そして決戦へ
何やかんやがあったが、いよいよアイフィゲーラを離れる日になった。
リュカの傷も塞がって動けるようになり、マオライアスも元気いっぱい――とはいかないが多少は顔を上げられるようになった。
そろそろ、ナターシャのところへカチコミをする日が近づいていた。
レストに乗ってクセリニアのジョアバナーサ王国へ帰らなければならない。
「ん? リュカ、お前、その剣……」
「マオが役立てて、って」
ふと気がつくと、青光の剣がリュカの腰にあった。
マティアスが長らく愛用していた剣だったが、いつからか見なくなった気がする。どっかでマオライアスがもらって持ってたんだろうか。
リュカには少し細すぎるような感じもするが、剣には歪みもなく綺麗だ。スリットが入っている分だけ強度はやや劣るのかも知れないが、魔纏を使えばどんだけ乱暴に扱ってもそうそう壊れはしないだろう。
「マオライアスとはもう挨拶してきたのか?」
「してきたよ」
「した」
「そうか。んじゃ、行きますかい」
レストの笛を吹き、鞍へ乗った。
飛び立って上空から都を見れば、先日のキメラ騒動の爪痕がはっきり見てとれた。焼けた場所や、瓦礫の山だらけになっているところがある。それでもあくせくと人は働き、復興や、日々の暮らしに精を出している。
突発的にキメラが現れたが、ナターシャが俺を狙ってきたのか、別の目的があるのかは分からない。ただ、確証のないひとつの予想があった。フィリアにもリュカにも話してはいないことだ。
ナターシャは、放置しておけばこれから何度もアイフィゲーラ大陸を壊すための活動を続けるだろう。ただキメラを放ったり、あるいは別の騒乱の種を持ち込むのかは分からないが、そういう予感がある。
この地方には特に、そういう今後の懸念がある。聖女の遺していったものがあまりにも多すぎるせいだ。聖女の考えや、作り上げたシステムや、物や、料理や、そういうものがありすぎた。
これらは戦略魔法を1発ぶっ放すのみで葬り去れないだろう。
地道に破壊して、地道に人を殺して、文化を刈り取るような方法を取るしかない。
だがナターシャを殺しさえすれば、その懸念も消える。
俺が30年前に帰っても、きっとこの時間軸の世界がなくなってしまうことはないんだろうが、知ってしまった以上は、ここに暮らす人と少なからず関わってしまった以上は、ここの未来を憂えてもいいだろう。
俺の時代での前哨戦となる戦いにこれから臨むことになるが、激戦は避けられないはずだ。キメラなんていうのをどれだけ抱え込んでいるかも分からないし、不死者を差し向けてくればキリのない戦いになってしまいかねない。ナターシャがどれだけの実力を持っているのかも未知数だ。
それでも倒さないとならない。不安は尽きないが、大丈夫だろうと言い聞かせるしかなかった。
フィリアのためにも、俺は死力を尽くして戦って過去へ帰る。
そして、この時間軸の未来にさせないように、また戦う。
先を見ればやることはありすぎて、いちいち躊躇していられないのだ。
ジョアバナーサまでのフライトを終えた。レストを労ってから街に入ると、街がにわかに色めき立っていた。普段はない露店が出て、旅人や冒険者といった風貌の人もいつもより多く見られる。
「何かあったのか……?」
「レオン、レオン、レオン、あれっ、あの焼き折りっていうの、食ってきていい!?」
「はいはい、行ってこい、行ってこい」
「神前競武祭……の時季でもないと思う」
「だよなあ……」
リュカが露店に走っていったのを見送りつつ、歩き出す。
どうせ適当に追いついてくるはずだ。とりあえずファビオにでも聞けばいいだろうと思って宿へ向かった。
案の定、すぐにリュカは戻ってきた。穀物を砕いて粉状にしたものに水を混ぜ、練って焼き揚げた生地に色んな具材を挟んで折って、鉄板で焼く――という料理を手に持てるだけ買っていた。
俺とフィリアもひとつずつもらい、頬張りながら歩く。粗く挽いた何かの肉は山椒に似た痺れるような辛さのスパイスと塩で味つけされ、シャキシャキの野菜と一緒に挟まっている。生地はけっこう硬めで、顎をけっこう使う。具が口をつけたのと反対側からこぼれそうになる、ちょっと食いづらいものだったがうまいっちゃあうまい。
「ファビオさんや、生きてるかー?」
宿泊していた宿に帰り、部屋をノックしてから開けた。
中でファビオは自分の剣の手入れをしていた。
「帰ったか」
「ただいま!」
「何か、賑やかになってるけど……何なんだ、あれ?」
「この国の前王が帰ったらしい」
「……ああ、そう……」
「納得した」
「ファビオも焼き折り食う?」
「いらん」
女王さんが帰ったのか。
それだけで露店まで出るほど賑わっちまうとは、あのカリスマ女王さんらしい。でも、今、いくつなんだ? アラウンド還暦? 過ぎたのか? どうなんだ?
