キメラ
「これがキメラか……」
アホかと思うサイズだった。
20メートルはあろうかという怪獣だ。バラバラの種類の翼が背中から4枚生えている。顔は獅子頭。前足は猛獣のそれだ。剣ほどはあろうかという爪が伸びている。後ろ足は蹄がある。尻尾は3本。胴は半分より前が鳥のような羽毛で、後ろには濃密な毛皮で覆われている。
それが、何と4頭。
都はパニックになり、人が逃げ出している。高い尖塔に俺達は登り、キメラを見下ろす。
「速攻で仕留めて、先に仕留めたやつから残ってるのをぶっ殺す。いいな」
「分かった」
「俺が2頭、相手する」
「いけんのか?」
リュカが大剣を両手に持ち、俺に意見してきた。
確認で尋ねると頷かれたので、任せると言って背を叩いておく。
「ムリすんなよ。被害を食い止めるくらいでもいい」
「うん」
「フィリアも気をつけろ」
「お父さんも」
2人が尖塔から飛び降り、狙いを定めてそれぞれのキメラへ向かっていった。
ニゲルコルヌを抜いてから、俺はキメラの1頭に穂先を向ける。とびきりの魔弾を、フルパワーで食らわせてやる。名づけて、アンチマテリアル魔弾。その1発で済めば良かったが、片目を潰して盛大に暴れさせるのに一役買ってしまった。
これであの程度のダメージとなると――ちと、ヤバい相手だ。
「やるっきゃねえか」
尖塔から、魔鎧を使って一気に飛び出した。
魔伸をかけてキメラの喉を貫きにかかった。だがキメラは巨大肉球つきの前足を振り下ろしてきた。ハエ叩きに合うように地面へ激突する。前足で潰そうとしてきてニゲルコルヌを突き込んでやったが、サイズが違う。槍が1本刺さったところで、人に置き換えれば爪楊枝サイズの穴が空いたようなもんだ。痛みを与えてもそれで殺すことはできない。
ヤバい。
デカさは最大の武器だ。
痛がっている間に側面へ回り込み、心臓を狙おうと思った。だが怒り狂いながらキメラが口を開けると、そこに何やら光が集束していった。まるで。これはまるで、怪獣名物の――ビーム?
ビームのお約束は、着弾と爆発だ。
全力でその場を離れ、背を向けながら走った。振り返ると、口からやはり何か吐いていた。町並みを抉り抜け、その光線の当たった箇所が1秒にも満たぬタイムラグの後にさらに光を噴いて大爆発をする。たちまち水の都が大炎上する。
目を疑う。
こんなのをひとりでどうにかできるのか。
「キメラじゃなくてゴジラだろ……」
松井がいかにとんでもないスラッガーだったのかと改めて思う。
キングギドラとかガメラとかこないだろうか。いや、地獄絵図間違いなしだな、せめてウルトラマンがいい。スペシウム光線さえあれば勝てるかも知れない。
いやいや、現実逃避してる場合じゃない。
近場で――また同じような爆発が起きていた。
フィリアか、リュカか。いや、待て待て、さすがにリュカでもこんなのを2頭も相手取るのは無茶苦茶ってもんだ。さっさと倒して助太刀しねえとヤバい。
「出し惜しみはなしだ。覚悟しやがれ、キメラ」
レストの笛を吹いた。
壊れている瓦礫を登って高いところへ移動すると、レストが飛んでくるのが見えた。魔縛を放ってレストに巻きつけ、一気に空へ飛び上がる。レストの鞍に跨がって、ニゲルコルヌを構え直す。
「レスト、しっかり避けてくれ。頼むぜ」
「クォォォッ!」
あの巨体はスピードで翻弄するしかない。
それでも地上からだと高いところを狙えない。
こういう時はドラグナーとして戦った方がいいってもんだ。
キメラの周りをレストは飛ぶ。距離を保ったまま、俺はアンチマテリアル魔弾をぶち込む。ニゲルコルヌで攻撃するよりも、こちらの方がダメージがある。一発をぶち込むのに魔力を集めなきゃいけなく、それが隙になるから戦いの最中でやるのは現実的ではなかった。だがレストに身を任せていればその欠点はカバーできる。
片目を最初に潰せたのは良かった。恐らくは視覚にも色々と感覚器官が発達しているのだろうが、速く動くものを追うのならば目の方が良いはずだ。嗅覚や聴覚で飛ぶ鳥の居場所を掴むなどムリに決まっている。片目だけでも奪ったから、そこに死角が生まれるというものだ。
アンチマテリアル魔弾を10発もぶち込む。
すでにしてキメラは全身からだらだらと血を流しているが、まだまだ致命傷にはなりえない。決定的な一撃には程遠い。体がデカいということは、それだけ急所を守る肉も厚いということだ。首を刈り落とすなんてできない。心臓を一度に穿つことさえも難しい巨躯だ。
