世界は広いか、狭いのか
アイフィゲーラ東部の街に辿り着いた。
ヴェラ・ジラのいた農村を離れたところでレストを呼び寄せ、空を飛びながら見つけた街だ。街の大きさはメルクロスほどに見られた。騒ぎにならないよう、離れたところでレストを降りて街に入った。
綺麗な町並みだった。
壁は白、屋根の色を暖色で統一している。
大きな川の傍に築かれた街で、水場が近いと海育ちとしてはちょっと浮き足立つ活気がある。最初に川を見つけた時はその川幅から海と見間違えたが、レストに乗っていれば対岸がかろうじて見えた。だから、これは川である。
しかし、地上からは対岸が見えない。
実に胸躍る大河である。
「魚が食えるな」
「さ、か、なぁー!」
リュカも魚好きだ。
つーか、好き嫌いはないか、こいつの場合。
「お父さん、リュカ」
「んっ?」
「何?」
浮かれていた俺達にフィリアが声をかけてくる。
「目的は、聖女の情報収集。もう亡くなっているとは聞いてるけれど、聖女がしてきたことが少しでも知りたい」
「りょーかい」
「分かった!」
「あと、水場で浮かれていいのは小さい子まで」
「俺、今はちっちゃいし」
「そういう問題じゃない」
たしなめられてしまった。
ちぇー、ぴっちぴちのローティーンなのに。
街の名はエレニオミと言うらしい。
大河ハイラヴァルの河口近辺ではもっとも栄えている港町なんだとか。
「しっかし、食文化が多様だな……」
「米もあった」
「ショーユもあった」
「焼き、蒸し、炒め、茹で……。調理法も多彩ときて、この栄えよう……。すげえやな」
繁盛していた食堂で腹ごしらえをしている。
何やら、すごい品数だった。もう全部が気になったから、リュカに食わせることにして片っ端から注文しまくった。一口、二口を食べてはリュカに残りをパスし、気に入ったものはばくばくと食う。充実した食事だ。
「はい、うちの名物の肉蒸しだよ」
「お、きたきた」
また女将がメシを持ってきてくれ、ちょっと驚いた。
何と蒸し器が運ばれてきたのだ。女将が蓋をあけると湯気がふわりと広がっていく。その中に収められていたのは肉まんめいたものだった。他の客が食ってるのを見て、これはと思って注文したものだ。
白いふわふわの生地は、パンとは違う。
やっぱり肉まんっぽい。
2つに割ればひき肉を捏ねたと思しきものが詰まっている。
一口食べると、肉100パーではなくて薬味だとか、食感の良い何かザクザクした野菜だとかが肉だねに入っていたのに気がつく。
これは、間違いなく肉まんだ。
肉蒸しなどという名称にはなってるが、肉まんだ。
「おばちゃん、これ、誰が考えたの? 昔っから?」
「ああ、これかい? これはね、聖女様がお考えになられたのさ」
「聖女?」
思わぬところで出てきて聞き返してしまった。
「そうさ。知ってるだろう、聖女様のことは」
「おばちゃん、わたし達は……遠いところから、その聖女の噂を聞いて、どんな人物かを知りたくて旅してきた。聖女のことを教えてもらいたい」
「おやまあ、聖女様の人徳なのかねえ……。けれど、もう聖女様は亡くなっちまってねえ……」
「聖女と親しかった人がいた、とも聞いている」
「ああ……でも、その人らも大体が殺されちまったって話さ」
殺された、か。
ナターシャにやられたんだろうか。
「少しでも知っていたら、教えてもらいたい」
「そう言われてもねえ……。あ、でも……噂だから本当かは分からないけど、このエレニオミから川沿いに下っていったところへ街があるんだよ。もう海のところさ。そこに聖女様にお仕えしていた人がいるって聞いたことがあるよ」
「川沿いか」
「でも……本当かどうかは分かりゃあしないから、無駄足でも責めないでおくれ。ダメだったら、また来てくれたらちょっとだけサービスしてあげるからね」
気前も恰幅もいい女将だった。
