折れないこころ
――ひとりぼっちで過ごした30年は、寂しさよりも悔しさばかりだった。
どうして、俺だけが生き延びたのか。
どうして、俺は心臓がなくなっていて生きているのか。
どうして、守れなかった俺をソアはまだ神官にしてくれているのか。
たくさんの疑問があった。
どれだけ考えても分からなくて、島の人のために墓を建て続けた。
そして生きている人として、魂が無事にワルキューレのゆりかごへ導かれるように祈り続けた。
『じゃあどうして、エンセーラムを守ってくれなかったんだ!?』
マオの叫びが耳に残る。
当たり前に、そう言われなきゃいけないことだった。
誰にも、どうにもできない悪意や、不幸の事故や、災害や。
そういうものに立ち向かって人を助けるために、ソアはきっと俺を選んでくれた。
それが俺の立てた誓いだったから。
でも守れなくて、全部終わってしまってから目を覚まして、取り残された。
でも、生きていた。
俺は神様じゃないし、今は神様が地上にいた時代でもないから英雄でもない。
それなのに死なないで、年も取らずにいるのは秩序に反している。
普通ならソアは許さないけど、普通じゃないことが起きていて、俺にやるべきことが残っているから許されているんだと思った。何もソアは答えてくれないけど、きっとそういうことだ。
だからレオンとフィリアが来てくれた。
そこから始まったこの旅は、全て何かの意味があることだ。
ヴェラ・ジラを征伐したことも。
マオと出会ったことも。
キメラを倒すことも。
「リュカっ、踏ん張れよ」
「分かってる……!」
やっぱりレオンは強い。
勝てそうで勝てない。いつもだ。
向かってきた、尻尾の先だけ斬り飛ばしてやったキメラの前へレオンが出た。魔弾を撃ったようだけど怯まずにキメラは突っ込んでくる。山がそのまま襲ってくるような迫力だった。レオンは避けようとした。でも後ろには建物がある。魔影で分かっている。人が取り残されている。倒壊したら死んじゃう。だから俺は、避けられない。
魔鎧を使って、大剣を盾にするように構えた。
ぶつかった衝撃は到底、耐えられるものじゃないとすぐに感じた。
「あああああああああっ!!」
体がひしゃげそうになる。
魔纏をかけている大剣も曲がりそうだった。
両足が石畳をガリガリと削りながら後ろへ押されていく。
雷を落とし、大剣を振り切った。
曲がっていた両足を伸ばして跳び、雷に怯んでいるキメラの顔に大剣を叩きつける。斬れても、俺の大剣をもってしても傷は浅い。それでも、退いたら人が死ぬ。
「おいリュカっ!」
「後ろの建物っ! 人がいるから、レオン!」
それだけでレオンは分かってくれた。すぐに建物の方へ走り出す。もう1頭が動きだし、レオンを狙う。
「行かせる、かああああっ!」
手加減なしのファイアボールを空から落とした。
止まらないから、さらにヴァイスロックで突き上げて壁にした。
ソアの雷を落とす。
轟音はソアが鎚を振るう音だ。巨大な雷が2頭のキメラを打ち据えた。毛を逆立たせながら、キメラは逆上して俺に吼えてきた。レオンが人を救出して遠くへは込んでいくのが分かる。抉れて大きな高低差ができている地面を走る。そこかしこが熱を持って赤く発光している。それを踏まないようにしながら、それでも熱い地面を駆けた。
壁のようなキメラの前足が迫ってきた。
体だけ避け、キメラの前足と同じほどの大きさの岩を地面から魔法で引きずり出してぶつけた。それでひっくり返ればいいと思ったけど、デッカいクセして猫みたいに身軽に翻る。
「――リュカ!」
呼ばれた気がした。
もう1頭の後ろ足が、蹄が地面を抉りながら俺を強かに蹴りつけた。
はね飛ばされて視界が飛んだ。
全身がバラバラになったような痛みがする。上はどっちだろうと思った。自分が壁にめり込んでいるのか、地面に倒れているのかが分からなくなった。左目に血が入る。
「っ……」
大丈夫。
俺は死なない。
シオンと同じで死なない体になってるんだ。
だから戦える。
そう思って手をつこうとしたら、落ちるようにして地面を滑った。違った。壁に打ちつけられていて、落ちていた。キメラはどこだ。右目を開けるけれど、ボケてよく見えない。耳も、何だか遠い。
痛い。
体中が痛い。
「――!」
何か声がし、体が揺れていた。
揺さぶられていた。赤い。これは血? 違う、血じゃない。揺れ動いているから。ああ、分かった。
「マオ……」
危ないから、逃げてろって言おうとした。
だけど俺を抱き起こそうとしている。体の感覚がない。痛みはあるけど、動かすのができない。
マオは、正直、大変だった。
ヴァネッサに預けられてから、大変だった。
おねしょをするし、駄々をこねるし、ぐずるし、目を放すといなくなる。だけど慣れてくるとすぐに笑って、同じ数だけ泣いたけど、何でもないことではしゃいで俺も楽しくなって、かわいかった。エレキアーラに連れていって別れる時、いっぱい泣かれた。俺も寂しくなったけど約束して別れた。
あの時、何て、約束したっけ。
でも納得したんだ、マオは。
『じゃあどうして、エンセーラムを守ってくれなかったんだ!?』
ボヤけている視界の向こうに大きい影が動いている。キメラだ。
大剣を握ろうとし、腕から、肩から、胸から、全身から、痛みが奔った。灰みたいに体が崩れそうだ。
「今度は……守るから。
島の皆を守れなかったけど、今度は……守る」
マオに言う。
歯を食いしばって、大剣を握り、両足に、腹に、腕に力を込めて起き上がる。
目が冴えてきた。
耳が治ってきた。
痛みは酷い。
「っ……どうして、そんなになってまで――」
ずっと何か言ってきてたマオの言葉も、ちゃんと今度は聞こえてきた。
「正義の味方だから」
キメラが口を開いていた。
あそこから光が出ると、周りを一気に焼き尽くす。出させちゃいけない。マオを押して大剣を構え、走る。体が重い。魔鎧を使う。痛みとともに加速して走り、飛ぶ。
キメラの口に集まっていた光が、一層強くなった。
「あああああああああっ!!」
叫びながら、大剣をその口に叩き込んだ。
光が放たれると大剣の半分が消し飛んだ。
それでも振り切って、キメラの口の横を思いきり切り裂いてやった。痛みで首を振って、海の方へ向いていた。海面に線を引いて光が消えていった。着地しようとしたら、痛みで強張って膝から一気に倒れて顔を打った。
手をついて起きようとしたら暗くなった。
顔を上げるには首が痛すぎるけど、分かる。踏みつぶされるんだと思う。どれだけ痛いんだろう、と思った。でもきっと一瞬だと思って覚悟を決めた。
「スケープビット!」
いきなり光が消えた。何の魔法かと思った。風がなくなった。閉じ込められたのかと思ったけど、違った。すぐにぼろぼろと俺を覆った土がこぼれたけど、影はなくなっていた。脇の下から引っ張り上げられる。痛かったけどそれで腰が上がった。
「マオ――」
「っ……倒そう、キメラを」
今の魔法はマオがやったんだ。
見ればマオは見覚えのある青い剣を持っていた。前にマティアスが持ってたやつだ。
「戦える……?」
「子どもじゃないんだ」
そう言ってマオは顔を上げてキメラを見た。
「約束、覚えてる? マオとエレキアーラで別れる時の」
「約束……?」
覚えてないか。
何だったっけ、と思う。
後でゆっくり思い出そう。
まずはキメラを倒さなきゃいけない。