キメラが尻尾を振るい、レストがそれを上昇して回避した。ぐるんと回ってきたキメラが巨大な口を開く。翼を畳んでぐるぐるとロール回転しながらレストが見事に避けきった。
「いい子だ、その調子だぜ……」
「クォォォッ!」
だが、これじゃダメだ。
一点に攻撃を集中するか。レストとて、あのキメラ相手ではそれも難しい。
決死の覚悟で――いや、ダメージは可能な限り受けずにすぐリュカの加勢をしなきゃいけない。これもできない。
頭を使え。俺の武器は何だ。
ニゲルコルヌ。
レスト。
魔技。
この3枚のカードで切り抜けるしかない。
ちまちまと攻撃をしても仕留めるには至らないし、どうやら獣のように逃げ帰るということもしなさそうだ。心臓をぶち抜けば死ぬか。あるいは首を落としたら。アンチマテリアル魔弾でつけた傷を見るに、傷が即座に塞がるということもないから、そのいずれかで殺せることはできるはずだ。
魔伸で一気に抉り抜くか。
だが確実性がない。もしも即死させられなければレストもろとも地面に叩き潰されるか、噛み殺されるかするだろう。ニゲルコルヌでは、あの巨躯に対して細すぎるのだ。だったら、太くするか? どうやって。いや、いや、いや。
できるかも知れない。
ダテに20年以上も魔技頼りで戦ってきたわけじゃない。
ただ、魔技にばかり気を入れて動けなくなりそうだという懸念がある。
レストが鳴いて、存在主張をしてきたので片手で首の下へ腕を回してかいてやる。
「オーライだ、相棒。お前は賢いな」
「クォォォッ!」
誇らしげにまたレストが鳴く。
ほんとに分かってるのかと思うが、何やらかわいらしいから許そう。
キメラが大きく口を開いた。またあんなのをぶっ放されたら、キメラをぶっ倒しても都が更地になりかねない。レストを顔の傍へつけ、ぐるぐると飛ばせた。顔を振りながら追いかけてくる。集束した光が一層強く輝き出したところで、一気にレストが直上へ飛び上がった。首も追いかけてくる。
太い光線が空へ放たれた。雲が割れていた。
しかし被害はゼロだ。空には壊れて降ってくるものなんぞない。光線を旋回しながら回避したレストは大きく距離を取って舞い飛んでから、バサッバサッと力強く翼を羽撃かせ始めた。
ニゲルコルヌに魔力を集めていく。
魔伸を、さらに進化させる。ただ延伸させるだけではない。
槍を象るようにして集めた魔力を這わせ、強度を出すために押しとどめていく。鼻血は出なくなったが、魔技というのは体への負担もかかる。一度に扱う魔力が大きければ大きいほどに、それを御するのが難しくなる。だが、この一撃でやらなければならない。
魔力が少し多い人で、クジラ一頭分ほどのイメージ。
それで換算していけば大体50人分くらいの魔力を一気に集めて、ニゲルコルヌに押しとどめていく。貫くのだ。魔力で作った巨大な槍と、レストの音速を超える速度を持ってキメラを一気に貫いて仕留める。
「クォォォォォッ!!」
空の壁を破った。景色が変じる。
全てを置き去りにし、音速の世界へ突入した。
一目散にキメラへ迫り、ニゲルコルヌを核に魔力を押し固めた槍を刺し、穿ち抜ける。キメラの首の付け根を一気に飛び去った。手応えとともに集めていた魔力が衝撃で弾け散って消えていったのが分かる。旋回しながらレストが速度を落としてキメラのいた方を振り返る。首の4分の3がごっそりと削げ落ちたキメラが倒れていった。
「〜っ……レスト、お前、最高だ!」
「クォォッ!!」
リュカの助太刀に行かないといけない。
そう思って3頭のキメラを見た。その内の1頭が巨大な炎に飲まれた。さらに巨大な岩石が降ってくる。魔法の規模だけでは、もうフィリアとリュカを判別できない。だが、魔法のキレがあるように思ったから、あれはフィリアが相手をしているんだろうと考えられた。
「レスト、フィリアのこと助けてやってくれ。いいな?」
「クォォッ!」
飛び降りがてら、ニゲルコルヌをリュカが相手取っているキメラの片方に投擲した。ただ手にして突き込むより、じいさん直伝の投擲の方が威力がある。それでもキメラは筋肉で全身を覆っていて痛めるのが関の山だった。降り立って魔縛をつけておいたニゲルコルヌを回収。
「リュカっ、踏ん張れよ」
「分かってる……!」
すでにリュカは血塗れになっていた。
だがこれで2対2の形に持ってこられた。勝機はある。