リュカの裁き
振り切った大剣をかがんで回避され、キトスが斜め下から剣を振り上げてきた。
最初の一撃は防げたけど、それ以降は魔鎧でのガードが役立っていない。両手で握っていた大剣から左手を放して、半歩下がりながら身を開いて避ける。瞬時に刃が切り返される。速い。右手で大剣を持ち上げながら引きつけて防げた。
ギャンと音が鳴ってキトスが飛びずさる。
そうして距離を置いて、壁も柱もぶった切って広がった空間で対峙する。
強い。
ヒューイが言ってた通り、確かに凄腕だ。
かっこよさだけで大剣を選んだのを、ちょっと後悔してる。
振るにはデカいし、長い。どうしても大きく振らなきゃいけなくて、そのせいで俺の攻撃が遅れている。剣は普通の方がいいんだと今さら思ってる。サントルにもらった剣が一番使い勝手が良かった。
「…………」
「…………」
睨み合いが続き、キトスが踏み出した。
大剣を横に薙ぎ払ったところで、キトスの重心がおかしくなっているのに気がついた。重心が後ろに残してある。ポーズだけの前進だと気づいた時には、俺の攻撃を寸でのところで後ろへ下がって完全にやり過ごしていた。舌を巻く。キトスの足が大剣を踏みつけ、足場にしながら剣を振ってきた。
上体をのけぞらせてかわす。
それでもキトスの攻撃は終わらず、返し、振られた刃が俺の喉を切り裂く寸前だった。剣筋から首にくる気がして厚めに魔力で覆っておいたから、斬り飛ばされることはなかった。それでも衝撃がきて頭は揺れるし、斬り飛ばされなくても刃は皮膚を切り裂いてきた。
「おおおっ!!」
声に気合いを乗せて大剣を振るう。
それをキトスは自分の剣で受けたが弾き飛ばされた。たたらを踏んだところへ、さらに大剣を振り下ろす。天井に引っかかっても、それを力ずくで破壊しながら一気に振り下ろした。受け止められる。引っかかって削られた天井の残骸が俺とキトスに降りかかった。
滲んでいる汗で、埃や汚れが顔についたのが分かる。
大剣を引きながら蹴り込んだ。キトスも脚絆の巻いている右足を振り切っていた。脛がぶつかり合うが、これも俺が打ち勝ってキトスの顔が歪んだ。キトスの足をへし折ったのが分かった。それから勢いづきながらキトスがぐるんぐるんと回転する。
「はあああああっ!」
バタンと盛大にキトスが床に打ち据えられたところへ、大剣を叩き落とした。
床をぶち抜いて、大剣の切っ先が埋まった。キトスの顔の横に俺の大剣がめり込んでいる。
「……殺さないのか?」
「お前は悪いことはしてないんだろ?」
「何故そう思う」
「悪いやつの戦い方じゃない」
キトスの強さは、堂々としていた。
磨き抜かれた剣技だった。その剣筋がよく分かった。
「ヴェラ・ジラが殺されて困るなら、俺を後ろから襲えばいい。そうじゃないなら見逃す」
「……金払いがケチな男だ、もうどうでもいい」
大剣を肩に担ぎ上げた。
それで周りを見るとフィリアがいた。
「……トドメは、本当にいいの?」
「殺すことない。こいつは悪いやつじゃないから」
答えるとフィリアはキトスへ目を向けた。
起き上がろうともしていない。上からぱらぱらと降ってくる埃とか木屑に、顔をしかめている。
「リュカがそう言うなら、いい」
「レオンは?」
「ヴェラ・ジラを追っている」
「分かった。行こ」
フィリアが走り出した。
魔影でフィリアが動くのを確認しながら、行きかけた足を止めてキトスを見る。
「まだ、何かあるのか?」
「……お金でヴェラ・ジラに仕えてたんなら、俺もお金出したら言うこと聞いてくれる?」
「金額次第だ」
「じゃあ、どこにも行かないで待ってて。これ、前金にあげる」
クセリニアの金貨を1枚投げてから、フィリアを追いかけた。
俺とフィリアが駆けつけた時には、ヴェラ・ジラは腰を抜かしていた。
