけだ!」
後ろからしたソロンの声に言い返す。
前の通路の天井が、ぼこりと歪んだ。崩れようとしている。
「走れぇっ!」
駆け抜ける。俺とフィリアは通過した。ファビオも天井がいよいよ破られたというところでどうにか通過する。だが、ソロンが天井から壊れて落ちてきた土砂や岩の塊にその姿を遮られた。
「スケープビット!」
ぼこぼこっとモグラの掘った穴のように床が盛り上がった。その出口からソロンが駆け出てくる。
「ナイスだ、フィリア!」
「けれどこれで外まで出ることはできない、油断は大て――」
先の通路が、へこんだ。
逃げ道が塞がる。あそこまでは、間に合いそうにない。
何かをファビオが叫んだ気がし、体が一気に後ろから押し出された。
凄まじい衝撃が転がった床に伝わる。パラパラと天井の亀裂から砂やら土やらがこぼれ落ちてきている。ハッとして振り返る。ファビオが腹這いになり、下半身を土砂に飲み込まれていた。ソロンもフィリアも無事だが、ファビオだけが飲み込まれている。
「ファビオっ!」
「ムダだ」
「はっ?」
慌てて駆け寄ろうとしたが言い返されて足が止まった。
「両足とも潰れた感触がある……。もう走れん」
「そんなん、回復魔法ですぐに治る! いいから引きずり出す、ソロンも手伝え!」
「あ、ああ――」
「ムダだと言っている、貴様らまで死にたいのか!」
「っ……」
ダメだろう。
ナターシャを殺したんだ。
殺してこいってオルトの命令を遂行したんだ。
だったら、ちゃんとオルトのとこまで戻って誉めてもらえよ。
「もたもたするな、貴様らも崩落に巻き込まれるぞ!」
「おいファビオ、お前エルフだろっ? どうにかなるだろ、なあっ!」
「お父さん……」
裾を引っ張られる。
そうしながらフィリアが首を左右に振った。
「オルトヴィーン様の友であり、我が友であったことを誇らせてやる。
レオンハルトよ、お前の為すべきことを為すのだ。
案ずることはない、過去へ行けば過去のわたしがいる。
オルトヴィーン様も近く召されるのだ、先にわたしが待つだけのことにすぎぬ。
そしてお前の未来で、お前の幸福を掴み、生きるがいい。
世話を焼いてやるのはここまでだ。そのまま去れ!!」
片手をファビオが突き出すようにすると、風が生じて俺達を飲み込んだ。
足が床を離れ、そのまま猛スピードで通路を直進していく。遠ざかっていくファビオが相変わらずの険しい顔で俺達を見ていた。
「ファビオっ!!」
遠ざかり、小さくなっていく。
もう、見えなくなる。
「っ……オルトのこと、出会い頭で大笑いして悪かった!! 愛してんぞ、この野郎!!」
その姿が見えなくなる前に、また天井が落ちた。
外へ出た。
島全体が大きく鳴動し、崩れ落ちている。
空にはワイバーンが飛び、幾頭ものキメラが暴れ回っている。レストの笛を吹き鳴らすと、すぐさま飛んできてフィリアとともに跨がった。ロベルタが別にもう1頭くれたようで、それにソロンも跨がった。
飛び上がるとユベールがウォークスに乗ったまま近づいてくる。
「何が起きた? 敵は討ったのか?」
「ああ、ナターシャは殺した。けどそこにあったカルディアが暴走だか何だかで、爆発し始めて、それでこれだ。ヴァネッサは!?」
「キメラを3頭は殺していた。でも……4頭目に立ち向かう前に、立ったまま……死んだ」
「っ……あの女傑らしい最期だな……。ロベルタは?」
「……死んだ」
「ロベルタがっ?」
「カンパニラを庇って。でも今は、悲しみに暮れる時じゃない」
カンパニラってのは、ワイバーンか?
見渡せば8頭もいたはずのワイバーンが6頭になっている。
「そうだ、リュカはっ? リュカは見てねえか?」
「それなら先に出てきてる。あそこだ、ブランシェを見ろ」
一際大きく舞い飛ぶワイバーン――ブランシェ。白い綺麗な毛に覆われたそれにリュカが乗っていて、剣を振るった。空からぶっとい雷の柱が落ちて、地面を抉り壊しながら1頭のキメラを撃つ。
「とにかく、こいつらをどうにかしねえとダメか――」
暴れ回っているキメラは残り4頭。
口から例のとんでもビームを放ち、海を割った。それから凄まじい爆発が起きる。水飛沫が虹を架けるが見とれている暇はない。
「お父さんっ、大変なことが判明した」
「どうした?」
「転移の扉が……」
目を向ける。祠のあったところが見事に壊れていた。
あれじゃあここから転移で逃げることもできない。だがキメラは獰猛で、空を飛んでいる俺達もワイバーンも攻撃してきている。翼も備えているから飛んで逃げようにも追いかけてきそうなものだ。あんなのを引き連れて逃げるわけにはいかない。
「クソったれ……。ユベール、フィリアにもワイバーンを! 2人乗りで空中戦はムリだ!」
「分かった」
「ブランシェ希望! リュカと一緒で大丈夫!」
「こんな時まで――まあいいや、ちゃんとリュカのこと守ってやれよ!」
「分かってる」
キメラは4頭。
すでに一度は倒してる相手に、引けを取るつもりはない。
フィリアがブランシェへ飛び移ったところで、ゴーグルをかけた。
「行くぞ、レスト!」
「クォォォォッ!!」
風を切ってレストが飛ぶ。
こちらに気づいたキメラの顔面へ、アンチマテリアル魔弾をぶち込んだ。すれ違いながら魔力を集めていき、ニゲルコルヌに押しとどめていく。空の壁を破って加速したレスト。ゴーグル越しに狙いを定め、一気に魔力で形成した巨大槍でキメラを突き出した。




