僕らは互いを必要としているんだ
許されざる腐れ外道どもをぶちのめすには、どこのどいつがやっているのかを突き止めないといけない。
だが俺に協力的なやつはほとんどいないし、良くしてくれるような一握りの相手――フォーシェ先生や、ミシェーラがこれを把握しているかも分からなかった。
そもそもミシェーラ姉ちゃんは剣闘大会の期間中は、スタンフィールドを離れていたし、フォーシェ先生もこういう休暇は研究室にこもるタイプのようだからあてにはならなさそうだった。
それでも、とダメ元でフォーシェ先生の研究室を訪ねた。
「剣闘大会の、悪い噂って知ってる?」
「悪い噂?」
あけすけに尋ねると、研究に没頭していてぼさぼさの髪の毛を振りながら彼女は俺を振り返った。徹夜中らしい。
剣闘大会の賑わいも、この研究室までは届いていない。
「そう言えば……何か、ありそうなのよね」
「何かって?」
「剣闘大会が終わってから、急に羽振りの良くなる子がいるのよ」
「羽振り?」
「そう。魔法士養成科って騎士養成科よりも貴族の割合は少ないでしょう?
だけど、貴族の子でもないのに急に、お金回りが良くなるのよ。剣闘大会に出ていたわけでもないのに」
「……何で?」
「知らないわね。ただ……あんまり、素行の良い子じゃないのよ。
レヴェルトは――ああ、あなたの後見人のね? 彼は在学中に、つまらなそうな顔してたわ。何か知ってたのかしら?
でも一体どうして? 何かあったの? また、数日で魔法を使えるようにしたいとか言わないでよ?
ちゃんと段階を踏みながらやっていかないとあなたの体に負担がかかっちゃうんだから」
「ありがと、先生。……んじゃ」
「あ、もう行っちゃうの? ちょっと、ねえ?」
呼び止められても雑用を押しつけられるだけだから、さっさと出て行った。
オルトが何か知っている可能性を考えた。話を聞ければ楽だ。
でも今から手紙を書いたってメルクロスに届いて、返事がくるのは剣闘大会がすっかり終わったころになるだろう。
手に入れた手がかりは、一部のやつが羽振りが良くなるということ。
素行の良くないやつが。
臭う。キナ臭さ満点だ。
俺に持ちかけてくれば、その場でぶん殴ってでも吐かせるってのに。だがフォーシェ先生に、その羽振りが良くなるやつの名前を聞いたって顔が分からない。
階段を上がりながら整理する。
作為的に勝敗をコントロールしようとする手口。
勝とうと思えば勝てる実力を持っているやつが仲間にいる。
そして、羽振りの良くなる魔法士養成科の素行不良学生。
もう少しで、ハマりそうなのに出てこない。何だ、これ。何なんだ、一体。
「レオン、マティアスくんが……!」
様子を見に救護室へ行くと、ロビンに呼ばれた。
マティアスのベッドまで行くと、目を開けて苦い顔をしていた。
「起きたかよ、バカ野郎」
「……返す言葉も……っ……ない、な……」
痛みはあるんだろう。体を起こそうとしたマティアスは顔をしかめ、やめた。
さすがにこれだけ弱ってると、あんまり刺さる言葉を投げつける気にはなれない。いつもの得意気な顔もひきつっていて、痛々しい。このマティアスを見たら、アテにできなくなった。何も考えずに寝ててもらうのが一番、俺にも都合がいい。
「僕とロビンが……2回戦負けか……」
「ん?」
「キミにおごるのは……確定だな」
「そんなつまんねーこと覚えてたのかよ」
真っ先に負けた者が、最後まで残った者に何かおごる。
そんなことを冗談混じりに言い合ったのはついこの前だというのに、かなり状況が変わってしまっている。
「キミのことだ……暴れるんだろう?」
「……お前には何も言わねーよ。首突っ込みたきゃその傷治せ」
「除け者にしないで……もらいたいな……。僕だって、腹の底が煮えてるんだ」
「うるせー、寝てろ怪我人」
「マティアスくん、ダメだよ、ちゃんと……休んでなきゃ」
