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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#43 未来を取り戻せ
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フィリアの反撃







「おかえり、ナターシャ」

「ええ、ただいま帰りました」


 交わされる、何の変哲もない挨拶に酷い違和感を抱く。

 転移魔法で連れてこられたこの空間のこともあるし、ナターシャ(このエルフ)が不死人とも違うような男とさも普通の人であるかのように接するのが異様に映った。


「彼女がカルディアの素材?」


 男がわたしを見る。

 40台ほどの男で口調は柔らかいが、変な気配を持っている。不躾に、しげしげとわたしを眺めてくる。嫌らしい視線ではないが、見せ物にされているような感じの悪さを抱かせるには充分だ。


 バングルによる全身を突き刺す激痛と、目に見えないヘビに全身を締め上げられるかのような拘束感とそれに伴う苦痛。それに抗いながら、抜け出しさえすれば喉元へ食らいつくと気骨をもって睨み返した。



「……ふうん、あんまりレオンには似てないんだ……」


 お父さんを知っている?

 でも、わたしは知らない。お父さんの知人がどうしてナターシャと一緒にいる。一方的にお父さんを知っているだけ――とは考えられない。親しげにレオンと愛称で呼んだのがその根拠だ。

 だがどういう関係なのだろうかと、痛みでノイズの入る思考を巡らせる。


 浮かび上がってきた。

 名前だけしか聞いてこなかったが、この人物だろうと分かった。


 シモン、という男だろう。

 ラサグード大陸へお父さんが行った時に出会った人物。

 そこでシャノンの加護を一身に集めた女性からナターシャがカルディアを取り出し、その事件の後にいきなり彼女について行って姿を暗ませた。


 レヴェルト卿のところでお父さんが聞いた話によれば、かつてディオニスメリアで起きた内紛で騎士団が戦略魔法を発動しようとしたところへ現れた2人組の襲撃者がいたはずだ。転移の魔法を使ったことからナターシャがその片方だったことは明らかであり、一緒にいたのがシモンだったのではないかとお父さんは推理していた。彼の腰には拵えの立派な剣が鞘ごとベルトに収まっている。



 部屋を目だけ動かして眺める。

 不思議な部屋だった。地下の空間をワイバーンに乗り、また、自分の足で歩いてきても感じていたが、まるでこの世のものではない場所に見えてしまう。木を使ったり、地面を掘削したり、石を積み上げて作り上げる人の住まいとは全く異なっている。

 何の材質かは分からないが、ひとつの練り上げられた泥を綺麗に整えて固めた――とでも言おうか。ジョアバナーサの住居にも似ている感じはある。あそこはそういう住居が一般的な民家だ。しかし、ここはまるきりそのクオリティーも、規模も違う。材質だって違う。どんよりした重そうな雲の色をした壁であり、床であり、天井だ。


 この建築様式――と呼んでいいかは分からないが造りの空間――の中で、一際おかしいものもある。

 壁の一面に備えられた棚だ。蜂の巣の内部のように無数に区分けされた棚。生前と縦横に区切りが並び、そのひとつずつに大きさは違えど赤い、大きな玉が鎮座している。台座のようなものに乗せられているので転がり落ちることはない。

 カルディアだろう、というのはすぐに理解できた。

 しかしその異常な数を前にして、本当にそれなのかとも思ってしまう。縦に7列、横に数十列はある棚の全てにカルディアがある。


 その壁があるのと接する壁の一面には無数の板がはめ込まれている。

 だがその板には動く絵があった。遠視の魔法を適用し、常にあの板に投影しているということは分かる。しかし、その板は6×6で壁いっぱいにはめ込まれているので、膨大な数だ。わたし達が通ってきたと思しき場所もそこにはあった。


 リュカがシオンと戦っている。

 無数のキメラを相手にヴァネッサ元女王が血塗れになりながらも、嬉々として戦っている。

 複数の不死者を相手にワイバーンが飛び回る空間もあり、ロベルタ王とユベール王子が戦っている。キメラの姿もそこにはあった。



「もうすぐ、新しい世界というのに行けるんだね、ナターシャ」


 シモンがそう言って、カルディアの棚を眺めていたナターシャを振り返った。

 左手のバングルさえ壊せれば、と右手を動かす。その度に激痛が奔り、目に見えない何かが締め上げてくる。それでも、届きさえすれば魔手でも魔鎧でも使ってバングルを握りつぶして逃れられる。