「すでに、あの2人は準備を終えたそうだ」
「そうか」
ソロンとテレスだろう。
いよいよ、決戦が近く感じる。
「お前達も準備を怠るな」
「分かってる」
「レオン、後で稽古しよ」
「あいよ。リュカ、チェックインしてこい」
「食べたら行く」
「わたしが、行ってくる」
フィリアが部屋を出て行く。
だがすぐ、リュカは焼き折りを全部口の中に詰め込んで追いかけていった。
「レオンハルト」
「ん?」
「……お前は元の時代に帰るのだったな」
「ああ」
「元より、ここへお前がいるのは自然なことではない。
ナターシャは倒さねばならぬが、お前が本来討つべきは過去の敵だ」
「それが何だ?」
「過去へ帰ってからのことをよく考えろ。
これから迎える我々の戦いに、お前が命を賭ける必要はない」
「……ああ、ありがとよ。
でもお前みたいな大事な友達が目の前で死ぬとこを見るのもごめんだから、気持ちだけ受け取っておく」
夕食を取ってから、リュカと一緒に街の外まで行った。魔技あり、魔法あり、加護あり、何でもありで実戦を想定して稽古した。
大剣もリュカの怪力にはよく似合っていたが、やはり普通のサイズの剣の方が一際精彩を放った。5回仕切り直して、どうにか3回は勝てた。それでもトドメは寸止め、というルールがあったから実戦ならばどうなるかは分からない勝敗だった。
戦いに持っていく武器はニゲルコルヌ、フェオドールの魔剣、そしてアーバインの銛。
魔石には緊急治療用に回復魔法を込めたものと、暴風を引き起こすお馴染みの魔法ビッグホイールゲイルを用意した。それに雷神の守りも持ったし、レストも連れていくことにした。
ナターシャから、何が目的なのかを聞き出し、討つ。
それが今度の戦いの目標だ。
この戦いが終わったら、フィリアに30年前にまた飛ばしてもらう。そしてアイナと再戦して戦略魔法がエンセーラムに撃ち込まれるのを阻止し、再びナターシャを討つ。それで終わりだ。
稽古を終えてから宿へ帰ると、リュカはすぐにいびきをかいて寝始めた。
フィリアは、30年前に行ってエンセーラムの滅亡を阻止することを目標にしていた。次元の穴とやらを通って、俺と一緒に、俺が元いた時代に向かうのだろう。だが、この時代は何も変わらない。フィリアがフィリアのすべきことを終えてから、虚しくならないかという不安が起きた。
どうあっても、またこの時代へ帰ってくる。
だが俺も、エノラも、ディーもいない。救ったはずのエンセーラム王国もない。それはフィリアも承知しているが、分かっているからとて、虚しくならないということにならない。
「…………」
水を飲もうと思った。
部屋に備えてある水瓶を柄杓ですくおうとしたが、中身がなかった。リュカかファビオを起こそうかとも思ったが、水を飲みたいがためだけに起こすのもちょっと可哀想だ。
この世界、魔法が当たり前になりすぎて下水はあっても上水はない。不便極まりない。喉の渇きは我慢することにし、何となく寝苦しいから鎧戸を開けた。すると宿から、人影が出ていったのが見えた。フィリアだ。
こんな時間に外出――?
起きているなら、水を一杯出してもらおうと思って開けた窓から飛び降りた。