その周りには死体が2つあった。片方は脇腹を大きく抉られていて、もう一方は喉を掻き切られて死んでいた。レオンがやったみたいだった。
「おう、リュカ。後は任せるぞ」
「うん」
ニゲルコルヌの穂先から滴っていた血を振って払い、レオンがヴェラ・ジラに背中を向けた。
「な、何なんだ、貴様らはっ……!? ま、まさか、キトスまでもが、敗れたのか……!?」
「金払いがケチだからお前が殺されてもいいって言ってた」
「何、だとぉっ……!」
そのまま伝えたらヴェラ・ジラが物凄く怒った顔をする。
「お前は村の人に重税を課して苦しめた」
「じゅ、重税だと? それの何が悪い! しょせん、畑を耕し、家畜を太らせるしかできないだけの土人だぞ!」
「反発した人を傷つけて、ヒューイとメルのお父さんを殺した」
「あの愚か者か……それがどうした、わしはここの管理を王より任されたのだ!」
こういう人を、知っている。
自分が偉いから何をしても良いと思っている人。
ディオニスメリアにはこういう人がたくさんいたし、貴族じゃなくたって年を取っているからって理由で子どもだった俺を、何かの腹いせにぶん殴ってきたりしてきた。
偉いっていうのは、暴力を振っていいっていうことじゃない。
本当に偉い人はいつだってやさしくて、この人は信じていいんだって皆に思わせてくれる人だ。
それなのに勘違いをして、権力があるから偉いんだとヴェラ・ジラみたいな人は口にする。そして人を傷つけることに何もためらわない。痛みを知らないからだ。どれだけ、人が一生懸命に暮らしているかを知らない。自分の家族を愛するように、他人だって家族がいて、愛していることを知らない。
「雷神ソアの神官として、お前に罰を与える」
「雷神だと……? そんなものは知らんわ!」
「じゃあ分かって。厳正と秩序の神、雷神ソアはお前のような悪を許さない」
「わしが悪だと? ふざけるな、若造如きがっ!!」
「ふざけてるのはお前だ。ソアの鉄槌を受けろ!」
大剣を天にかざし、振り下ろした。
同時に夜空から雷光がヴェラ・ジラに落ちて大地を盛大に吹き飛ばした。
黒こげになってヴェラ・ジラは死んだ。目をつむり、胸の中でデアスに祈っておいた。ちゃんとワルキューレのゆりかごへ導いてくれるように。ゆりかごで魂を安らがせれば、きっと次に人に生まれた時は悪い人じゃなくなる。
祈りを終えてから目を開く。
それから2人を振り返った。
「レオン、フィリア、終わった」
「んじゃ……ヒューイにもそう言って、とんずらこくか」
「あっ、その前にまた戻っていい?」
「何でだよ?」
「また、同じようなのが来たら困るでしょ?」
「困るけど……それとどう関係あるんだ?」
「キトスがお金次第で言うこと聞いてくれるらしいから、用心棒にしたらいいと思って」
ちゃんと答えたら、レオンとフィリアがぎょっとした顔で見てきた。
「何? その顔……?」
「いや……」
「ちなみに、どうして、用心棒にしたらいいと思ったのか、教えてほしい」
「だってキトス強いし、また悪いのが来ても追い払っておいてって言えば安全だと思って。キトスくらい強いのはなかなかいないと思うし――ってまた、その顔! 何なの?」
ちょっとムカつく。
バカにされてるような気がする。
と、レオンが背伸びして俺のおでこに触れてきた。もう片手で自分のおでこにも触ってる。
「何?」
「熱は、ないみたいだな……」
「バカにしてるでしょ?」
「い、いや? してねえよ?」
してる。
「リュカ、ちなみにそのお金はどうするつもり?」
「……前金って言って、クセリニアの金貨1枚だけ渡しといたけど」
「クセリニアの金貨は、さすがに使えねえんじゃないか……?」
「……ちゃ、ちゃんと用意するし」
「良かった、リュカだ」
「安心した」
「絶対、バカにしてる……」
露骨にレオンはシラを切って、フィリアも目を逸らしていた。