「そう……キミの知らない世界ですよ」

「楽しみだなあ……」


 子どものような無邪気な声でシモンが呟いた。

 そこでナターシャがまたわたしの方を向き直ると、作り物の笑みを浮かべた。瞬間、拘束が解けて床に落ちた。その拍子にまた、全身を激痛が蝕んでくる。


「っ……ふ……ふっ……」

「これで、最後のカルディアだ」


 バングルを手で触れる。

 魔鎧をかけ、握りつぶす。素早く腰の裏の袋へ手を滑り込ませた。


 すでにシモンが剣を抜いて斬りかかってきている。

 袋の中で掴んだものを一気に引き抜いて、魔纏をかけながら打ち合う。


 重い金属音が鳴り響く。

 剣と投擲用の短槍がぶつかり、拮抗する。


 こっちは魔鎧も魔纏も使っているのに、それとまともにぶつかり合えている。

 相手がほくそ笑みながら無理やりに踏み込んで押し込んできた。飛びずさりながらファイアボールを放つが、シモンは剣の切っ先を火球に向けるのみで爆散させた。――魔弾。



「魔法をこうして魔弾で撃ち抜いて防ぐのってさ、快感だ。

 誰も彼も、魔法は使えて当然で……それを使えない人は唖者盲人と同じような扱い。

 だっていうのにさ、魔技は魔法に胡座をかく誰もを驚かせられて……最高だね」


 フランクに語りながらシモンがにやっと笑う。


「レオンが教えてくれたからだ。感謝してるんだ、これでも」

「…………」

「怖い顔しないでほしいな……。もうずっと前だけど、娘がいて、かわいいんだってすぐに言い出すくらいだったのに、あまりかわいくないよ、それじゃあ」

「あなたなんかに、かわいいと言われたところで何も思わない。愛想を振りまくつもりもない」

「ふうん……」


 この男からは、変なものを感じる。

 飄々としすぎていて、それが変に不気味に感じられる。



「遊んでいないで、早くカルディアを」

「ちょっとくらいいいじゃないか、ナターシャ。最後のカルディアだ。これで新たな世界への道が生まれて、僕らはそこへ踏み込んでいくっていうことなんだろう? 大詰めなんだ、ちょっとくらいはジラしがないとカタルシスも生まれないっていうものさ」


 特にナターシャは何も言わなかったが、表情は少しだけうんざりしたものに見えた。

 それがひとつの違和感になる。転移の魔法を、恐らく彼女は自前の魔力のみでやっている。それほどの魔力容量、魔力変換器があるということに他ならない。だというのに、シモンにわたしの処理(、、)を任せている。

 どう考えても彼女は卓越した魔法士であって、しかもエルフであり、300年か、400年かは生きているのだ。恐らく、地上で三本の指に入るほどの大魔法士。だというのに、あまり顔に出してはいないがジラされ(、、、、)ながらシモンを見ている。


 考えられる要因は、シモンの邪魔をすることで起きる何かしらのデメリットを回避しているから。

 あるいは、彼女は正面切って戦うということに消極的であるから。

 他は何だろうか。気分だとか、そういうのは考えてもらちが明かないから省くとして、もう浮かんでこない。


 壁の遠視の魔法を投影している板にお父さんの姿が見えた。銛を握り締めている。あれでわたしの居場所を探って、こっちに来てくれているのだろうか。



「……まあ、いいか……」

「うん? 何がいいんだい?」

「あなた達はわたしの故郷を滅ぼした、れっきとした敵。

 正直なところ、虫酸が走るし、早く血祭りに上げたいとも思ってる。だから」

「……だから?」


 短槍を握り直し、肩まで振り上げたのを一気に投げつけた。

 事も無げにシモンはそれを自分の剣で叩き落とすが、気を緩めすぎている。


 そんなふざけた態度でいることに、さらなる憎しみをたぎらせばいいのだろうか。

 それともこの愚かな人の、愚かな失態に嘲り笑えばいいのだろうか。



 どっちでもいい。

 ただ、やや獰猛になりすぎたこの感情を剥き出しにしてしまっているところを、お父さんや、リュカや、わたしを知っている人達に見られないでいるのが重要だ。かわいいとか綺麗だとか言ってもらいたいわけではなくとも、人に向けない方が良いだろうとされている感情を剥き出すのは気が引けるだけだ。



「っ――!?」


 短槍に注意を向けさせた一瞬で透見魔法(リクルースエア)を使い、袋からノコギリ刃を備えた大刀を抜く。これは刃を引く時にものを切る。大きく振り上げて、手前へ引くようにしながらシモンの肩口からノコギリを振り下ろした。着地した足を曲げ、腰を落としながら一気に引き裂く。それでノコギリ大刀は投げ捨てて、今度は袋から剣を引き抜く。

 驚愕に目を見張っている。剣は思いきり、その首へ叩きつけた。魔鎧を使っていても、こちらも使っている。剣には魔纏もかけた。首半分まで刃は通った。よろけ倒れていく体を――すでに血に濡れている胸ぐらを片腕で掴んで反対側へ押し倒しながら、もう半分へ剣を叩き落とした。



「残りは……あなただけ」



 興奮はない。

 頭はいつも通りにクリアだ。


 何百、何千と繰り返してきた戦いのひとつ。

 ただ容赦を与えずに、逃がすこともなく、殺しきれば良いだけだ。

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