三王、揃い踏み
転移の扉がある祠へ転移してきた。
女王さんも一緒だ。
「ほう、こんなものがあったとはな……。転移の魔法に、大陸間を行き来するための扉か。世界が縮まるようだ。それで、どれをくぐるのだ?」
ばあさんになってまで変わらねえな、女王さんは。
いや、元女王さんか。何でもいいか。
「女王さんよ」
「今は女王ではない」
「じゃあヴァネッサ」
「何だ」
「……足引っ張ってくれんなよ?」
「わたしを年寄り扱いはするなよ、流れはしたが子もまだ孕めるのだ」
おっそろしい限りである。
ソロンが軽く引いていた。
「どうして来るんだか……」
「つまらぬのだ、殺し合いをしてこそ生きていることを実感できるというもの。だというのにたまに命を狙ってくる賊どもは、気骨がない。そこで聞いたのだ、お前のことを。ナターシャを殺しに行くのであろう? ならば手応えのあるやつが出てくるかも知れぬ。わたしの今の望みは、戦い、死に逝くのみだ。そのために来た」
ばあさんとは思えない理由だな。
だがこの闊達さは実にヴァネッサらしいと言える。
「ねえ、どこをくぐればいいの?」
「こういう時は……こいつを使えばいい」
背負っていた銛を抜く。
リュカにも合わせてくれたし、マオライアスと再会できたのもこの銛のお陰じゃないかと思っている。戦いにおいて特別な力を発揮するわけではないが、実に有用だ。アーバインはすごい。
銛を床に立て、そっと手を放した。
ガランと音を響かせて銛が倒れ、その穂先の延長上を見る。丁度、ひとつのアーチを指し示している。某少し不思議漫画に、こういう秘密道具があったっけ、と何となく思い出した。
「んじゃあ、行こうぜ」
アーチをくぐった。最初に俺とレストが。それからフィリアがくぐって来て、ヴァネッサ、ソロン、テレス、リュカと続いた。変わり映えのない祠だ。入口がいつものように魔法で閉ざされているかと思ったら、ここはそんなものがかかっていなかった。
普段からナターシャが使っているから、いちいちやっていない――ということかも知れない。
「表に出たら、もううだうだしてる暇はない。
ころっと死ぬなよ、誰も」
「うん」
「分かっている」
「ああ」
「分かっていますよ」
「ふっ、血が騒ぐな」
両開きのドアを、押し開く。
太陽の光。被っている帽子のツバがそれを遮って目に影を落としてくれる。
そこは周囲を海に囲まれた岩山の島だった。見渡す限り、緑のない灰色の岩山だ。人の気配は普通には感じられない。空を仰ぎ見る。やや雲が多いものの、晴れ間も見えている。――と、空に無数の影があった。渡り鳥か何かと思ったが、それにしては大きい。
「早速、歓迎か……?」
「クォォッ!」
「レスト?」
目を細めて見ていたら、レストが祠の真ん前の斜面を駆けて飛び立った。
そうして空を飛んでいた何かの群れへと合流していく。よくよく目を凝らすと、ワイバーンの群れだった。しかもそれぞれに種類が違う。8頭はいようか。その内の2頭の上に人が跨がっている。
「……ほう、わざわざ来たのか。タイミングも合っているとはな」
ヴァネッサが関心するように言う。
ワイバーンの編隊だ。ロベルタとユベールが来ていた。
「レオンハルト王! 駆けつけたぞ! ちゃんとレストに再会できたようだな!」
近くまでユベールがウォークスへ乗って降りてきた。
「何でここにいるんだ?」
「ただの散歩だ」
黒い鱗のワイバーンに跨がっているロベルタも騎乗したまま降りてきて答えた。言葉通りならばスケールのデカすぎる散歩だ。わざわざ来てくれた――と捉えた方がいいんだろう。
「クォォッ!」
レストが飛び回りながら鳴いた。魔縛を放って捕まえて背中へ乗る。人を乗せるのが好きなやつだ。ロベルタやユベールが来て、はしゃいじゃったんだろう。
「全員、我がワイバーンへ乗せてやる。
要するに、この島を陥落させれば良いのだろう?」
「ありがとよ」
フィリアは当然のようにブランシェへ乗った。リュカはやたらゴツゴツした、砂色の岩みたいな甲殻を持ったワイバーンへ乗っていた。ヴァネッサ、ソロン、テレスもそれぞれに乗る。
島は岩山だ。
上空から眺める限り、建物らしいものはない。だが祠の入口が閉ざされていなかったことからも、ここにナターシャはきっといるだろうと確信を持つ。魔影は岩や地面で遮られてしまうから、内部を探ることはできない。
「さて……出てきらもわねえとな。どうしたもんか」
「お父さんは引っ込んでいて」
「えっ、何その言い方?」
「リュカ、それに……テレス、魔法で一気に島の表面を破壊する。できる?」