ロビンはロビンで責任を感じてしまっているんだろう。マティアスがこうなってしまったことに。こいつらは年も近いし、本当に仲が良くなった。
「這いずってでも……僕はやるぞ……」
「あ?」
「レオン……キミは、姿の見えない敵を、キミだけの力で殴れるのか?」
痛いところを突いてくる。左目の上を腫らせた、みっともない顔だってのにやたら知的に見える目だけは変わらない。どころか、そこに燃えているものが見える。
「僕は……キミと違って……ある程度の、目星がついている。
まだキミは……僕とロビンという、ある種、間接的にしか……関わっていないだろう……。
だが……僕らは違う、してやられたんだ。……悔しくてたまらないよ。体が動かないのが。
でも、頭は動く……。キミは頭の代わりに、体が好調だ。そうだろう?」
「誰の頭が粗末だって? あ? 傷口に塩塗るぞ」
「次は絶対に、うまくやる……。やってみせる。だからレオン、口を挟ませろ」
答えに窮する。
俺はもう少しで辿り着けそうな気がする。そうすれば分かることがある。
そのまま一足飛びで、首謀者と協力者をまとめて相手取って大暴れできる――かも知れない。
でも、それでも見つからなかったら。そのまま剣闘大会が終わったら、負けだ。
2年後には今回やらかしているクソどもがいなくなっている可能性も高い。確実に上級生が噛んでいるのだ。そいつらがのうのうと卒業をして、悪さ自慢でどこかで預かり知らぬところで吹聴するんだろう。我慢ならない。
それをマティアスなら――。
だがこいつは起き上がれないほどの重態だ。報復されようものならまな板の上の鯉も同然だ。また俺の知らないところで、貴族らしく、陰険で、証拠も残さないようなやり口でマティアスがやられたら。
「レオン……僕からも、お願い」
「っ……ロビン?」
「だってこんなの、悔しい……。
僕にできることなら、何でもやるよ。マティアスくんも、今度は僕が……守る」
「どうする……レオン。僕らは互いを必要としているんだ。……友達なら、助け合おうじゃないか」
うっぜえことを言いやがって。
んなこと抜かされたら、そんなもん……。
「……教えろ、マティアス。俺がぶちのめしてくる」
「そうこなくてはな……。
まだ確認はできていないが、この剣闘大会には……賭博が絡んできているはずだ」
「賭博――それかっ!」
繋がった。そうだ、そうと分かりゃあ簡単だ。
単純すぎた。見落としてた。考えもつかなかった。
323回行われる試合で1回戦から、やたらに観客が多かった理由。
散発的に起きる八百長試合は、極端なオッズの偏りに乗じて儲けるため。
誰かひとりを勝ち残らせたいわけじゃない。倍率の高い――負けるだろうと見られている方にあえて金を賭けて、負けさせたい方に八百長を持ちかけて番狂わせを起こす。
やたら野次やブーイングが飛ぶのは、賭けた金をむしられた腹いせも込み。
そんなことができるのは、賭博の運営に回っているやつ。
魔法士養成科の一部が剣闘大会後に羽振りが良くなるのは、それでうまい汁をすすれたからか?
「ロビン、姿変えの魔法は……使えるか?」
「えっ……? 一応は、できるけどあんまり長い時間は……」
「姿変えの魔法を使って、賭博の運営者に接触して……内情を探れ」
「で、運営者を突き止めて、ぶっ飛ばしゃあいいのか」
「いや……それだけじゃダメだ。……おおまかな流れは、僕に任せてくれ。
レオンは、できるだけ派手に、圧倒的に勝ってくれ。
穴空きとバカにされても、レオンが勝つと次の試合でも思わせられるように。得意だろう?」
「上等だ」
「僕らで、剣闘大会を、騎士の在り方を穢す愚か者どもを引きずり降ろして裁きを下すぞ」
マティアスがロビンに仔細な指示を与えはじめた。
マティアスは頭脳で、ロビンは内偵で、俺は武力で、三位一体となって挑む。
だがまだ俺達はその時、剣闘大会に闇に蠢く真の敵の姿を知らなかった。




