次の扉へ
「ひとりでお出迎えか。
でも、相っ変わらずの忠臣だから……じゃないんだよな」
「自分はアインス。あなたに仕えていたシオンという人物とは肉体こそ同一ですが、精神性に大きな差異があります」
扉を壊した時に床へ降りていたリュカが青光の剣を構えている。
ご主人様が気になったのか、リュカを乗せていたワイバーンは来た道を引き返すように飛んでいった。
「だったら律儀に相手してやる義理はねえ」
「感謝いたします」
「あ?」
「カルディアを、わざわざ運んできていただいて」
シオンが剣を持ち上げ、その切っ先をフィリアへ向けた。
リュカがバリオス卿にもらった、バリオス家に代々受け継がれてきた古い剣だ。
「なるほど……」
ロビンが前に言っていた。膨大な魔力を身に宿した生命は、それを制御するための器官が生まれる。ヤマハミはそれが目なのだと。そしてカルディアは心臓だと言っていた。
リュカの胸が抉れて不死になってしまっているのは、心臓を抉り出されたから。恐らく、リュカの心臓はカルディアになったのだ。
そして今、シオンが剣をフィリアに向けているのは――リュカと同じく、魔技を使い続けてきたことで常人を上回る魔力容量をフィリアが持っているから。フィリアの心臓がカルディアになり得るから。
「奥の扉には閉錠魔法がかかっている。
解除するのは自由。ただし、自分はそれを妨害します」
相手をしろ、ってことか。
「この人数差で、お前ひとりでやろうってか? そりゃ無謀ってもんだぜ?」
「問題ありません」
大した自信だ。
「レオン、俺がやる。フィリア、ドアを開けて」
「消耗してられねえんだ。相手はひとりだけ、俺もやる。でもってとっとと終わらせるぞ」
フィリアへ目配せした。ブランシェも相当賢いようで奥の扉へ向かう。その扉は普通のサイズだった。あれではワイバーンは入れそうにない。
冷たい空気が満ちている。
ピンと張りつめ、今にも破裂する時を待っているかのような緊張感も。ワイバーンの羽撃く音が響く。
刀を握っていたシオンが、動いた。
振り返るなり、刀を振り切る。その先にはフィリアがいたが、レストがその間へ割り込んでいった。ニゲルコルヌを振るうと、衝撃がぶつかってくる。リュカが床を蹴り、シオンに迫る。レストが羽撃く。シオンを前後から俺とリュカで挟撃する形だ。
「はぁあああああっ!」
リュカとシオンの剣がぶつかり合った。床すれすれを飛んでいたレストが、急ブレーキを踏んだように急停止する。慣性で弾き出されながら俺もニゲルコルヌを繰り出した。僅かな時間差を伴って繰り出された前後からの攻撃を、シオンは身を翻して避けた。
普通にいけば俺とリュカが同士討ちをするようなものだったが、呼吸は合っている。ニゲルコルヌの穂先でリュカの剣を弾いた。その先にはシオンがいる。軌道変更したリュカの剣がシオンを追撃し、それをシオンが擦り上げるようにして弾いた。床を掴んだ足で、腰を捻りながらニゲルコルヌを横に薙ぐ。
後ろへバク転をするようにシオンは跳ぶ。
「逃すかよっ!!」
「逃がさないっ!!」
ニゲルコルヌからは魔弾が、リュカからはファイアボールが放たれる。
直撃して弾けたファイアボールが爆発を起こした。それによって生じた煙を破りながらシオンは飛び出してくる。だがそれは、俺もリュカも魔影で把握をしている。
ニゲルコルヌを振り下ろした。シオンは剣で受け流し、穂先が床へ叩きつけられる。
青光の剣がニゲルコルヌを受け流した際に大きく開いたシオンの左の胴を狙って振られた。鮮血が飛び散るが、シオンは不死者だ。肋骨を砕き折りながら、左胸が切り裂かれても命に別状はない。それどころか、痛みを感じているのかさえも分からない。だが、一撃を与えた。ダメージがなくとも、斬られたことによる衝撃はある。
たたらを踏むほどではない。
痛みに身を悶えさせるということもない。
だが、左胸を斜めにばさりと切り裂かれたことでシオン自身も予期しなかったのであろう、半歩の半歩分の前進があった。倒れぬようにと反射的に体が動いたのだ。
俺にはその一瞬で、充分だった。
床を叩き壊していたニゲルコルヌを振り上げ、シオンが手にしている剣を弾き飛ばしながら側頭部を打ち抜いた。ゴルフのスイングのような軌道だ。