無駄足なんていうのはそうなろうが気にならない問題だ。レストならひとっ飛びで行けてしまう。
たらふく食いながら、肉まんについて考えた。
手にした感じといい、味といい、俺の知ってる肉まんに限りなく近い。これを聖女が考案した。
フィリアは俺と聖女に類似点があると言っていたが、今の今まで偶然だろうと思っていた。しかし、知っている味だったのだ。
ナターシャに狙われて。
革新的な技術とやらを生み出して。
肉まんのようなものまで考案して。
……いや、まさかな。
さすがにこんなことはないだろうと、その考えは忘れることにした。
メシを食ってからは、一旦解散して自由行動ということにしておいた。
俺は久々に泳いだり釣りをしたかったし、リュカはまだまだ気になる食い物があるし、屋台まで出ていてそれに心を奪われていた。フィリアはもう少し聖女のことを聞き込みたいらしかった。
そんなわけで、各々の散策のために解散した。
日暮れになったら宿屋へ集合だ。
別れる前にフィリアに釣竿を持ってないかと尋ねたら、持っていないと言われた。とりあえず銛を出してもらい、それから釣竿を作るために鳥の羽根も少しもらった。適当に川沿いを歩くと思った通りに釣り人がいたから、泳いでもいいのかとか、釣りはどこでしてもいいのかとか確認をしておいた。
どちらも問題はないということだが、泳ぐと肉食魚がいて危ないとありがたい忠告を受けた。
釣竿は自作した。
よくしなる枝を見つけて、それに細いヒモをつけ、釣り針と羽根をつける。この羽根はルアーの代用品だ。エサは適当に土をほじくって見つけたいもむしにした。気持ち悪いが、まあフィッシングにはつきものだから仕方ない。
そうして釣竿を垂らすと、爆釣だった。
次々と、面白いほどに釣れた。よく釣れるのは平たい小判型の魚だった。10センチくらいのサイズ。ものすげえ数の鋭い牙がずっしり口に並んだ獰猛そうなやつだった。ピラニアっぽい。鱗の色は青と緑とが混じり合った鮮やかなものだ。
そいつを1匹捌いて、身をエサにすると大物が今度は釣れ始めた。小さいサメみたいなやつだった。鱗はないが肌と言えばいいのか、皮膚と言えばいいのか、表面を触れば猫の舌みたいにザラッザラ。まさしく鮫肌。こいつらは体長20から30センチくらいだった。
釣った魚に火を通して味見すると、サメっぽいのは何か変な臭みがあってうまくなかった。ピラニアもどきはいけた。て言うかピラニアなのかも知れない。見た目とは裏腹に淡白ながらもお上品な味だった。ので、サメっぽいのだけリリースしておいた。
川沿いを今度は銛を片手に歩き出す。
川に入るのはけっこう危険そうだから、銛突きができるようなところがないかと探した。地上から水面に銛を突き刺し、泳いでいる魚を獲るという非常に原始的な漁法である。しかし俺の銛突きはじいさん直伝。しかもじいさんの銛。場所さえあれば獲れない道理はないのだ。
が、良さげなところが見つからなくて銛突きは諦めた。
もう日が暮れかけていたのもあってやめておいた。泳げたら良かったが、それは海まで待つとしよう。
待ち合わせ場所に決めておいた宿屋前へ、ピラニアもどきを詰めた樽を抱えて戻った。フィリアとリュカが揃ってすでに待っていた。
「遅れたか?」
「大丈夫、問題なし」
「それ何、レオン?」
「魚。味見したらけっこううまかったぜ。今夜はこいつを食おうと思って」
「へえー……すごい歯ぁしてる……」
「そっちは収穫あったか?」
「いっぱいうまいの食えた」
「ああそう……。フィリアは?」
「……世界が広いようで、狭いのかも知れないと思考を改めるようなできごとに遭遇した」
お、おう。
何かいきなり小難しいことを言うんだな。
「……今夜は宿に泊まらず、食堂のおばちゃんが言っていたところへ移動をしたい」
「何で?」
「おばちゃんが言っていた、聖女に仕えたという人物が……マオかも知れない」
本当だとしたら、確かに世間は狭い。