「分かった!」
「いいだろう」
直径何十メートルあるんだと目を見開いた、巨大な岩がまず上空から落下をした。それもひとつだけではない。次々と同サイズの巨岩が降り注いでいく。この大味すぎる魔法は、きっとリュカだ。
凄まじい破壊音がして、島が壊れていく。だが何かが出てくるという気配はない。
続いてテレスが、何か口にした。
距離もあるし、空の上で風が吹いているので聞き取れなかったが、リュカの落とした巨岩の下で大爆発が起きた。粉砕された岩が火山でも噴火したかのように盛大に吹っ飛んでいく。ごうごうと大地は燃えている。
そして最後にフィリアが、魔法を放った。
どろどろに溶けて赤く発光している大地の上で、さらに何かが爆発をした。
「――見えた」
とうとう、島の表面が破壊された。
大地の下に、明らかな人工物が姿を現す。まるでシェルターだ。地下に巨大な空間があった。魔影で反応をキャッチする。肉眼でも見えた。キメラだ。見えるところに2体。見えていないが魔影で掴んでいる反応が他にもある。
「お父さん」
「ああ。あの奥にナターシャはいるはずだ、このまま突っ込むぞ!」
レストが急降下した。それに続いて8頭のワイバーンも降下していく。
大地に近づくとすごい熱さがしたが、それはすぐに終わった。大地という殻の下へ飛び込むとアイフィゲーラでも見たキメラが2頭唸った。それをするりとワイバーンはすり抜けていく。
どんどん、キメラが沸いてくる。
ゴキブリホイホイの中身みたいな気持ち悪さだ。――と、一際大きなキメラが奥から姿を見せた。その先は広そうだが、狭まっているところを塞ぐようにして立ちはだかってくる。これをすり抜けるのは難しいか。
「腕が鳴るッ!! わたしが駆逐してやろう、先へ行っていろ! このわたしの出番は残しておくがいい!!」
獰猛な声が後ろからし、ワイバーンとそれに乗ったヴァネッサが俺を追い抜いていった。ワイバーンに跨がったままヴァネッサが腰を上げて、剣を振り抜く。背中には他にデカい斧まであった。
「さすがにお前だけじゃ無茶――」
止めようとしたが、それより早くヴァネッサはワイバーンを飛び降りていた。山ほどあるワイバーンへ向かって剣を振り上げながら。キメラが吼える。その顔に比べたら人なんてマジックペンほどの大きさしかないだろう。――それでも、ヴァネッサはキメラに負けじと叫びながら剣を振り下ろした。
剣が鼻先を深々と切り裂き、それから爆発が生じた。
それにヴァネッサは吹き飛ばされかけたが、乗せていたワイバーンが回り込んで受け止めた。キメラの注意は完全にヴァネッサへ向けられている。それでワイバーンが滑り込むには充分なスペースが生まれていた。
「とんでもねえババアになってやがんな……」
「ババアを舐めるではないぞ!!」
でもって地獄耳かよ。
こりゃあそうそうくたばりそうにないと安心しつつ、先へ進んだ。
中の造りは26年、親しんできたこの世界には似つかわしくないものだった。壁も床も天井も、綺麗に平坦になっている巨大な通路だ。ナターシャの正体への推測が、確信へと変わっていく。緊張感が高まる。
キメラの巣をやり過ごしてから、魔影の反応はなくなっていたが、この先――約300メートルといったところにまた現れた。数は8。床の上へ立っているような感じだ。並んでいる。キメラではないだろう。と、なれば――。
「お父さん、これは……人かも知れない」
「ああ。でもただの人がいるとは考えられねえな」
暗がりの向こうに、赤い光が見える。
よく知っている。それは瞳だ。
「不死者、か」
「レオンハルト王、相手は不死の兵。ワイバーンに乗っている俺達ならば消耗戦になっても有利に立ち回れる。先へ行ってくれ」
「大丈夫か?」
「無用な心配だ。俺を誰だと心得ている?」
「天空王ロベルタ様よ、ここは地面の下だぜ?」
「空を統べる俺が、地上を這うしかできぬ者に遅れを取るはずがなかろう」
不死者の戦士がいた。
ロベルタとユベールが前へ出た。人を乗せていないワイバーンがそれに続いたかと思うと、同時にワイバーン達がブレスを吐いた。不死者達を取り囲む。
「行け」
「頼んだ」
ロベルタとすれ違う。
後方から、激しい爆発音が聞こえてきた。
さらに先へ進むと、高さが20メートルはあろうかという巨大な扉が現れた。
いかにもラスボス手前って感じだ。
「リュカ、壊せ」
ワイバーンから飛んだリュカが、魔纏をかけた剣で扉をぶち壊した。
広間になっていた。その中央にシオンが立っていた。無表情で、赤い瞳で俺達を見上げていた。