頭が高所から落としたトマトのように潰れるかとも思ったが、意外なことに頑丈なようで頭蓋骨から脳みそがこぼれるというようなことはなかった。グロいし見たいというわけではないが、魔鎧も魔纏も使っている。それで粉砕されない頭がどんなものなのかと疑う。
しかし、リュカの攻撃と合わせて、これで二撃目だ。シオンは確かに強いが、真価を発揮するのは一対一での戦いだ。独特の舞うような剣は相手を翻弄してしまう。受け流し、華麗に隙を突いてくる。
だからリュカだけにはやらせず、俺も手を出しているのだ。2人がかりで執拗に攻撃を続けていけばシオンとて崩れる。現に崩した。そうなれば俺とリュカのコンビネーションであとはフルボッコのたこ殴りに持っていくことができるだろう、と。
リュカがさらに剣を振るってシオンの右腕を斬り飛ばした。
俺はニゲルコルヌを持っている右手の指を目潰しするように2本立てて、シオンの両の瞳に魔弾をぶち込む。眼球が潰れれば目は見えなくなる。攻撃への対処もできなくなる。
青光の剣がシオンの左肩へ突き刺さり、そのまま床へ押し倒して固定した。仰向けに倒れて後頭部を打ったシオンの喉の下へ、ニゲルコルヌを突き落として床に縫いつける。右腕は切断され、左肩と胸を貫かれて床に固定された。ここまですれば動きようはないはずだ。
「……ナターシャはどこにいる?」
ボコロッタ王国でヴァネッサは首を貫いてシオンの動きを止めていたが、今度はその付け根だ。苦しかろうがかろうじて喋ったりはできる――よな? ムリか?
「…………」
俺の危惧とは裏腹に、シオンは喋ろうとする意思さえ見せない。
「ナターシャは何をしようとしてる?」
続けて問いかけるが、何も変わらなかった。
無表情のままシオンは俺を赤い瞳で見る。
「カルディアを集めて、何をしようとしてる?
キメラや、お前みたいな不死の人を作った理由は?」
「…………」
沈黙が続く。
ワイバーンは飛ぶのをやめ、床に降りていた。ここから先へ連れていくことは扉のサイズからしてできないだろう。それを分かっているのかも知れない。レストも俺の近くへ降り立った。
シオンの右腕が、斬られた箇所から再生が始まっていた。肉を炙る映像を逆再生でもしているかのようにぐじゅぐじゅしたものが傷口から沸いて再生していく。やはりリュカはシオンとは違う。同じ不死であってもリュカはこんな風に体が治ることはなかったはずだし、もしも、時間をかけてかさぶたができて傷が塞がるような自然治癒でどんな外傷も癒えるのだとしても、これほどの早さはない。
「閉錠魔法を解除した」
静まり返っている広間にフィリアの声がした。
ブランシェの体毛を手で撫でさすりながらこっちを振り返っている。
「……ファビオ、こいつをどうにかしたい。
殺しても死なないのを念頭に、身動きを取れなくしたい」
「良いだろう」
呼びかけるとファビオが歩み寄ってきた。
傍らに立って剣を抜くと、その切っ先でシオンの胸の上を刻む。何かの紋様を描いているようだった。赤い傷口が模様となって生肌に刻み込まれる。
「エルフに伝わる封印の魔法紋だ。
ここに封印を施す者の血を垂らすことで完成する」
「俺の血でいい」
「手を出せ」
言われる通りにするとファビオの剣が閃いて、右の人差し指の側面を斬った。痛みを感じないほど鮮やかな切り口だったが血が垂れ、自分の指に注目したところで痛みが沸いてくる。
ぽたぽた血の滴る指を、シオンの胸の上に刻まれた魔法紋に持っていく。一滴、二滴、三滴……。ぽたぽたと血がそこへ落ちる度、魔法紋が淡く光ったように見えた。そしてその度にシオンの目が僅かに見開かれたり、しかめられたりする。
「どういう封印なんだ?」
「意識はそのままに、力を奪い上げる。お前が再び自分の血をもってこの者に刻まれた魔法紋をなぞれば解除される」
「ふうん……。さっすがエルフは便利なこと知ってるな」
「軽口を叩いている暇はなかろう。行くぞ」
「ああ」
ファビオがフィリアの解錠した扉へ歩いていく。
指の傷口を口に含んで舐める。ツバをつけとけばすぐ止まりそうな傷だ。染みる痛みはあるが、それほどというものではない。そうしながらレストの首の下を左手でかいてやる。
「んじゃ……行ってくるな、レスト」
「クォォ?」
頭を寄せてきたので抱きとめてやる。
しばらく撫でてから、軽く叩いて踵を返した。
シオンからニゲルコルヌを引き抜いて扉へ歩いていく。
全員ワイバーンを降りて、開け放たれた扉をくぐった。




