理不尽な真相
朝になった。
青い空に綺麗な白い雲が浮かんでいる。
ヴェラ・ジラの屋敷の壊れ方に村民は最初、たまげていた。ほどなく、ヴェラ・ジラの死体を村人が発見して喜び出した。それから見計らったタイミングでヒューイとメルが村へ戻った。
それから、ヒューイが村の人々にリュカを紹介した。
本来はフィリアの手柄であるが薬をメルに与えて治したこと、遠くの国から旅してきたこと、そしてヴェラ・ジラはリュカが雷神の加護によって裁きを下したということ。
リュカはフィリアの手持ちの金品で買収したキトスという凄腕剣士をさらに紹介して、これから村に降りかかる暴力沙汰はこれに頼るようにと言いつけた。ヴェラ・ジラの元部下というのは知れ渡っていたから村人は訝しんでいたが、雷神ソアの名にかけて裏切ることはないとリュカは言い切った。
当初の予定とは違うが、これにて一件落着である。
俺とフィリアはそんな様子を、半壊したヴェラ・ジラの屋敷のどデカい穴から眺めていた。
「いつの間に、リュカがあんなに立派になっちまったのやら……」
漏れた呟きを聞きつけたようでフィリアが首を向けて俺を見た。
「わたしの記憶にある限り、リュカは昔からあんな風だったはず」
「フィリアが知らない昔のリュカだよ……」
カハール・ポートの孤児が、あんな風に人々の輪の中にいて尊敬されてるなんて。
世の中、何がどうなるか本当に分からない。
「お父さんは、リュカのことも入れて……家族と言った」
「ん? ああ……言ったな。それがどうしたよ、今さら?」
「……お父さんが知りたいことのひとつを、教えてあげてもいい」
「マジ? 何、何? フィリアの尻尾のタイプ?」
「コルトー兄妹が至高」
「俺と同じか」
「じゃなくて」
「はい」
ちょっと乗ってきてくれたのが、そこはかとなく嬉しい。
ふつふつと胸の底から炭酸飲料の泡みたいに嬉しさが浮かび上がってくる。
「どうして、わたしが……お父さんを嫌いだったのか」
「……その謎、とうとう、明かしてくれんの……? いよいよ?」
唾を飲んだ。
それさえ分かれば、30年前に帰ってからフィリアにもう嫌われなくて済むかも知れない。
「……けれど、やっぱり……」
「いやいやいやいやっ、言おう、教えて、フィリア。お願い、フィリアちゃん、パパに教えて」
「気持ちが悪い……」
「キモかった!? だからあんなに毛嫌い――」
「違う。今のお父さんが気持ちが悪いと言った」
「それはそれでショック……」
この、浮かれてから叩き落とされる感じよ。
キモいって言葉よか、気持ちが悪い、ってしっかり言われちゃうらへんが余計なダメージになる。
「小さいころ、お父さんがいなかったことが何度かあった」
「……まあ、あったな」
「お母さんと一緒にわたしは、よくリュカのところへ行っていた」
「そうらしいな。散歩がてら、リュカに昼飯って言って試作した料理を食わせてたんだよな。あいつは胃袋がおかしいから」
「どうしてそう思ったかは覚えていないけれど……リュカが、わたしの本当のお父さんだと、思った」
「はい?」
「そうなるとお父さんは偽物だった」
「…………」
「だから、嫌いだった」
今明かされた驚愕の事実である。
俺には懐いてなかった。リュカには懐いてた。
他にフィリアが好きだったのは尻尾だったはずだ。
でもリュカには尻尾なんてなかった。
「理不尽だ……」
ショックだ。
そもそも父親として認識されてなかったなんて。
そんなことってありかよ。
本当にフィリアが恨めしく言ってた通り、ヴラスウォーレンに行ってた時のことが尾を引いてたんじゃねえか? それともマティアスのお家騒動の時か?
「……だけど、そんな風に思ってはいながら、お父さんのことは一目置いてた」
「っ……ほ、ほんとに? ほんとのほんとか? 慰めじゃなくて? いや、慰めでも嬉しいんだけど」
「だってエンセーラムが滅んだ時、お父さんが戻ってくれば……どうにかなると自然に思ったから。カスタルディ王国に行った時、何となく見覚えがあって、思い出した。昔、レストに跨がってお父さんは戦っていた。あれがあったから……探そうと思った、のだと思う」
聖竜祭だ。
あれの後もフィリアの態度は変わってなかったが、ちゃんと見てくれてはいたのか。
30年前のこととなってはいるが、体感では半年ちょっと前くらいだ。ユベールと戦い、惜しくも敗れたが内容は良かったと思っている。あれをフィリアは、覚えてくれていた。
それが、また嬉しくなった。
よっぽどフィリアを抱き締めて撫で回したくなったが、嫌がられるだろうと思ってやめた。
「……俺、そんなに父親っぽくなかったか?」
「よく覚えてない」
「そうかぁ……」
あんなに甘やかしたんだけどなあ。
子どもの思い込みって、普通に理不尽な脅威なんだな。でも俺が悪いのか、元を辿れば。
それに泉の神からもさんざん、何やらテレパシーめいたもので言われてたようだし、そういう刷り込みもあったのかも知れない。
「けれど」
「んっ?」
「リュカを、父親と勘違いしたような理由が分かった気がする。
お父さんが家族と言ったことで」
「……どういうこっちゃ」
「本来は、リュカはお父さんの従者という立場だったけれど……お父さんもお母さんも、リュカをただ都合良く利用するのではなくて、親しみを持って家族同然に接していた。だから、そう勘違いをした。多分、もう少し一緒にいられる時間があったら……誤解もなくなっていったと、思われる」
つまり。
それってつまり。
「ま、まだ……希望はあるってことか?」
「証拠もある」
「証拠?」
「今のわたしを見て」
「……フィリアぁっ!!」
抱きついてしまった。
が、乗り気でない時のエノラみたいに腕を突っ張られて止められることはなかった。むしろ、されるがままになってくれた。抱き締めた。それだけで良かった。
こんないい娘を持って、バチが当たらないだろうか。
いや、それっぽいのはこれまで何度も体験してきてるし、チャラなのかも知れない。
村民に見送りを受けながら、また出発した。
リュカは少し疲れたような顔をしていた。肉体的な疲労なんてこいつはあまり感じないようだが、心労というのは何かと溜まるようだ。心労というか、頭の疲れかも知れないが。
人の輪の中に放り込まれた形となって、何かと油が切れ気味の頭をフル回転させたんだろう。数字や文字の類を今は一切見たくないとばかりに目を細めていた。
「ねえレオン」
「あん?」
歩きながら、リュカが呼びかけてきた。
「どうして、悪いことする人っていなくならないんだろ?」
「……んなこと俺に尋ねるなよ……」
「じゃあフィリア、何でだと思う?」
「……人は欲望が生きる原動力になっている、と個人的には思う。けれど欲望も方向性によって――」
「頭痛くなってきた……もういいよ」
「おいこら」
フィリアに説明を求めておきながら遮るとはどういう了見だ。
まったく、小難しいことの考えられねえ頭でスケールのデカい悩みを持ちやがって。
「けれどリュカ」
「何ー?」
「悪い人がいなくなったら、正義の味方は……廃業せざるをえなくなる、と思う。それでもいいの?」
「別にいいじゃん」
あっけらかんとフィリアの問いにリュカは答える。
「別に悪いやつ懲らしめるだけじゃないし。
それ以外で困ってる人を助けられるようになるんだから、そっちの方がずっといい」
ほんと、こいつの正義の味方哲学は立派だ。




